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第十八話『車内の景色』
しおりを挟む大きいバンの助手席のドアを開けてくれながらサブが、「面白いご両親だね」と笑う。
バカにした笑いかたじゃない。
なんだろう。親しみというか、そう、羨ましそうな、眩しいような笑顔だった。
でも私は、それが伝わらなかったという顔をして、わざと「どーゆー意味よ」と怒ってみせた。
「ああ、ごめん、失礼な言いかただったね」
サブはいつも、バカみたいに素直だ。
「いいよもう」と、微笑んで見せてやる。
サブはホッとしたように、ドアを優しくしめた。
ぐるりと車体後部を回り込み、運転席のドアを開ける。
身軽にひょいと乗るサブの、珠暖簾のような黒髪が揺れる。
「あんたんちは、どうなのよ」
面長な横顔に、少し立ち入った質問を投げてみたくなり、そうした。
キーを回し、エンジンが低い排気音を鳴らす。
サブは後ろや前を確認しながらそろそろと、ボロデカ車を発進させた。
「両親は、いないんだ。小学生のときに死んじゃって。今は伯父さん夫婦のうちに世話になってるんだよ」
人懐こい、いつものサブの声と口調。
だからかと、さっき彼がうちの両親のことを羨ましそうに言うなと感じた理由を察し、それに対する反応を飲み込む。
「へえ、あ、ていうかゴメン」
「いいよ全然、謝らないで」
「でも、じゃあ、あんたんちのガレージで大きな音出して、大丈夫なの?」
「うん、伯父さんには許可を取ってあるし、うちのガレージはもう、バンドでしか使わないしね」
「そーなんだ」
「ぼくの実父と伯父は歳が離れてたからね、もうだいぶ爺さんなんだ。工具なんてもう何年も触ってないよ」
「爺さんって言っても、甥がまだ高校生なんだから、ちょっとした修理もできないほどじゃないでしょ。そう言うことで、あんたにガレージを遠慮なく使わせようとしてくれたんじゃないの?」
「ああ、うん、たしかに、それもあるのかなぁ。でも父と伯父は母親が違うから、親子ほど歳が違うのはホントだよ」
「あ、そーなんだ」
複雑な家庭だなと思った。
サブの祖母は、伯父の母親ではないということか。
それって近縁と言っても、限りなく他人に近いのではないか?
と、束の間同情しかけたけど、サブがここまで素直に育っているのだから、悪い家庭ではないのだろうなと思いなおす。
年齢を理由にガレージを使わないというのも、方便だろう。歳の離れた兄弟だとしても、うちのグランパほどの歳ではないだろうからだ。
グランパはもう六十代だけど、車も配管も庭仕事も、なんでも楽々とこなす。
「伯父様は、おいくつなの?」と、しつこいかなと思いつつも訊いてみる。
「九十二」
「スゴ」
「でしょ?」
「あ、失礼、ゴメン」
即答への即答。そして謝罪。
たしかに、それならガレージなど使わなくても納得だ。
バンドの音なんて、たぶんほとんど聴こえてもいまい。
なんてことを言いそうになって止め、それについては謝らずに済んだ。
でもサブは笑って、「謝らなくていいってば」と、運転しながら言ってくれた。
後頭部で結ばれた、縮れた黒髪がまた揺れる。
XLサイズのロックTシャツも、ダブダブのグレーの軍パンも、おおらかな彼によく似合っていた。
ハンドルを握る腕は細いけど思ったより筋肉質で、その先についている指先は、器用そうでキレイなカタチだった。
「ん?」サブが、私の視線に気付いて視線を寄越す。
「なにこの車」私はごまかす。
「なにって、バンドやるなら車は必要だろ?」
「そうなの?」
「機材を運搬しないとならないからね」
重い荷物に耐えられるのかなと疑いたくなるほどに、ずっとボロい音で走るし、ずっとガタガタ揺れている。この振動は悪路が原因じゃなく、車の問題だ。だって道は、すごくキレイに舗装されているし。
「なんかコレ、今にも壊れそう」
「壊れるよ。修理しながら乗ってるんだ」
喋るたび、というか私の言葉に答えるたび、サブはチラリとこちらを見る。
楽しそうに、嬉しそうに、澄んだ瞳をキラキラさせて喋る。
「修理なんか、できるの?」
そんなことは興味ないし、たいして訊きたくもない。
話題なんて、なんでもよかった。
この空間で、彼とお喋りをするのが楽しかった。
彼のことを知りたいから、つい質問してしまうし、私の言葉を聴いてくれるからつい、もっと話したくなる。
サブはまた笑いながら答える。
「そうなんだよ、実は苦手だから、壊れるたびに大変なんだ。よくわかるね」
なにを言っても怒らないし、新鮮に反応してくれる。
しばらくこのままドライブしていたいなと思えるほど、落ち着く助手席だった。
たいしたことは話していないのに、すごく深い話をした気になっていた。
サブが笑うたび、野武士のように結わえたコーンロウがまた揺れる。
私はいつしか、その揺れをずっと眼で追っていた。
──つづく。
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