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49.アレクシスとレティシアの過去の思いと胸の内
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リューンハイム侯爵家を追放されたアレクシスは、王命によって爵位を剥奪され、正式に貴族籍から除外された。
かつて「侯爵家の嫡男」として王宮でも顔の利いた彼の名は、かつて貴族社会の華であった栄光と共に、今や王都の貴族社会から完全に消え去っていた。
アレクシスは、その後、辺境の小村に身を寄せ、細々と生活していた。鉱石の取引や人足の管理といった粗野な仕事に身を投じながら、かつての誇り高き青年は、静かに老いていこうとしていた。
護衛も召使いもいない日々。
唯一の伴侶となったのは、レティシア、かつて彼がルシアを裏切ってまで手に入れた、あの公爵令嬢だった。
侯爵家を捨てたあの日、アレクシスは確かに思っていたのだ。
これは新しい人生の始まりだ。あの冷たい侯爵邸より、愛を選んだのだ、と。
実は、アレクシスは傲慢さと虚栄心をもった男だった。
「自分はもっと称えられるべきだ」と思い込んでいたアレクシスにとって、レティシアの甘い言葉や姿は、とても輝いて見えた。
当時のレティシアは、若く、美貌と誇りを武器に王宮でも注目を集めていた。
アレクシスの心は、レティシアの姿に存在に心を囚われていた
彼女は、公爵家の次女でありながらも、まるで“王女”のように振る舞う気品と傲然さを持ち、誰の前でも臆せず美しく、そして自信に満ちていた。
婚約を交わした十年前、アレクシスはまだ若く、そして無知だった。
だがその若さゆえに、あの華やかなレティシアを目にした瞬間から、他のすべてが霞んで見えた。
「彼女こそ、俺の求めていた世界に導いてくれそうだ」
それは恋というより、欲望と支配欲の入り混じった執着だったのかもしれない。
侯爵家の跡取りという立場でありながら、誰よりも賞賛されたいと望むアレクシスにとって、
王宮でも注目されていた美貌と血統を誇るレティシアを手に入れることは、“人生の勝者”となる証のように思えた。
侯爵家にいた頃、アレクシスは常に称賛の中心にいた。
「さすがは次期侯爵」「完璧な紳士」
誰もが彼を讃え、羨望のまなざしを向けていた。それこそが、彼の誇りであり、存在意義だった。
アレクシスが本当に心を許し、未来を夢見ていたのは、ただ一人、レティシア。
幼き日から続いた十年の婚約。その間、彼の視線は常に彼女に向けられていた。
他の何者でもない、レティシアだけが、彼の夢だったのだ。
だが、突然その夢は崩れ去る。
レティシアが、隣国の王族に嫁ぐという報せが届いた時、アレクシスの世界は音もなく崩れ落ちた。
彼女は、自分を選ばなかった。
己の力では届かなかったその事実に、初めて打ちのめされた。
プライドと虚栄に満ちた殻をかぶっていた彼の心には、ただ空洞が広がった。
称賛の言葉も、地位も、名声も、もはや何の意味も持たなかった。
アレクシスにとって、唯一の未来は、レティシアだけだったのだ。
だから、彼は他の誰とも結婚しなかった。
できなかった。
ルシアとの縁談が決まった時でさえ、心の奥ではレティシアの影が、消えていなかった。
失ったはずのものに、心を囚われたまま。
それが、アレクシスの本当の姿だった。
そして再会したレティシア。
「あなたこそ、真の侯爵家の当主にふさわしい」
その言葉が、彼の中に眠っていた虚栄心を刺激した。
(そうだ、俺は称賛されるべき人間だ)
ルシアと暮らし始めてからは、地に足のついた穏やかな日々が続いたはず。共に執務に励み、エドワードの成長を見守る生活は、決して華やかではないが、確かな愛と信頼があった。
それでも彼は、その穏やかさを「退屈」と錯覚したのだった。
そう思ってしまったことで、ルシアやエドワードの存在は、いつしか「手に入れた過去」になっていた。
「俺の本当の人生は、これからだ」
そう信じて、ルシアとの婚姻を事実上放棄し、レティシアと子をなした。
レティシアとの関係に溺れ、子ができたと知ったとき、アレクシスはそれを「運命」だと信じた。
レティシアもまた、あの騒動の後、公爵家を勘当され、爵位継承権を剥奪された。
あれほど誇り高かった令嬢が、たった一度の過ちで、すべてを失ったのだった。
彼女の家族にとって、レティシアは「栄光」ではなく「重荷」となった。
一族の名誉を汚し、王命を無視して既婚者に身を寄せた娘。
その名は家門の中で、二度と語られることはなかった。
だがレティシアには、それでも手放したくなかったものがあった。
「リューンハイム侯爵家の正妻になれるかもしれない」
その一縷の望みこそが、彼女のすべてだった。
若き日のレティシアは、美貌と誇りを武器に貴族社会を渡り歩いてきた。
だが年を重ねるにつれ、その価値が揺らぎ始めることに気づいていた。
(誰かに選ばれなければ私という存在は、消えてしまう)
そんな焦りと不安の中で、再び目にしたアレクシスの姿。
侯爵家の嫡男としての威光を纏いながらも、どこか隙を感じさせる瞳。
あの男なら心の隙間に入り込める、と彼女は直感した。
甘い言葉を囁いたのは、計算ではない。
生きるために、手に入れねばならないものだった。
「あなたと過ごした日々が、忘れられなかったの……」
それは“愛”というより、“逃げ道”だった。
貴族社会から落ちこぼれつつある自分を、もう一度引き上げてくれる可能性。
侯爵家の名と栄光を、もう一度手にするための、最後の賭けだった。
そして、子どもを授かった時、レティシアは確信した。
(これで、私はアレクシスと一つになれる。侯爵夫人として、復権できる)
だがその期待は、やがて瓦解する。
アレクシスの爵位剥奪。侯爵家からの完全な離縁。そして、自身の勘当。
すべてが崩れ落ちた後に残ったのは、「リューンハイム侯爵夫人になれるはずだった」という“幻想”と、
それを信じてしまった己の愚かさだけだった。
かつて「侯爵家の嫡男」として王宮でも顔の利いた彼の名は、かつて貴族社会の華であった栄光と共に、今や王都の貴族社会から完全に消え去っていた。
アレクシスは、その後、辺境の小村に身を寄せ、細々と生活していた。鉱石の取引や人足の管理といった粗野な仕事に身を投じながら、かつての誇り高き青年は、静かに老いていこうとしていた。
護衛も召使いもいない日々。
唯一の伴侶となったのは、レティシア、かつて彼がルシアを裏切ってまで手に入れた、あの公爵令嬢だった。
侯爵家を捨てたあの日、アレクシスは確かに思っていたのだ。
これは新しい人生の始まりだ。あの冷たい侯爵邸より、愛を選んだのだ、と。
実は、アレクシスは傲慢さと虚栄心をもった男だった。
「自分はもっと称えられるべきだ」と思い込んでいたアレクシスにとって、レティシアの甘い言葉や姿は、とても輝いて見えた。
当時のレティシアは、若く、美貌と誇りを武器に王宮でも注目を集めていた。
アレクシスの心は、レティシアの姿に存在に心を囚われていた
彼女は、公爵家の次女でありながらも、まるで“王女”のように振る舞う気品と傲然さを持ち、誰の前でも臆せず美しく、そして自信に満ちていた。
婚約を交わした十年前、アレクシスはまだ若く、そして無知だった。
だがその若さゆえに、あの華やかなレティシアを目にした瞬間から、他のすべてが霞んで見えた。
「彼女こそ、俺の求めていた世界に導いてくれそうだ」
それは恋というより、欲望と支配欲の入り混じった執着だったのかもしれない。
侯爵家の跡取りという立場でありながら、誰よりも賞賛されたいと望むアレクシスにとって、
王宮でも注目されていた美貌と血統を誇るレティシアを手に入れることは、“人生の勝者”となる証のように思えた。
侯爵家にいた頃、アレクシスは常に称賛の中心にいた。
「さすがは次期侯爵」「完璧な紳士」
誰もが彼を讃え、羨望のまなざしを向けていた。それこそが、彼の誇りであり、存在意義だった。
アレクシスが本当に心を許し、未来を夢見ていたのは、ただ一人、レティシア。
幼き日から続いた十年の婚約。その間、彼の視線は常に彼女に向けられていた。
他の何者でもない、レティシアだけが、彼の夢だったのだ。
だが、突然その夢は崩れ去る。
レティシアが、隣国の王族に嫁ぐという報せが届いた時、アレクシスの世界は音もなく崩れ落ちた。
彼女は、自分を選ばなかった。
己の力では届かなかったその事実に、初めて打ちのめされた。
プライドと虚栄に満ちた殻をかぶっていた彼の心には、ただ空洞が広がった。
称賛の言葉も、地位も、名声も、もはや何の意味も持たなかった。
アレクシスにとって、唯一の未来は、レティシアだけだったのだ。
だから、彼は他の誰とも結婚しなかった。
できなかった。
ルシアとの縁談が決まった時でさえ、心の奥ではレティシアの影が、消えていなかった。
失ったはずのものに、心を囚われたまま。
それが、アレクシスの本当の姿だった。
そして再会したレティシア。
「あなたこそ、真の侯爵家の当主にふさわしい」
その言葉が、彼の中に眠っていた虚栄心を刺激した。
(そうだ、俺は称賛されるべき人間だ)
ルシアと暮らし始めてからは、地に足のついた穏やかな日々が続いたはず。共に執務に励み、エドワードの成長を見守る生活は、決して華やかではないが、確かな愛と信頼があった。
それでも彼は、その穏やかさを「退屈」と錯覚したのだった。
そう思ってしまったことで、ルシアやエドワードの存在は、いつしか「手に入れた過去」になっていた。
「俺の本当の人生は、これからだ」
そう信じて、ルシアとの婚姻を事実上放棄し、レティシアと子をなした。
レティシアとの関係に溺れ、子ができたと知ったとき、アレクシスはそれを「運命」だと信じた。
レティシアもまた、あの騒動の後、公爵家を勘当され、爵位継承権を剥奪された。
あれほど誇り高かった令嬢が、たった一度の過ちで、すべてを失ったのだった。
彼女の家族にとって、レティシアは「栄光」ではなく「重荷」となった。
一族の名誉を汚し、王命を無視して既婚者に身を寄せた娘。
その名は家門の中で、二度と語られることはなかった。
だがレティシアには、それでも手放したくなかったものがあった。
「リューンハイム侯爵家の正妻になれるかもしれない」
その一縷の望みこそが、彼女のすべてだった。
若き日のレティシアは、美貌と誇りを武器に貴族社会を渡り歩いてきた。
だが年を重ねるにつれ、その価値が揺らぎ始めることに気づいていた。
(誰かに選ばれなければ私という存在は、消えてしまう)
そんな焦りと不安の中で、再び目にしたアレクシスの姿。
侯爵家の嫡男としての威光を纏いながらも、どこか隙を感じさせる瞳。
あの男なら心の隙間に入り込める、と彼女は直感した。
甘い言葉を囁いたのは、計算ではない。
生きるために、手に入れねばならないものだった。
「あなたと過ごした日々が、忘れられなかったの……」
それは“愛”というより、“逃げ道”だった。
貴族社会から落ちこぼれつつある自分を、もう一度引き上げてくれる可能性。
侯爵家の名と栄光を、もう一度手にするための、最後の賭けだった。
そして、子どもを授かった時、レティシアは確信した。
(これで、私はアレクシスと一つになれる。侯爵夫人として、復権できる)
だがその期待は、やがて瓦解する。
アレクシスの爵位剥奪。侯爵家からの完全な離縁。そして、自身の勘当。
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