鳥籠の花嫁~夫の留守を待つ私は、愛される日を信じていました

吉乃

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新たなる出発

揺れる忠誠と想い

翌朝の空は晴れていたが、ダリオの心には霧がかかったままだった。

彼は衛兵詰所で鎧の留め具を整えながら、上司の言葉と娘の存在を思い返していた。

本当にこれが、自分にとっての“正しい道”なのだろうか?

誰かと家庭を築き、安定した将来を描く、騎士として歩んできた年月のなかで、ずっと考えないようにしていたことだった。
だが今、それが現実の選択肢として突きつけられている。

その娘、上司の娘であり、カタリーナと同じ部署で働く文官、メリセラ・カヴァリエのことを、彼は何度か庁舎の廊下で見かけていた。

礼儀正しく、周囲とも良好な関係を築く立ち居振る舞い。
だが、その眼差しが時折自分に注がれていたことに、気づいていなかったわけではない。

(誰と結ばれるか、というだけで……自分の立場や未来までもが形作られていくのか)

そう思うと、胸の内に微かな反発が生まれた。

目の前にある道を選べば、周囲からも祝福され、何の波風も立たないだろう。
だがそこに、カタリーナの姿はなかった。

彼女は今、孤独のなかで噂と嫌がらせに晒され、言葉を飲み込みながら必死に立っている。

本当なら、その隣に立って支えていたかった。

だが今の自分には何もしてやれない。

拳を握った。

(本当にそれでいいのか、俺は)

騎士としての忠誠か、人としての想いか。
その狭間で、ダリオの心は静かに揺れていた。

そのとき、背後からポン、と肩を叩かれる感触があった。

「……よぉ、ダリオ。最近、顔が曇ってるな」

声の主は、長年共に任務をこなしてきた騎士仲間、ラグエルだった。
屈託のない笑顔と明るい性格で、仲間内の潤滑油のような存在だ。

「らしくねぇぞ、お前がそんな顔してるなんて。何かあったのか?」

問いかける声に、すぐに答えることはできなかった。
だが、その何気ない気遣いが、胸の奥の緊張をわずかに緩めてくれる。


「……ああ、そうだ。まだ、終わってない」

ダリオは鎧の胸元の留め具を最後まで締めながら、深く息を吐いた。

「ちょっとな。……考え事をしてただけだ」

「考え事ねぇ。珍しいな、お前がそんなに思い詰めるなんて。」

冗談めかしたラグエルの言葉に、ダリオはわずかに眉をひそめるが、否定はしなかった。

「……俺は、自分が何のために剣を握ってるのか、考えてた」

「はは、それはまた壮大だな。国家のため? 民のため? それとも誰かのため?」

「……全部、だと思いたい。でも、全部を選ぶことはできないのかもしれない」

そう呟いたとき、ラグエルの表情がふっと和らいだ。
しばらく沈黙があったのち、彼は静かに口を開く。

「……なあ、ダリオ。お前、昔言ってたよな。どんな任務も、誰かの命が懸かってるって」
「俺は、その言葉をずっと覚えてる。お前は、そういうふうに生きてきた。剣に誇りを持って、人を守るために、命を張ってきた」

ダリオはわずかに目を伏せる。

「でも今は、その剣の向け先に、自分自身の生き方が問われてるんじゃないか?」

ラグエルの声は、普段よりも少し低く、真剣だった。

「だからこそ、せめて自分で選んだって思える道を行け。
誰かに決められたんじゃなくて、お前自身が、考えて、悩んで、選んだって、そう思えるようにな」

そこで、ふっと笑って肩を叩く。

「……それが、悔いのない選択ってやつなんじゃねぇの?」

「そうだ。後で振り返ったときに、あの時、自分で決めたって思えるかどうか。それだけでも全然違うんだぜ」

そう言ってラグエルは軽く拳でダリオの胸を叩いた。

「ま、何にしても俺はお前の味方だ。お前がどんな道を選んでもな」

その言葉に、ダリオは微かに目を伏せたまま、ゆっくりと頷いた。

(そうだ。たとえどんな結末を迎えたとしても、自分で選ばなければ、きっと後悔する)

その夜、彼は初めて自分から文官区画へと足を運んだ。  
偶然を装って、廊下の先に立つメリセラの姿を見つけると、ゆっくりと歩み寄る。

「……メリセラ嬢」

その声に彼女が振り返る。淡い栗色の髪が、揺れる灯の下できらめいた。

「お話、いいですか?」

彼はまだ、答えを出したわけではなかった。  
だが、ひとつずつ、自分の足で確かめる必要があると感じていた。

それが、騎士としてではなく、ひとりの人間として、誇れる未来へと繋がる道であると信じて。
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