鳥籠の花嫁~夫の留守を待つ私は、愛される日を信じていました

吉乃

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新たなる出発

静かなる幕引き

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その夜、メリセラはひとり書類棚の整理をしていた。
手元は淡々と動くのに、心はどこか虚ろで、過去と現在が静かに交錯していた。

やっぱり、駄目だった。

覚悟はしていた。けれど、言葉にされると、想像よりも痛かった。

窓の外、風が庁舎の塔の先端を吹き抜けていく。
その音にかき消されるように、メリセラは小さく笑った。

(涙なんて、見せないって決めたのに)

胸の奥にぽつりと広がった空白。
それは、長く見つめてきた背中を失ったことへの喪失だけではない。
彼が自分に向けた誠実さに、報われなかった想いへの悔しさに、そして何より、自分の心の一部が、ひとつの幕を閉じたという実感に、静かに打たれていた。

(……もし、もっと早く告白していたら。
 カタリーナ嬢が現れる前に、私の想いが届いていたら何かが、違っていたのかもしれない)

そんな思いが、胸をかすめた。

でも、それでも

(これが、私の運命だったのよね)

彼女は静かに目を閉じた。

切なくて、苦しくて、それでも諦めたくなかった恋。
けれど、彼を想うからこそ、彼が選んだ未来に踏み出してほしいと思った。

(……好きだからこそ、私は身を引こう。彼が、真っ直ぐに進めるように)

「……好きでした。本当に」

誰もいない部屋で、言葉にしてようやく、それが現実になる。

(でも、伝えられてよかった)

何年も心にしまっていた想いを、初めて外へと出せたこと。
その一歩は、恋の終わりであると同時に、彼女にとって確かな「自分の選択」だった。

(でも、伝えられてよかった)

何年も心にしまっていた想いを、初めて外へと出せたこと。
その一歩は、恋の終わりであると同時に、彼女にとって確かな「自分の選択」だった。

そのとき、廊下の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、彼女の父、騎士団長カヴァリエだった。

「……まだ残っていたのか」

「はい。あと少しだけ整理が残っていて」

そう答えたメリセラに、父は何も言わず近づいてきた。
彼の表情は読み取りにくかったが、その瞳の奥には、どこかやるせなさと憂いが滲んでいた。

「ダリオから話を聞いたよ」

メリセラは手を止め、ゆっくりと振り向く。

「そうですか……きっと、まっすぐに答えたんでしょうね。あの人らしく」

「……ああ。誠実な男だ」

父の声は、どこか沈んでいた。
その男に娘の想いを拒まれたのだ。父として、上司としてさまざまな感情が渦巻いているのだろう。

「悔しいか?」

問いかけられ、メリセラはふっと笑った。
その笑みには、わずかに滲んだ涙の光があった。

「ええ。……少しだけ。でも、それ以上に、清々しさもあるんです」
「伝えられたことに、後悔はないんです。たとえ報われなくても、自分の心に嘘はつきたくなかったから」

しばらく父は黙っていた。
やがて、ゆっくりと近づいて娘の肩に手を置く。

「……あれほど強い眼をしているお前を見たのは、初めてだ」

「強くなんて、ないです。やっと終わらせただけ。私の恋を、自分の手で」

「それでも、お前は立派だった」

カヴァリエの声は、娘を誇る父のそれだった。
不器用ながらも、彼なりに精一杯の想いを込めていた。

「ありがとう、お父さま」

そう言って微笑んだメリセラの横顔は、どこか大人びていた。

彼女はもう、ひとつの恋を終えて、次の道を歩き始めていた。

そして心の中で、そっと祈る。
どうか、彼が選んだ道の先に、ほんとうの幸福がありますように。

外では、春の気配が静かに夜を撫でていた。
少女の恋が終わり、大人の静けさが始まる夜。
それは、誰にも気づかれないほど静かな、けれど確かな「旅立ち」の時だった。
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