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第二十話『記憶』
しおりを挟むミーティングという名の曲作りの後、私も参加して、少しだけまたセッションを楽しんだ。
短時間だったから、あまり汗はかかなかった。
私はマイクを置いて休憩し、皆は持ち曲の練習、ライブリハを始めた。
ガレージの隅っこに膝を抱えてちょこんと座り、それを見学する。
そういえば、完成した曲の演奏は初めて聴くし、初めて観るなとワクワクした。
なんの照れも緊張もなく、彼らはスルッとそれを始めた。
それは練習と言うよりも、スタジオライブだった。
演奏開始からたった数秒で、鳥肌が止まらなくなった。
なんだ? これは。
カッコイイ、なんて、ものじゃない。
熱い、激しい、切ない、苦しい、楽しい、あとはなんだ? もうわからない。
曲にこめられた彼らのソウルと、積み重ねてきた練習量が痛いほどに伝わる。
なによりパフォーマンスが、衝撃的だった。
楽器を持ったカラオケみたいなものだろうと、心のどこかで甘く見ていたのかもしれない。
なぜこんなに暴れながら、ちゃんと演奏できるのか。
なぜ暴れているだけに見えて、ダンスのように魅せられるのか。
怒鳴ったり叫んだりはそこいらの怒った酔っ払いも同じことをするのに、音楽のそれはなにかが違う。
ギャーギャーと騒ぐだけじゃない。
メロディのある部分もある。
ラップのパートもある。
でも、叫びや暴れの輪郭みたいなものが、しっかりしているような。
指先までキチンと計算されたカタチのムチャクチャさと言うか。
んがー、だめだ。うまく言えん。
なにも歌ってないときでも、サブは表現を続ける。
楽しそうだし、当たり前のようにやっているが、たまらなく美しい。
でも、あれだけ暴れながら演奏することが、どれほど苦しいか。
近くで、仲良くなった皆がやっているからこそ、それが深く伝わってきた。
酸欠は、死ぬこともある怖い現象だ。
苦しくて演奏を諦めそうになる瞬間も、過去にはあったことだろう。
彼らは一人も、ほんの僅かな時間も、苦しさに負けて止まったりはしない。
苦しいのかななんて、彼らを知らずに観ていればきっと思いもしないだろう。
気付こうとする人にしか気付けない、隠された彼らの痛み。
だからこそ、感情とともに演奏が迫ってくるのだ。
みんなすごいけど、やはりサブが目を引く。
歌は正直、ほとんど聴こえない。
楽器の音が壁や床に反響して、歌が音圧で潰されてしまっている。
でも、聴ける。
ノイズの隙間からチラチラとのぞく、サブの歌声。
爆音にリズムとして刻まれる、サブの歌の拍取りのセンス。
発声、表情、動きやシルエットが全部、歌として聴こえてくる。
サブにのせられて、メンバーたちは狂ったように頭を振り回している。
サブはそれにさらにのっかり、腕を振り回し、魂を吼え散らかす。
雑音と紙一重なのに、なぜこんなに芸術的に感じるのか。
バンドだからか? うん、そう、そうだ、これが、バンドなんだ。
歌でも演奏でもなく、バンドとしての表現。
クラシックともポップスとも違う、荒削りで暴力的で、原始的な荒々しい音楽。
ロックだからか?
でも私が知っているロックとは、根本的になにかが違っているように思う。
テレビやラジオや音楽ソフトやネット動画でよく観る、商業用に作られたMV。
ちゃんと誰にでも伝わる、理解されやすい音楽が音楽だと、私は信じていた。
それしか知らなかったのだから、物心つく前から植え付けられた信仰のように、それだけが真実だと思ってしまっても、しょうがないといえばしょうがない。
でも今の私は、彼らの曲作りを見たし、参加もした。
体感したからこそ伝わる、華やかな芸能界とは別物の、裏の芸の世界。
まるでテレビで放送されるスポーツ格闘技と、街の喧嘩の違いのような。
どちらが優れているとかじゃない、別世界に存在する似たもの同士の裏表。
仮に比べたとしても、どちらの土俵で戦うかで勝敗が決まってしまいそうだ。
プロの格闘家と路上の喧嘩屋が勝負したら、たぶんそうなる。
どこで、どんな場面で、どんな勝負をするか。
ルールのない野生か、洗練された技術か。
うちのパパは究極金網ファイトのファンで、私もよく一緒にヴァーリトゥードを観るので、そんな風に思ったのかもしれない。
ヴァーリトゥードとは、金網のなかやリングだけで行われるものじゃない。
道場破りが来たとき。
路上にできた人の輪の中心。
海辺の砂浜。
素手の拳が生の皮膚を叩く音は、映画のアクションシーンの音とは違う。
ドカッ! なんて派手な音はせず、ペチン、パチンと、しょぼい音がする。
パパに見せられた、古い映像に映っていた、人間同士の取っ組み合い。
パパはそこでなにが起きているのかを私が理解できるよう、柔術の基本を教えてくれた。
道場の稽古みたいに地道に習うのではなく、プロレスごっこみたいに遊びながら教えてくれた。
バンドを暴力なんかにたとえたのは、私のその特殊な生活環境のせいだろうか?
いや、彼らの演奏を観ていたとき、私はそんなことは考えていなかった。
今の私がそんな風に考えてしまうのは、きっと、あの後に起きた事件が原因なのだと思う。
──つづく。
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