チャーム×チャーム=ブラッド

夢=無王吽

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第二話『幸せのもと』

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「趣味ですか? ええと……さん、んー、さん、さ、散歩?」
 俺のこの頭の悪そうな答えにも、彼女は優しく笑ってくれた。
 彼女のことが気になりだしたのは、いつからだったか? いや違うな。初めて会ったその日からもう、俺は彼女を女性として意識していた。
 バイト先のコンビニで、「みんな、この人、新入りね」と店長が、他の店員たちに彼女をおざなりに紹介した、あの初日。店長の雑な指導に丁寧に返事をする彼女の声を、いいなと思った。
 声だけじゃなく喋りかたも、客とのマニュアルどおりの会話なのに、相手にそっと毛布をかけるようで、聴いていると心がホワホワしてくる。
 実際、一緒に働いてみると、彼女は穏やかで、気遣いの塊みたいな人だった。
 少しでも元気がない日は、「体調、悪いんですか?」と心配してくれる。
 仕事中に「あ、そうだった」なんて独り言を呟いてしまい、あ、やばい今、声に出てた、と恥ずかしくなった途端、「え、なに? どうしたんですか?」興味津々で反応して救ってくれる。
 物を運んでいると駆け寄ってきて、「手伝いますよぉ!」なんて、荷物を半分、持とうとしてくれる。
 俺も彼女をみならってというか、お返しにというか、自然と、同じように、相手のことを考えて接するようになった。
 でも、やっぱり本物にはかなわない。彼女のしてる作業を、さりげなく、離れたところでちょっと手伝っただけで、すぐに気付いて、「わぁ、ありがとう、素敵! カッコイイ!」もう、大袈裟なくらい褒めてくれる。
 俺のしょうもない冗談にも、いつも楽しそうに笑ってくれて、俺の二の腕や肩や背中に、そのしっとりと柔らかいてのひらで触れてくれる。
 彼女といると元気になるし、癒やされるし、バイトに行くのが楽しみになる。
 もし彼女を知らない誰かがテレビで彼女のような人を見たり、彼女のことを誰かから聞いたりしたら、「あざとい」だの、「計算高い」だの、彼女の美点は悪く受け取られてしまうこともあるだろう。俺もテレビを観ていて、知らない人が彼女みたいな感じだったら、もしかしたら、ブーイングを投げる女性陣や世間の声にのせられてしまうかもしれない。
 テレビや陰口だけじゃなく、たとえば俺が、キャバクラのような場所で女性に同じことをされたら、なるほどこれが手練手管かと、疑いというか、さめた目で見てしまうだろう。
 でもここはキャバクラではないし、目の前の彼女はテレビに映る知らない人ではない。
 コンビニのレジカウンターの内側や、バックルームで二人で話しているときの、穏やかな声、優しい口調、気遣いのある言葉、温かい掌を俺は全部、彼女の魅力としてとらえるし、そこに悪意を探そうなどとは思わない。
「俺のこと好きなのかな?」なんて勘違いも自然と生まれてしまう。まあこれがたぶん、「あざとい」と言われてしまうゆえんなんだろう。ようは嫉妬だ。
 あと、男の側が自信過剰なだけという可能性もあり、俺のことをきっと好きに違いないと思い込めるだけのエビデンスが、そいつの脳内で編まれた妄想だけということも、このての事例では、じゅうぶんにあり得る。
〈自信家〉と書いて〈バカ〉と読む、男性ホルモンの暴走。俺は残念ながら暴走できるほど自分を高く評価していない。
 現に今も心に浮かぶのは、冷静で残酷な反対意見ばかりだ。
「そういう勘違いは、ストーカーの発想だぞ?」
「それでどうする? 告白でもする気か?」
「好意を表して、誤解だったら取り返しがつかないぞ?」
「あの優しい態度が一変して、避けられたりしたらどうする?」
「そうなっても、バイトに来られるか? 絶対にムリだろう?」
「中学のときだって、そうだったじゃないか」
「何度勘違いしてフラれたら、自分を知るんだ?」
「フラれたときの、あの虚無感を忘れたか?」
「あの辛さを、また味わいたいのか?」
「また自分をゴミみたいに感じたいなら、好きにしろよ」
「彼女のなにを知ってる? なにも知らないだろ?」
「彼女とどうなりたいのか、具体的に言ってみろよ」
「どうなれると思うんだ? どうもなれないだろうが」
「彼女との歳の差を考えろ、バカ」
「たぶんまだ彼女は学生だろ? おまえはいくつだ?」
「誰かを好きになって、食事や映画に誘って、かっこつけて奢って、バイトで貯めた少ない貯金を浪費して、それでどうなる?」
「そんなに、『ごちそうさま』って言われたいのか?」
「それの、なにが嬉しい? 想像してみろよ」
「デートのつもりでバカみたいにハシャイで、一日が終わって、一人でさびしく家に帰った後で、結局今日の一日は、なんだったんだろうとモヤモヤするだけだぞ」
「で、また、昨日までと同じ明日が始まるんだ。なにも変わらないぞ?」
「調子にのって、よけいなことをするなよ? すべてが終わるぞ?」
「なにが言える? なにができる? よく考えてみろ」
「なにもないだろ。だってオマエ(俺)は本当に、からっぽなんだから」
 ……よし、落ち着いた。
 我ながら、強力なブレーキを搭載しているなと感心する。
 心の暴走を止めるのは、もう、慣れたものだ。
 今日もバイト帰りに、胸の奥に芽生えた愚かな勘違いの芽を摘み取る、毎度の習慣を繰り返している。
 彼女とシフトが一緒の日は、正直、嬉しい。
 朝からソワソワしてしまうくらい、嬉しい。
 バイト中に、彼女と話せなかった日は酷く落ち込むし、親しく会話できた日は、安心してよく眠れる。
 日々の幸福度のほとんどの割合を、彼女との関係性の濃淡が占めている。
 あ、そうか。
 てことは、やっぱり俺は、彼女のことが好きなんだ。
 気づかないふりをしていても、いつかは限界がくるものなんだな。
 限界がくれば否応なく、好きな人として強く意識してしまう。
 こんなことは初めて……ではないけど、意識せずにいられる限界値は生まれて初めてこうなった中学のときから、一ミリたりとも上がっていない。
 簡単なやつだと、呆れても責めてもムダだ。
「好き」という気持ちを止める精神力は、たぶん、偉そうに異性を語る哲学者にも、好きという状態を分泌物の効果で説明する脳科学者にも、ないと思うから。
 


 ──つづく。
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