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第五話『症候群だらけ』
しおりを挟むパチパチシャワーとベリースペシャルの二段重ねを頬張っていたとき、アイスの趣味まで野暮ったいケッカーが、カップに入ったマロンクッキーとハッカチョコをスプーンでグチャグチャと混ぜながら、店の奥を指さした。
なぜ混ぜる? と疑問に頭を支配されたまま彼女がさしたほうに眼を向けると、『女王フェラウ』を中心に、ニコ、ジーツ、キヨニの三人の取り巻きどもが、楽しそうにこちらを指差して、下品な大声で笑っていた。
反射的にムカッときた。なんだてめぇら。なにも可笑しいことなんかないだろ。
こっちはアイス食ってるだけっていうか、いやまあケッカーの食いかたが気持ち悪いのは認めるけども。
あれはどー見ても、私も含めて笑いものにしているようにしか思えなかった。
腹を抱えてひっくり返り、こっちを見ては、また噴き出して爆笑している派手な女たちを睨み、私は口を大きく開き、中でとけて液体になったアイスを見せながらそれを指差し、次にフェラウを中指でさしてやった。
てめぇがいつもやってることだろ、この糞ビッチという、強烈なメッセージだ。届け。届いた。フェラウの顔が憤懣で破裂しそうに赤くなり、目を剥いて舌打ちをした。棒を咥えて鍛えられた舌打ちは爆音で、こっちの席まで余裕で聴こえた。
「フェラウ・マッソ=ダーリンは舌使いがうまそうだな」という噂は、どう見てももてそうにない童貞男たちが、学校の廊下でヒソヒソと、フェラウを見ては囁いているのを、私が直接、すれ違いざまに聴いたものだ。
さすがにあのときはフェラウに同情したし、下品な男どもにはこいつらアホかと呆れたけど、あの爆音を聴くと、あながち嘘情報でもないのかなと疑ってしまう。
「なんか文句あんのかよ、ブス」
傲然と顎をそびやかすフェラウは八人がけくらいの大きな赤い革張りのソファを四人で占領しながら、その中心で背もたれに両腕をかけ、片膝を立てて靴をはいたままの踵を座面にのせ、ボスの威厳を撒き散らしながらこちらを威嚇した。
ケッカーとは真逆の趣味の、肌の露出が多めな服。
ノースリーブのワンピースが捲れて、彼女のパンツは誰からも丸見えだった。
「はぁ?」と、私は耳に掌をあて、半笑いで首を傾げた。
「整形しすぎの鼻と顎が動いてないから、なに言ってんのかわかんないんだけど」
我ながらこれは、一発目としてはいい啖呵だったと思う。
ラップバトルみたいな客前での口喧嘩だったら、観客も「これはアウチ!」と、フェラウの不利を感じたことだろう。
着火したように、取り巻きの三人が色めき立った。
全員が臨戦態勢。いや、私の唯一の味方であるはずのケッカーは、忍者のように気配を消して空気と同化し、他人ですという顔をしている。誰がどう見ても他人のわけがないだろ。こんな小さなテーブルを一緒に使ってるのに。
「なにあの女、生意気じゃない? 誰よ?」
フェラウが私を睨んだまま、吐き捨てるように疑問を散布すると、大きな荷物を挟んで隣に座る腰巾着のニコが、ヘイオヤビンとばかりに答える。
「ほら、あの、オタクのサブと付き合ってるって噂の」と。
女王バチと取り巻きどもが、一斉に私に嘲笑の矢を放つ。
啞然。がくんと、重力に負けて落ちた顎が外れるかと思った。殺したい。
ただここまで書いてて気付いたんだけど、「誰よ」と訊くということは、最初にあの四人が笑っていたのは、もしかして、たまたまこっちを見ているような感じになっていただけで、私たちをバカにしていたんじゃない可能性もあるのかなと。
そんなこと今さらどーでもいいし、あのときは、そんなことを考える余裕なんて微塵もなかった。でもこれは、「今、冷静になってみれば」というやつで、事実はわからないのだから、考えてもしかたがない。
私の怒りのもとになっていたのは、あいつらの人をナメた態度だけじゃない。
サブとのデマが広まっているということに驚き、ムカついていた。
ハナのバカのせいで、あの糞女どもに、最悪のタイミングでバカにされちまっているじゃないか。
フェラウもその周りの女たちも、ハナも、ケッカーもどいつもこいつも、みんなみんな、存在そのものが気に入らなかった。
死ね死ね消えろ、消えちまえと、頭を掻きむしりたかった。
ケッカーもだぞオマエ。この状況で他人のふりをするトモダチがいるか?
イライラとして隣席に怒りの眼差しを向けると、ケッカーの顔が蝋人形のように血色を失い、気配が半透明になっていた。それはもう、向こうが透けて見えそうなほどに、悟りの境地に達した坊さんのように、完全に『無の人』だった。
その顔を見た途端、思わず噴き出してしまった。
さっきフェラウを挑発するのに使った口中でドロドロになったアイスの液体が、カラフルな鼻水として口と鼻から暴発する。最悪だ。
顔が熱くなり、真っ赤になっているのがわかった。
下を向くと、服に飛び散ったアイスが目に入り、絶望する。
キョロキョロと、盗み見るように周りの様子をうかがってしまう。
これはゴマカシようのない、誰がどう見ても敗者の振る舞いだった。
店員さんたちや他の客の皆さんは、フェラウのパンツ同様、見て見ぬふりをしてくれていた。優しさが痛い。
勝者である女王バチどもは、テーブルやソファをバンバンと叩き、笑いすぎて、涙を流していた。
感動的なほどの敗けっぷりだったのだろう。それはそれは満足したことだろう。
こっちはもう、穴を掘って埋まりたい気分だった。誰かシャベルを貸してくれ、いやコンクリの床はシャベルでは穴なんかあかないからツルハシを貸してくれと、本気で思っていた。
青ざめたまま赤面するという自分の顔が何色なのかもわからないまま、その顔をケッカーに向ける。誰でもいいから私を救ってくれと、味方を探し求めるように。
賑やかな色の鼻水とヨダレに塗れ、半泣きでキョロキョロしている私の顔を見たケッカーは、堪えきれずに「ぶふっ」と噴き出した。
オマエだけは笑うんじゃねぇと、私は口や鼻の周りの汚れを手で拭い、その手をケッカーのヒラヒラのついたバカみたいなドレスに擦り付けてやった。
ケッカーは驚いて、今、なにが起きたのかという、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
自分の服と私の服を交互に見て、なぜ自分の服までがそうなっているの? と、目をしばたたく。
わかれよ。
こいつの鈍さというか無神経さは一度、医者に診てもらったほうがいい。
病名は『主観的思考以外無理症候群』だ。
治療してもらえ。しっかりと入院してこいアホボケカス。
──つづく。
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