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◆第一章◆
Episode09: 閉鎖世界のフォークロア
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ついに、この日がやってきた。
第二十二層、閉鎖・入水の日。
午後になって突然発表された”二十二層水没”のニュースは、瞬く間にフロントを混乱に陥れた。
現在、フロントの各層間の行き来は厳しく制限されている。
そのおかげか、混乱と言えど今のところは俺たちクロノスの現場職員だけでどうにか抑えることができている。
そして、十八時を回った頃。ついに、第二十二層の隔絶が始まった。
俺は鉄製の防水壁を閉める作業に加わる。
扉を閉ざし、その後セメントで完全に封鎖するのだ。ここが再び開かれることはない。
今夜零時には地下水汲上げポンプの稼働率が落とされる。
そうなれば最後、第二十二層は水没するのだ。
壁の向こうから聞こえてくる、一方的に死を強要された者達の阿鼻叫喚。
”人道”という観点から見れば決してあってはならない政策であるが、かといって意味もなく閉鎖を行っているわけもなく。
――フロントの存続・延命のため。
その大義名分でもって、二十二層の住民は殺される。
なぜ他の階層に移住させないのか――。
それは、人間を減らすことが食糧難の緩和、治安維持も兼ねているからだ。
結局、俺は組織の意向通り――そして義父の意向通り、駒となって働くしかない。
故に、今日の俺は、罪に問われない罪人である。
防水壁を閉め終わると、万一の反乱の際に民衆を抑え込むための警備係として、指定された配置につく。
規制線を越え、警備隊と揉み合いになる民衆たちを横目に、俺はため息をついた。
俺とて、望んでこの仕事をしているわけではない。
しかし、世の中には"仕方のないこと"というものがが存在して。
たまたまそれが、「下層民を殺す」ことだったというだけの話なのだ。
口の中に苦いものが広がったような気がして、地面に唾を吐き捨てた。
すると、さっきまで規制線の向こうにいた中年の女が、警備隊の包囲を掻い潜って俺のもとへと駆けてくる。
「アンタさっきから一体どういうつもりだ!」
抵抗しない俺の胸ぐらを掴んで吠えたててくる。
マズったな。ため息をついたり、唾を吐き散らしたりしたところを見られたらしい。
「申し訳ございません」
「謝ればいいって問題じゃないだろう! 仕事だからって人殺しにゃ変わらねぇんだよ!」
「申し訳ございません」
ただ謝ることしかできない。
俺がクロノスの一員である限り、婆さんからすれば俺の本心がどうであろうと、敵であることに変わりはないのだ。
もう二分ほど経っただろうか。
目の前の婆さんがまだ吠えたてている。
いい加減、襟がシワだらけになるのでやめてほしい。
「アンタねぇ、聞いてんのかい!」
「アンタには人間の心ってもんが無いの?!」
いや、あるさ。ただ、上の命令に従わなくてはならないというだけで。
可能であれば、こんな憎まれ役なんざ今すぐにでも辞めてやりたい。
――だって、この下には、とうの昔に置いてきた俺の家族がいるのだから。
今となっては生きているのかさえわからない、ひとつ下の妹と、三つ下の弟が。
俺のことを見かねた同僚が婆さんを連行していく。
今日に限っては、クロノス職員への暴行もチャラになるだろう。
自分で言うのもなんだが、婆さんのほうが俺なんかより余程、人間らしく思えた。
* * *
仕事を終える。
今日は直帰して良いと言われているので、中層で飲むという同僚たちに「気が進まない」と一言断って、俺は独り帰ることにした。
まったく、最悪な職に就いてしまったものだと自分を呪いながら。
今の時刻は零時を過ぎたところだ。
中層は混乱も収まったようで、普段の静けさを取り戻していた。
それもそうか。なにもこうして、最下層が水没するのは初めてのことではない。
以前は三十層まで存在していたことを考えれば、今回で九層目ということになる。
大方、自分には関係ない――若しくは、もう慣れてしまったという人間がほとんどなのだろう。
二層まで戻って来たところで、前方に線の細い女――いや、俺とそう年の変わらないであろう女の子がいるのに気づく。ちょうど、家の前あたりだ。
近づいていくにつれて、はっきりと視認できるようになってくる。
このあたりでは見かけない顔だった。
それは十年前、俺が下層に置き去りにした妹によく似ていて――――。
「…………にい……さん?」
だから、そう。
これは決して、偶然なんかじゃない。
皮肉にも再会してしまった俺達の運命は、更に狂ってゆくに違いないのだ。
――― 第一章・完 ―――
第二十二層、閉鎖・入水の日。
午後になって突然発表された”二十二層水没”のニュースは、瞬く間にフロントを混乱に陥れた。
現在、フロントの各層間の行き来は厳しく制限されている。
そのおかげか、混乱と言えど今のところは俺たちクロノスの現場職員だけでどうにか抑えることができている。
そして、十八時を回った頃。ついに、第二十二層の隔絶が始まった。
俺は鉄製の防水壁を閉める作業に加わる。
扉を閉ざし、その後セメントで完全に封鎖するのだ。ここが再び開かれることはない。
今夜零時には地下水汲上げポンプの稼働率が落とされる。
そうなれば最後、第二十二層は水没するのだ。
壁の向こうから聞こえてくる、一方的に死を強要された者達の阿鼻叫喚。
”人道”という観点から見れば決してあってはならない政策であるが、かといって意味もなく閉鎖を行っているわけもなく。
――フロントの存続・延命のため。
その大義名分でもって、二十二層の住民は殺される。
なぜ他の階層に移住させないのか――。
それは、人間を減らすことが食糧難の緩和、治安維持も兼ねているからだ。
結局、俺は組織の意向通り――そして義父の意向通り、駒となって働くしかない。
故に、今日の俺は、罪に問われない罪人である。
防水壁を閉め終わると、万一の反乱の際に民衆を抑え込むための警備係として、指定された配置につく。
規制線を越え、警備隊と揉み合いになる民衆たちを横目に、俺はため息をついた。
俺とて、望んでこの仕事をしているわけではない。
しかし、世の中には"仕方のないこと"というものがが存在して。
たまたまそれが、「下層民を殺す」ことだったというだけの話なのだ。
口の中に苦いものが広がったような気がして、地面に唾を吐き捨てた。
すると、さっきまで規制線の向こうにいた中年の女が、警備隊の包囲を掻い潜って俺のもとへと駆けてくる。
「アンタさっきから一体どういうつもりだ!」
抵抗しない俺の胸ぐらを掴んで吠えたててくる。
マズったな。ため息をついたり、唾を吐き散らしたりしたところを見られたらしい。
「申し訳ございません」
「謝ればいいって問題じゃないだろう! 仕事だからって人殺しにゃ変わらねぇんだよ!」
「申し訳ございません」
ただ謝ることしかできない。
俺がクロノスの一員である限り、婆さんからすれば俺の本心がどうであろうと、敵であることに変わりはないのだ。
もう二分ほど経っただろうか。
目の前の婆さんがまだ吠えたてている。
いい加減、襟がシワだらけになるのでやめてほしい。
「アンタねぇ、聞いてんのかい!」
「アンタには人間の心ってもんが無いの?!」
いや、あるさ。ただ、上の命令に従わなくてはならないというだけで。
可能であれば、こんな憎まれ役なんざ今すぐにでも辞めてやりたい。
――だって、この下には、とうの昔に置いてきた俺の家族がいるのだから。
今となっては生きているのかさえわからない、ひとつ下の妹と、三つ下の弟が。
俺のことを見かねた同僚が婆さんを連行していく。
今日に限っては、クロノス職員への暴行もチャラになるだろう。
自分で言うのもなんだが、婆さんのほうが俺なんかより余程、人間らしく思えた。
* * *
仕事を終える。
今日は直帰して良いと言われているので、中層で飲むという同僚たちに「気が進まない」と一言断って、俺は独り帰ることにした。
まったく、最悪な職に就いてしまったものだと自分を呪いながら。
今の時刻は零時を過ぎたところだ。
中層は混乱も収まったようで、普段の静けさを取り戻していた。
それもそうか。なにもこうして、最下層が水没するのは初めてのことではない。
以前は三十層まで存在していたことを考えれば、今回で九層目ということになる。
大方、自分には関係ない――若しくは、もう慣れてしまったという人間がほとんどなのだろう。
二層まで戻って来たところで、前方に線の細い女――いや、俺とそう年の変わらないであろう女の子がいるのに気づく。ちょうど、家の前あたりだ。
近づいていくにつれて、はっきりと視認できるようになってくる。
このあたりでは見かけない顔だった。
それは十年前、俺が下層に置き去りにした妹によく似ていて――――。
「…………にい……さん?」
だから、そう。
これは決して、偶然なんかじゃない。
皮肉にも再会してしまった俺達の運命は、更に狂ってゆくに違いないのだ。
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