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第零話『言霊』

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 六月八日(火)

 あまりにもハラがたったので、この『殺すリスト』にあの女の名を記す。
 どう見てもだ。
 どう見てもケッカーは、まだデブだろう。
 あいつの自己判定のあまさは、笑えない。
 私だけじゃない、きっと、他の皆も思ってることだ、これは。
 いや、痩せられたと喜ぶのはまだいい。
 問題はそのあとだ。
 そのあ、そのあ、そのあと、そ、クソ! ああもう、ハラが立つ!
 そのあと、あの女が言った、あの、ひとこと。
「あんたも頑張んなよ、結果はちゃんとでるから、ほら」
 てなに!
 上から!
 すごい上から!
 励ませと、私が求めたか?
 なによりムカついたのは最後の「ほら」だ。
 なにを見て「あ、ホントだ」と思えばいいのか。
 痩せてから言え、「ほら」は。
 周りのバカ女どももだ。
「わーすごーい」とかもう、適当に相槌をうつな!
 ケッカーのあの都合のいい聴こえ方しかしない耳クソの詰まった顔の横にあいたケツの穴には、その「すごい」は、ちゃんと肯定として届いちゃうから!
 鵜よりも鵜呑みにしちゃうから!
 だってあいつは、オマエらバカよりもっと、ぶっちぎりでバカなんだから!
 あと、これだけは言っとくが、現時点で、私のがオマエよりは痩せているし。
 偉っそうに励ますなハゲ! あのクソ女、マジでハゲろ。
 おおおおおお、おおお、おおおーおお、思い出したぁ。
 あのクソ発言のあと、さらにムカつかされたことを。
「チャーラッチャラッチャラー」じゃねぇよ。
 ヘッタクソなポーズのおかげで、くっそ音痴なのに、あんたが急になにを歌ったのかが、しっかりとこっちに伝わっちゃったじゃないよ。
 マックス・パックスのコマーシャルとか、寒いんだよ。
 凍え死ぬわ恥を知れこの。
 あのコマーシャルに出てるタレントさんたちは水着だから、ごまかすにも限界があるけど、あんたはいつものあの変なフワフワとした、体型をごまかしまくってる少女趣味の服を着ちゃってるんだから、痩せてるかどうかもよくわからんと言ってあげたいたいところだけども残念ながら全く完全に一目瞭然に痩せられてないのがごまかせてなくて。見てて悲しくなるほどに憐れだったわ。
 そう言えば、こないだアンタがバカみたいに自慢してた「モールでスカウトされちゃった」件にしても、あんなもんただのヘアカットモデルでしょうが。美容師の練習台にされて喜んでるんじゃねぇよと、ここに書くのを忘れてたわ。ケッカーは日々バカ発言が多すぎて。覚えてられない。マジでしんどい。
 あと決定的なのが、「ニックに告られた」発言ね。
 あれは顔がもう噓ついてるやつの顔だったし、嘘だってのはあの場にいた全員にバレてたんだけど。あの日の少し前、ニックとトランが話してるときに、ニックが「ミラが好き」だって言ってたの、実は私、学校の廊下で盗み聞きしてたのに。
 言うの忘れてたわー。
 あの大嘘をちゃんと潰しておきたかった。あまりにも嘘すぎて皆がすぐに忘れたから、決定的な証言をし忘れてしまった。
 ニックが好きなのは、残念ながらミラ!
 まぁねー、ミラ、もてるもんねー。
 でもミラのやつも、私とケッカーをしょっちゅう間違えるのはあれ、本当なの?
 わざとやってない?
「後ろ姿だったからわからなかった、ごめんねウフフ」じゃねえわ。
 ケッカーと私は、全く完全に一般的に生物として別物だから。
 顔が見えてなかったとしても、体型がゼンゼン似てないから。
 コンタクト忘れただけじゃないの?
 私とケッカーどころか、誰が誰かもわかってなかったんじゃないの?
 眼鏡かけなさいよ。あのダサい眼鏡を。
 一年のときのあんたが、あの地味で根暗で誰にも相手にされなかった暗黒時代にかけていた、あのピンクの眼鏡を。
 コンタクトにかえて、髪をショートにしたら急に人気が出て、服とかメイクにも気をつかうようになってますますキレイになって、もてて、私はミラに嫉妬して、あのときも殺すリストに彼女の名前を大量に書いたのだった。
 もう書くこともなくなったし書き飽きたけど、なんか今、ちょっと再燃しそうになったぞ?
 よし、後日、また書こう。
 今日は、ミラじゃなく、ケッカーを死なす日だ。
 死ね死ね死ねブス。デブ。調子のんな。
 ふう、腹のなかにどす黒いなにかがたまるけど、心は少し軽くなる。
 悪循環とも言う、この自慰行為。
 今日の殺すリストは、ケッカー・テッキニーナ・スミタイ。
 オマエのその生意気な発言を、私は「無邪気」とは感じてやらない。
 オマエのその無神経な発言を、私は「マイペース」とは呼んでやらない。
 死ね死ね死ね死ね! 死ね!
 死んでしまえバーカバーカ。


 ──つづく。
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