あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄

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19話

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 花火の振動が地面をつたって体の芯へと響く。

 屋台から離れると、花火を見ようとグラウンドの外へ流れる人でいっぱいだった。実晴はその中を、ペースなんておかまいなしで、無言で俺の手を引いて進む。俺はその後を、足がもつれそうになりながらなんとかついていった。すれ違う人々はみな空を見上げているのに、俺は地面を蹴って進む実晴の背中を見ることしかできない。

 ようやく外に出られたと思えば、今度は人の流れる方とは反対へどんどん進んでいく。その間にも大きな振動が空気を揺らし、色とりどりの光が明滅している。

 たどり着いた先は図書館の入口につながる脇道だった。ゆるやかで奥行きの広い階段が建物に続いており、両側には植え込みがあった。

 花火が上がるのは図書館を越えた先にある川で、ここからだと花火は建物に隠れ、一部しか見えない。ときどき陸橋から歓声が聞こえるが、どこか煙をまとった幻のように思えた。

 歩みを止めた実晴が振り返る。

 早足だったせいか髪は乱れ、額には汗が浮かび、心なしか息も上がっている。眉をしかめ、ぐらぐらと煮立ったような瞳にとらえられ、呼吸を忘れる。学校で見せる王子様然とした、涼しい顔に笑みを携えた姿はどこにもなかった。

 掴まれたままの左腕を、実晴の手が強く握る。

「――好きなの」

 実晴の言葉と同時に打ち上げられた花火が盛大に弾ける。赤く照らされた実晴の、悲しみに歪んだ顔がはっきりと見えた。

 激しい後悔の念が濁流にように押し寄せる。見たことない表情だった。

 とっくにバレていたんだ。好きだという気持ちも、俺が冗談を利用し、自分勝手な考えで思い出づくりをしようとしていたことも。

 俺が選べたのは、想いを悟られずに一生友達でいるか、素直に気持ちを伝えるかの二択しかなかったのに。

 こんな顔をさせるまでに傷つけた。正直にすべてを打ち明けるしかない。たとえ、もう実晴の隣にいられなくなったとしても。それくらいしか自分にできることはないように思われた。

 掴まれた腕にぎりぎりと手が食い込む。謝罪を告げようとする俺より先に、実晴が再び口を開いた。

「誰が好きなの」

 一瞬何を言われたのかわからず、言おうとしていた言葉が引っ込んだ。

「いるんでしょ。今日のメンバーの中に」

 ぱらぱらぱら……と花火が散る。

「僕のことをそいつの練習台にしちゃうくらい好きなんだ?」
「……は?」

 理解が追いつかず、今度は声が出る。開いた口が塞がらない。

 こいつはなんの話をしているんだ。

 俺が固まっていることに気づかず、腕にいっそう力がこめられる。痛みを感じて思わず振り払おうするが、びくともしない。

「カフェへ行った帰りに言ってたよね? 今のうちに経験しとかなきゃって。なんのことだろうって思ってたけど、やっとわかったよ。今日のメンバーに有誠の好きな人がいるんでしょ。それで、ちょうど有誠の冗談に応じた僕でお付き合いの練習をしようとしたんだ」

 苦しそうな表情から一転、薄笑いを浮かべた実晴は、いつもは光を通す美しい瞳をにごらせる。それに目を奪われていると、じりじりと近づいてきた実晴の鼻先が十数センチのところまで迫っていた。

「やたら二人といっしょにいるから……槻川さんか透山かな? 告白しようかなって考えてた? 付き合って、デートして手をつないでハグをして……って。でもごめんね。それ、無理だから」

 するりと手が離されたかと思うと、そのまま実晴の右手が俺の頬をガッと鷲掴む。吐息が顔にかかり、全身が石になったかのように固まって動かない。

「キスまで僕で練習しようとして……ひどいなぁ」
「ま、待て」
「僕にキスされても文句言えないね」

 かろうじてあいていた距離がゼロになり、実晴の唇と俺のとが重なった。離れていく実晴の顔を呆然と見つめる。何か言おうとしたが、はくはくと口を開閉するだけで言葉が出ない。

「初めてだった? ごめんね、好きな人とじゃなくて」

 いつの間にか頬を掴んでいた手が耳の後ろに差し込まれる。

「僕の何がだめ? 顔は好きだよね? 意地悪するのがいけないのかな。口とがらせながら俺にだけ怒るの、好きなんだよね。でも有誠が嫌だって言うならやめるよ」

 実晴は、考える暇を与えないとばかりにまくし立てた。

 目の前いっぱいに広がる実晴の顔、体の内側で鼓動を速める心臓の音。視覚も聴覚も情報であふれてしまい、頭が破裂しそうだ。辛抱たまらずに、固まっていた体が動く。

「ちょっと止まれ!」

 花火の合間にバチンと乾いた音が大きく響く。右手を出して実晴の口を塞ごうとしたのだが、想定より勢いがつきすぎた。
 実晴が黙ったことでようやく事態が飲み込めてくる。

 実晴は俺が槻川さんか透山のことを好きだと思いこんでいた。しかも、どちらかと付き合うための練習台に実晴を利用していた、と。利用されたことに憤りを感じていたのかと思ったが、後に続いた行動と言葉を思えば、そうでないことは明らかで。

 ならば、実晴は。

 じわじわ頬に熱が集まる。
 必死に俺の手を引きここまでやってきたのは、悲しみに歪んだ顔は、キスをしたのは。

 頬に集まっていた熱が全身を回って指先まで巡る。

「……なんで照れてるの」

 俺の手を無理やり外した実晴が心底不思議そうに問う。照れていることがわかっておいて、俺の気持ちはまるで察していないらしい。少し腹が立って、いたずら心がむくむくと湧き上がる。左手首をさすりながら実晴を見上げた。

「……いるよ、好きな人。今日のメンバーの中に」

 ぐっと実晴の顔がしかめられる。

「いやだ。別れないよ。有誠が言ったんだよ。付き合うって――」

 実晴が言い終わる前に、下ろされていた左手を掴んで引いた。体勢を崩した実晴が俺のほうへよろける。傾いた実晴の体を受け止めるようにして、力の限り抱きついた。

「実晴が好き」

 腕の中で、カフェに行ったときと同じように実晴の体が固まったのがわかる。それでも、少ししてためらいがちに背中へ回された腕に安堵した。真っ赤に染まっているであろう顔を肩口に押し付ける。

「おれ、実晴のこと好きだって隠さなくていい? いっしょに帰るのも昼飯食うのも休日に会うのも俺にしてって、言っていい?」
「いいよ。手をつなぐのもハグもキスも有誠とだけ。有誠も僕だけにして」

 肩にうずめていた顔を上げ、実晴と目を合わせる。肝心なことをまだ聞いていない。

 花火の光を反射して薄茶色の瞳がきらめいた。実晴が目尻をゆるめる。

「……好きだよ。僕とずっといっしょにいて」

 回された腕に、ぎゅっと力がこめられる。俺は背中に添えられた手からつたわる温もりを噛みしめるように、そっとまぶたを閉じた。


 図書館から坂を上り陸橋の足元まで歩くと、視界が開け、花火がよく見えるようになった。
 唐突に祭りを抜け出してきたことを思い出し、血の気が引く。
 一島さんに協力するために参加したというのに、俺が一番の邪魔者である。
 もうじき花火も終わる。とにもかくにも連絡を入れなくては、とスマホを開くと、メッセージの通知が複数件。一島さんからだ。震える指でメッセージアプリを起動する。

『なんとなく事態は把握しました(槻川から聞いた)』
『カップルに戻ってこられても発狂しそうなのでそのまま二人でどこにでもいきなさい』
『私は今から全屋台の食べ物を制覇するから! じゃあね!』
 メッセージはなぜか大海を背負ったシャチのスタンプで締められていた。意味がわからないところが余計に恐ろしさを増長させている。
「……なんかすごい怒ってるね?」
 俺の肩に手をまわした実晴がスマホを覗き込む。後日下されるであろう制裁に背筋が凍りつきながら、フィナーレを迎えた花火が盛大に散るのを眺めるのだった。
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