あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄

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1話

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 その日は話の長い担任のホームルームがめずらしく早めに終わったので、隣の一組へと幼なじみの与木実晴よぎみはるを迎えに行った。

 こちらもちょうど終わったところのようで、教室から人があふれ出てくる。その間を縫って教室へ入ると、荷物をまとめている実晴と男が目に入った。

 男が肩掛けカバンを手に実晴へ話しかける。

「今日バスケ部は?」
「ないよ」
「いーじゃん。俺校舎周りの清掃だぜ? 帰りてー!」

 ボランティア部は大変だな、とさわやかな笑顔を見せる実晴だったが、何かを思い出したように眉を下げて苦笑いの表情になる。

「でもちょっと用事があって」

 実晴は委員会にも入っていないし、放課後残って先生に質問しに行くようなタイプでもない。何があるのかと、実晴の机までたどり着いた俺はそのまま疑問をぶつける。

「用事って?」
「お、亜食あじきだ。よっす!」

 あいさつしてくれる男――透山とうやまに自分も手をあげて返し、実晴を見る。

 一瞬、実晴の目が泳いだような気がしたが、なんともないように口を開いた。

「呼び出し。話したいことがあるから来てくれって」

 おモテなことね……と感心したように腕を組みうなずく透山に同調するが、内心穏やかではなかった。

 実晴は高校に入学してから、女の子に告白されては付き合い、そして別れるをくりかえしている。

 桜散りやわらかな陽光が照らす春、一年生にイケメンがいると、学年を超えて教室まで実晴を見に来る人が後を絶えなかった。高身長で色素の薄い瞳と髪、さらにはおだやかな口調に柔和な笑みをたずさえた実晴は、いつしか王子と呼ばれるようになっていた。

 実際はたくさんの人相手をするのが面倒で、適当に笑っていただけのことだったが、そんなことはギャラリーには関係ない。

 とにもかくにも、その目立つ容姿をきっかけに実晴に惹かれた人が次々と恋人へと立候補した。

 どの人とも授業で学習している単元が変わらぬようなうちに別れてしまい、それを聞きつけた人が告白し付き合う、という流れができていた。そして、いつしかフリーの実晴に告白すれば断られないという共通認識が生まれた。

 節操のない男である。中学のときだって告白はされていたが、すべて断っていたというのに。

 今回もどうせ告白を受け入れて、女子といっしょに帰るのだろう。せっかく終礼が早く終わったのに、今日は一人で帰ることになりそうだ。

 胸の中で重くなったもやもやを閉じこめるように、ほんの一瞬だけ目をつぶる。
 まぶたを開いた刹那、ふわりと手首を掴まれた。

「すぐ終わるよ。ちょっと待ってて」
「……あぁ」


 実晴、透山と廊下で別れた俺は、ふらふらとしか歩けない足で二組の自教室へ逆戻りしようとしていた。

 スライドドアの取っ手に手をかけたところで、中に人がいることに気づく。なんとなく入りづらくて、身を潜めてそっと中の様子をうかがった。

日波ひなみ、気合い入れていきなよ」
「緊張やばい……」
「大丈夫でしょ。今与木くんフリーらしいし」

 グラウンド側後方の席に、女子三人が固まって話している。どうやら、実晴に告白しようとしているのはうちのクラスの女子らしい。

 うつむいて両手を祈るように組んでいる人物を見て驚く。

 彼女は一島いちしま日波さん。実晴のの恋人である。

 一年のとき、保体委員になった実晴と一島さんは交流を深め、高校に入学して一カ月、一島さんから告白して見事カップルが成立した。

 中学まで誰に告白されようともなびかなかった実晴が、突如として恋人をつくったことにがく然とする。

 本人から話を聞いたとき、俺は自覚した。実晴のことが好きだということを。
 大切に心の奥底であたためるように抱えていた感情が、急速に形を成してはまっていくのを感じた。はまると同時に砕け散ったが。

 結局二カ月も経たずに二人は別れることになったものの、その後の友人としての関係は悪くないはずだった。

 そしてまた、一島さんは実晴に告白しようとしている。

 友人二人にバシッと背中をたたかれ、一島さんは覚悟を決めたようだった。凛々しい顔付きになった彼女が歩き出したのを見て、俺はあわてて、しかし盗み聞きがバレないように足音を殺しながら、廊下を後にした。
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