チャーム×チャーム=ブラッド

夢=無王吽

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第三話『思春期』

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 鼻が上を向いているのが、子供の頃からコンプレックスだった。
 唇が分厚いのも、髪質が硬くて生えかたにクセがあるせいで、オシャレな髪型ができないのも、肌が荒れやすく毛穴が目立つのも、手足が太くて短いのもそうだ。僕は自分のことが好きになれない。自分の声も性格もキライだし、どんなに丁寧に歯を磨いても、すぐに口が臭くなるのもコンプレックスのひとつだ。
 クラスの女子たちは、僕を「優しい」と評してくれる。
 でもこれは、普段の会話で直接、女子たちに言われたわけじゃない。
 道徳の授業で先生から、「クラスメイトの美点を見つけて伝えましょう」というお題が出され、皆がクラス全員の美点を紙に書かされて、順番に発表させられた。そして最後に、自分の美点を言わされて終わるという、あのときに言われたんだ。
 僕は自分の美点を、なんと言ったのだったかな?
 ダメだ、思い出せない。たぶん記憶としてのこってはいるのだろうけど、脳内の引き出しが自由に開けられないくらいには、あれは残酷な授業だった。
 男子の半分くらいは、女子から「優しい」の評価を与えられていた。
 先生はたまに、「○○くんの、どこが優しいの?」と、女子に尋ねた。
 あまり同じ答えが続くので、深く考えさせようとしたのかもしれない。
 すると女子たちは判で押したように、「ぜんぶです」とか、「いろいろです」と棒読みで答える。
「具体的には?」と先生が追及すると、「ぜんぶはぜんぶです」を繰り返す。
 僕を含めたその男子たちは要するに、女子から「興味ない」と言われたのだ。
 もちろん、本当に嫌われている男子はちゃんといて、女子に乱暴な態度をとって泣かせるような、不潔でガサツな、先生を含めた皆が納得の、クラス公認の嫌われ男子には、「ないです」と女子たちはハッキリ言うか、無言をつらぬいた。
 女嫌いを公言するその嫌われ男子たちも、「俺だってオマエ嫌いだし」と嘯き、堂々としたものだった。
 先生は女子たちに代わり、その男子の乱暴で下品な日頃の言動を注意した。
 女子たちの「優しい」という評価一本槍には、悪意などないのだ。
 興味を示せないだけで、無害であると判定してくれてはいる。
 褒めてもないが、けなしてもない。
 嫌いでもないが、好きでもない。
 いや、こう言うと少しプラス評価に近く感じるから、ニュアンスが違うかな。
 これを理解するためにはまず、「嫌いじゃない」と「好かれていない」の違いを知る必要がある。
 この二つは似ているようで、違うんだ。
「嫌いじゃない」は好きに近く、「好かれていない」は、嫌いに近い。
 どちらだと判定されるかは、日々の男子たちの態度と、それを見聞きした女子の感覚というか、彼女たちの感覚的波長の最大公約数との相性次第だ。
 誰かが決定した評価は、時間の問題で女子の総意となる(ように見える)。
 テレビのニュースでよく見るセクハラ問題と同じように、とにかく相手に不快を感じさせないよう、注意する必要があるってことだ。


 離れているぶんには無害とジャッジしてもらえるが、だからといって調子にのって、それ以上、近寄ろうと試みてはならない。悪意は当然、好意にも注意が必要なのだ。女子の顔が迷惑そうなら敏感にそれを察して、すぐに引き下がるべきというのが理想だが、その理想は果たして誰の理想なのかは僕にはわからない。女子に相手にされないからといって下品な男子の仲間になってはならず、今後もクラスの風景のひとつとして、己の身分をわきまえよというのも理想のひとつ。もちろん僕の理想ではなく、誰かの、なにかの理想か、またはそれに類するものだ。難しいけど従うしかない。目に見えないし誰が決めたわけでもない、これらの透明なルールを遵守するべし。


「嫌いじゃない」と「好かれていない」の中間で、モテない男子たちはこうして、身動きを封じられていた。
 男子には、〈女子を選べる人〉と、〈女子に選ばれる人〉の、二種類がいる。
〈女子に選ばれる〉タイプの人は、一途になってはダメだ。
 そのような男子にとって自分を選ぶ女子を好きになるのが、恋愛成就への唯一の道だからだ。
 一途は美徳なようで、実はそうじゃない。
 フラれても諦めないのは、モテる男子だからこそ許される健気さだ。
 女子に好かれるという幸福を味わいたければ、僕たちモテない男子は、せいぜい謙虚に、受動的であるべきだ。
 誰かに選んでもらえるまでは、一定の距離を保ちつつ、嫌われないように努力を続けるしかない。
 女子の言う、「男は浮気をする」とは、女を選べる男のことであり、ほとんどの男はそれに当てはまらない。
 なぜ女は、わざわざ浮気するような男を選ぶのか?
 なぜなら、他の男は彼女たちにとって、ただの風景だからだ。
 見ているぶんには邪魔だなとまでは思わないが、見詰める対象ではない。
 風景は、ただそこにあるものであり、好きも嫌いもない。
 存在する自由はあっても、存在を主張することは有り得ない。
 それは不自然な現象であり、対応しかねる。
 分をわきまえずに好意を伝えてくるような風景は、途端に有害な存在となる。
 女子に恥をかかせ、混乱させて泣かせてしまう〈災害〉となり果てる。
 女子はあくまで、穏やかな風景を好むのだ。
 僕もたぶん女子にとっては、風景のひとつなのだろう。
 そんなのは、反応を見ていれば自然とわかる。
 だから、「好かれよう」などと高望みはしない。
 嫌われないことが、僕の最も高い目標だ。
 今朝も早起きをして、シャワーを浴びてから登校した。
「臭い」と思われたら、有害な存在になってしまうからだ。
 ドライヤーと整髪料で髪型を整えようとしたけど、髪の毛が言うことをきいてくれなかった。
 全部の毛髪が頭蓋骨にしがみついているかのようにまっすぐ育とうとする極度の剛毛で、どうにもならない。
 僕の頭は努力の甲斐もなく、みっともなく横に膨らんだままだ。
 長髪にすれば少しはマシになるのかもしれないけど、男子の長髪は校則違反だ。
 しかもそんな目立つことをして、似合わなかったらと考えると恐ろしい。
 誰かが堂々と、「似合わないぞ」と言ってくれればいい。もしそれが本当に皆の共通の意見ならば、だけど。
 しまった似合わなかったかと焦り、せっかくのばした髪を切ってしまった後で、「似合ってたのに」なんて女子に言われたら最悪だ。もう一度長くのばせるほどの時間的猶予は、学生時代にはない。なぜなら僕は高三だから。のばして切ってまたのばすなんて、一年間ではムリだ。
 長髪でも坊主でも、妙に横に膨らんだ千円カットでも、似合うか似合わないかはそれを見る相手の主観。好みの問題だ。
 僕を含めたモテない男子は、できるだけクラスの意見の主流派に合わせたい。
 教室という小さな世界の流行に、のれているのか外れているのかを、こうして、いつまでも悩み続けているうちに、学生時代は終わってゆくのだろう。
 卒業後、どこかで集まった主流派の男女グループに、自分の知らないところで笑いものにされるのは嫌だ。そんなのは、死んでもゴメンだ。
 卒業……、卒業か。
 もう来年の今頃は、ここにはいないんだな。
 受験のことも、将来、自分がなにをしたいのかも、現実的な悩みとは遠い。
 毎朝、髪型がうまくセットできないことのほうが、ずっと僕の気分を重くする。
 これは、のんきな現実逃避なのかな。
 いや違う、これこそが、僕にとっての現実なんだ。
 現実と戦うのに必死で、先のことなんて考える余裕がないだけだ。



 ──つづく。
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