上 下
16 / 81

第十五話『味方がいる光景』

しおりを挟む

 七月三日(土)

 ふわふわとなにも定まらない一週間が過ぎた。
 週末だ。やっと苦痛な日々が終わった。
 授業も耳に入らず、クラスメイトと話しても、上の空だった。
 あれ以来、ハングリーボール部にもいってないし、トランの話題も出ない。
 ハナとは、気まずいままでなにも修復しなかった。
 だから昼食は、ケッカーやミラと食べた。
 放課後や休み時間に皆で集まっても、私とハナは話さないし、並ばないし、笑いあわないし、触れあわない。
 それが寂しいとも別に思わないが、じゃあなぜ一緒にいるのかと考えてしまう。
 つまらない。
 学校も、仲良しだと思っていた友達も、全部つまらない。
 どこかへ引っ越して、ゼロからなにもかもをやりなおしたい。
 こんな毎日が続くなら、こんなところにはいたくない。
 今日は昼まで寝ていようと思ったのだが、ママとパパに叩き起こされた。
 うちには週末の食事は、できる限り家族揃ってするというルールがある。
 私はそんなの守る気はないのだが、毎週、強制的に守らされていた。
 ママにぐいと身体を起こされ、ベッドから引き摺りおろされた。
 そのまま手を引かれてキッチンまで連れて行かれた私は、ひどい寝癖頭だった。
 椅子に座らされる。
 食事が目の前のテーブルに並ぶ。
 食欲がない。わけでもない。オナカは実は空いている。
 半分眠ったまま、口の中にトーストを詰め込み、シーツのシワの模様が描かれた頬を膨らませてもぐもぐと咀嚼し、牛乳で喉へと流し込む。
 胃は一瞬だけ驚き、すぐに働きだした。
 バターを塗ってこんがりと、きつね色に焼いた食パンには、ピーナツクリームがたっぷりと塗ってある。
 ザクザクした歯ごたえの下に、もっちりとした食感。
 舌に広がる甘くてクリーミーなピーナツ味。
 目はまだ開かないが、手は止まらない。
 口も、胃も、どんどん次をよこせとモリモリ動く。
 なんだ私は、ワンパクな成長期か?
 パパとママは、ずっとテンションが高い。
 何度もキスやハグを交わし、バカみたいに大笑いして、大声で喋る。
 今にも踊りだしそうなほど、楽しそうにしている。
 パパはウィークデーは帰りが遅く、朝が早い。
 ママや私と、ほとんど顔を合わせない。
 ママを起こさないように、そっとキッチンで立ったまま夜食を食べ、書斎にあるシングルベッドで寝ているらしい。
 ほとんど家庭内別居状態だ。
 でもこれは、夫婦仲が悪いからじゃない。逆だ。
 パパはママが恋しくならないように、月曜から金曜までは、なにもかもを忘れてバリバリと働くようにしている。
 愛しているから、会えない日々を一人で耐えているのだ。
 その代わり、週末や休暇中は、バカみたいにはしゃぐ。
 遊んで、遊んで、家族とベッタリで、全力で楽しむ。
 そのパパの勢いに私とママはいつも巻き込まれる。いやママはむしろ、自分からパパのノリに参加しているように見える。
 だからこの場面における被害者は、一人しかいない。
 そう、私だ。
 私がどんなにダルそうにしていても、お構いなしでこの二人は盛り上がる。
 今もなにやら楽しそうに、次の休暇の予定を話し合っている。
 私はほぼ聴いていなかったのだが、いつの間にか今度の連休には家族旅行に行くことが決定しており、行き先からなにから、全部決まっていた。
 ほーん。
 勝手にどーぞ、いってらっしゃーい。
 私はラクダのように寝ボケ顔でパンをもぐもぐしながら、言って手を振った。
 その瞬間、パパとママは私の両サイドに歩み寄り、左右から同時に抱き締めた。
 頬と頬と頬が、ムギューと潰れる。やめろ。
「マッキー、またそんなノリの悪いことを言っちゃダメじゃないか」
 パパがなぜか嬉しそうに、私の寝癖頭を子犬のようにモシヤモシャと撫で回す。
「もう、やめてよ!」
 突き放そうとするが、二人ともバカみたいに怪力で、びくともしない。
「やめないよー」と、左右から頬にキスをされる。
 うぎゃーと逃げようとする私を、パパがくすぐる。
「コチョコチョコチョコチョコチョ」
「うぎゃははは、やめろー!」
 怪力の巨漢に、好き放題にオモチャにされる私。
 笑う私に二人は満足し、また左右からキスをして抱き締めた。
 私の左右のほっぺは、もうベチョベチョだ。
 パパとママはこれから、オメカシしてデートに行くらしい。
 これには、私は参加してもしなくてもいい。
 パパはいつも、家族用と夫婦用、二パターンのデートプランを用意している。
 私は当然、留守番を選択した。
 二人はもう、ラブラブモードに突入しており、またチュッチュしている。
 ママがシッターを呼ぼうとしたので、友達を呼ぶからいいと断った。
 私はスマホを自室から持ってきて、ケッカーかミラに連絡しようとした。
 と、メールが届いていることに気付く。
 知らないアドレスからだったが、タイトルが「カールスキーです」と表示されているので、サブからだとわかった。
 そうだ、こないだ、私のメアドを渡しておいたんだった。
 なんだろか? 私はメールを開いてみた。


 ──つづく。
しおりを挟む

処理中です...