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第四話『鎮まりたまえ、マイ、サン』
しおりを挟む「ははっ、いいね、俺、今日なら予定ないけど、どう?」
「あ、いいですね! どこがいいかな。駅前にファミレスありますけど」
「ファミレス? で、いいの?」
「うん、もちろん。あれ、もしかしてサワさん、お酒のみたいですか? 居酒屋のほうがいいのかな」
「いや俺、お酒のめないから。ナツキさんがいいなら、ファミレスで」
「そうそう、駅向こうまでいくと、お好み焼き屋さんもありますよね」
「そうなんだ、へー。お好み焼きか、お好み焼き、好きなの?」
「うん、好きですけど、なんでも好きですよ。私、食べるの好きなんで」
「ああ、なるほどね、そうなんだ」
「ちょっと! サワさん今、だから太るんだって納得したでしょ!」
「えっ、いやいや、全然、そんなこと思わないよ。ナツキさん太ってないし」
「ええー、ほんとは思ってたくせに、怪しいなぁ」
「ほんとだってば、だってナツキさん、マジで細いじゃない」
「見えないところは太いです」
「見えないところは知らないけども、気にしてるの?」
「気にしては、ないですね、たぶん。食べちゃってるので」
「あはは、なんだそりゃ」
「どっちが好きですか?」
「どっち? って……どっちのどっち?」
「お好み?」
「俺の?」
「俺のってなんですか。ファミレスか、お好みかですよ」
「ああなんだ、はは、ごめん、勘違いしてしまった」
「勘違い?」
「いやいや、あの、えー、と、じゃあ、お好み焼きにしようか」
「いいですね。実は私も、そっちがいいなと思ってました」
「なんだ、じゃあ、そう言えばいいのに」
「もうさっきから、口の中がソース味です」
「あ、わかる。俺もそうだわ」
「で、どっちなんですか?」
「なにがでしょう」
「サワさんの好みは、太めか、細めか」
「さて」
「さて?」
「そろそろウォークインにいく時間だなと」
「あ、ごまかした」
「いやいやいや」
「いやいやいや」
「あ、店長、お疲れ様です」
「え、あ、おつか……れ、さま……ん、店長、て、どこ? 来てないですよサワさん、あ、ちょっと! ズルイ、逃げた!」
「ウォークインいくんで、レジよろしくー」
「……ひぃぃー、冷蔵庫は寒いな。ああ夏の温さが、ありがたい」
「あ、サワさん、おかえりなさい。時間かかりましたね。大変でした?」
「いや、今朝、新製品が入ったみたいだから、棚を揉んできた」
「棚? ああ、並べかえですか?」
「うん、あそこ、ほら、2列にしてみた」
「あ、ほんとだ、すごい。新しいのを目線位置にしたんですね」
「夏はウォークイン涼しくて好きなんだけど、ずっと入ってると寒いね」
「ねぇサワさんもしかして、私が冷蔵庫を苦手なの知ってて、いつも行ってくれてます?」
「え、あ、いやまあ、あのドリンクの箱、女の子には少し重いし」
「えー優しい。サワさん、スゴイ優しい、素敵」
「いやゴメン、動くと暑いから冷蔵庫に逃げたいってのが本音かも」
「またまたぁー、でもそんな、奥ゆかしいところも好きですけど」
「本当だって、だから俺が一緒のときは、ウォークインは俺にいかせてくれると嬉しい」
「ほんと? ええー、助かる、私こそ嬉しい!」
「そんっなに、苦手なんだ?」
「ええもう寒いし重いし暗いし狭いし、あそこだけはホント苦手です」
「はは、利害が一致した」
「もう、ホントに優しいんだから」
「優しいのかな。お、あと一時間で終わりだ」
「あ、ほんとだ。お好み焼き、楽しみですね!」
「うん」
「はやく終われ、終われ終われ終われ……」
「祈っとる」
「えへへ、祈っちゃいました」
「ほんとに食べるの好きなんだね」
「うん、食べるのも好きですけど」
「けど?」
「いえいえ、なんでもないです。もう、こっちの話で」
「こっちのハナシ? とは……どっ、ちの?」
「えへへへ」
内心では、ドキドキして倒れそうだった。
誤解するのが怖くて、「好き」と言われたことに気づかないふりをした。
嬉しくて嬉しくて、もう今夜は安心どころか逆に、眠れなくなってしまうかもしれない。
彼女がかわいすぎて、好きすぎて、仕事中にハーフ勃起してしまった。
鎮まれと命じたが、俺のボッキー・バルボアは鎮まらない。
商品の補充のためにバックルームへいくふりをして、ムダに張り切る我が息子の位置を、チノパンの上からぐいと変えてごまかした。
今夜の食事の予定に、やましい気持ちはない。本当に、全くない。
それでも、身体は勝手に反応してしまうんだなと、ため息が出た。
おまえが期待するようなことは起きないぞと、下半身の自律神経を叱る。
自律している神経には、主の説教は届かなかった。
元気に起きている息子に、早く寝なさいと諭し、心を無にした。
清浄な、聖人のうたう聖歌のような綺麗事で、心を一杯にする。
イタリアン・スタリオンから多少、空気が抜けたのを確認し、バックルームから店内へと戻る。
売り場に、台車にのせた青いオリコンを運ぶ。
コンビニの制服は裾が長いので、少しくらい下半身がトランスフォームしても、上向きに整えておけば変形は見破れない。
まったくもうと時計を見ると、シフトの交代時間まであと三十分をきっていた。
レジカウンターの向こうではナツキさんが、悪戯ぽい笑顔で時計を指さしている。
俺もニッと歯を見せて応じた。
なんという爽やかな朝。そして心のつうじた歓び。
でも内心では目があった瞬間から、また心の大観衆がボッキーコールの大合唱をはじめてしまい、鎮まりかけたバルボアが不屈の闘志で再び立ち上がろうとしていた。
──つづく。
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