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第九話『裏腹か天邪鬼かそれとも』
しおりを挟む六月二十八日(月)
衝撃の事実だった。
頭が混乱して、なにから話せばいいのかわからない。
整理できないので、思いついた順に書いていくことにする。
今日のことだ。
私はミラ、ハナ、ケッカーの三人と一緒に、ハングリーボール部の練習を見学にいくことになった。
なんで、そうなったんだったっけか?
あー、んー、うー、忘れた。そこはまぁ、どうでもいい。
とにかく、運動場をつかう部活動のなかでも、最大面積を当然のように占有する運動部の花形、ハングリーボールという競技を、私は生まれて初めて、観ることになったのだ。
知らないスポーツなので、正直、面白そうだとは思わなかった。
でも、校内のモテ男の大半が所属する部活へ遊びに行くという行為そのものを、ワクワクなんかしないと言ってしまうと、それは嘘になってしまう。
ワクワクしてたよ。だってこんなもんハッキリ言ってイケメン見物じゃないか。そりゃ、ワクワクするだろ。多少は。
そしてこれは、憧れのトランに会いにいくということでもあるのだから、行くと決めた瞬間はもう、楽しくて嬉しくて、じっとしていられないほどだった。
校舎裏の広大な運動場へと向かう間、私を含めた女四人は、異常に盛り上がっていた。なにかヤバイ薬物でもやっているのかってくらい、目付きはバッキバキで、全員が狂ったようにテンション爆アガリだった。
だがいざ運動場に入ると、異様な雰囲気に圧倒された。
遠くからでも、女子たちの声援というか悲鳴というか、これがたぶん大人たちがよく言う《黄色い声》というやつなのかな? 甲高いキーキー声が、あちこちから沸き起こっているのが聴こえた。
多い。女ばかり。こんなにうちの学校にいたのかと、ここは女子校だったのかと疑いたくなるほどに、ウジャウジャとファンが人山をつくっている。
よーく見ると、ポツリポツリと男子生徒も交じっていた。
だが、本当にハングリーボールに興味や憧れを抱いて見学に来たのか、はたまた選手たちがモテるのを見て、それだけを求めて、選手になろうなどと不埒な考えで来たのかは知らないが、大半の男子見学者たちは、そのハードな練習を観て顔色を失っていた。
しかも今はまだ、選手たちがそれぞれのポジション同士で集まって、基礎トレを反覆しているだけのように見える。
ここからさらに何倍も激しく辛い本当の全体練習が始まると思われ、見学に来た男子のほとんどは、気配を消してそっと立ち去っていくだろうことが想像できた。
女子たちのなかでも選手に最も近い特等席で応援というか、見物しているのは、女王バチのグループだった。
チア部は見学エリアではなく場内で練習をしているので、特等席どころか身内のようなものだ。
だから見学者たちのなかに女王バチのライバルなどおらず、S席である最前列の真ん中を堂々と、当然のような顔で占領していた。
そのすぐ後ろや左右両側には、校内の二番手、三番手のグループや、選手たちの自称彼女どもが揉み合っている。見学エリアのなかで一番治安が悪いのはその辺りだった。最前列中心と、外れのほうだけが、人のうねりが凪いでいる。
うちら四人は当然のように、遠く外れた端っこから観ることになった。
端のほうで騒いでいるのは、私設ファンクラブっぽい揃いのTシャツを着ているイタイ女たちか、個人で追っかけのようなことをしている粘着質の固定ファンだけだった。あとは静かに、ただ観ている。両の瞳をハートにして。胸の前で手を組み合わせて祈るように。アホかこいつら。
騒いでいる雑魚どもはもちろん、静かな個別ファンたちも、お気に入りの選手がなにかするたびに叫ぶか、ピョンピョンと跳ねて喜んだ。
まるで、自動応援発生装置だ。
私はなんとなく、こいつらと同類に見られるのが恥ずかしくなった。
こんな遠くに並ばされて、健気を気取ってたかが練習を観に毎日のように通って来るその暇さ加減もバカバカしいし、逆に、女王バチやその周りの自称彼女たち、言い方を変えれば生きたラブドールどもも、男に媚びて得た地位にふんぞり返っている様が、なんとも滑稽だ。
たぶん私は、僻んでいるのだろう。
雑魚と同じ位置から雑魚と同じ視線を、声が届かないほど遠くの、誰が誰だかもよくわからないような、選手らしき人影に向けているのが悔しいのだ。きっと。
でも、こいつらと私には、決定的な違いがある。
こいつらは瞳を輝かせて、今の時間を堪能しているが、私は退屈だ。
運動場に来るまでのウキウキとした盛り上がりが、嘘のように引いてしまった。
ハングリーボールはヘルメットをかぶってするスポーツなので、今、自分が誰を観ているのかも、まるでわかりゃしない。
わかったところで、これ、今、なにを観てるんだよ、みんな。
面白いか? これ。
ダラダラとパスを回しながら、ひたすら走ったり止まったり曲がったり。
同じことのくりかえし。
パスして、キックして、タックルして。
もう飽きた。なんじゃこりゃ。
──つづく。
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