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第二十一話『招かれざる暴力』

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 演奏が始まるとすぐに、また人垣がガレージの前を埋めた。
 最初に異変に気付いたのは、壁にもたれて野次馬と逆側から観ていた私だった。
 輪になって互いを見ながら演奏しているメンバーたちには、外は見えない。
 応援の歓声をあげ、拍手をする地元民たちを掻き分け、物騒な雰囲気の男たちが三人、進み出てきた。
 誰だ?
 ジャラジャラと金色のアクセサリーをたくさん身に付け、だぶだぶのだらしない服を、引き摺るように着ている。
 その三人組は辺りを観光客のように物珍しげに見回していたが、その目付きは、なにも見ていないようでもあった。
 ヨタヨタと身体を揺らすように歩き、片手は常に半分ずり落ちたズボンの股間を握っている。
 欲求不満の表れなのか、ズボンが脱げないように押さえてるのか。
 危なっかしいのがいるなという観衆たちの訝しげな目付きで、彼らが地元民ではないことが私にもわかった。
 三人とも、目に見える限りの、服に隠れていないすべての皮膚がタトゥーまみれだった。
 指先から、顔から、揃いのスキンヘッドの頭頂部まで。
 若い男だということだけは見ればわかる。が、なんの用で来た誰なのかがわからない。
 サブたちはまったく気付かずに、演奏を続けていた。
 顎を突き出すようにしてリズムにのっていた、三人の内の真ん中に立つ筋肉質な男が突然、服の裾、腹の辺りを掴んで捲りあげた。
 なんだ? と、思わず凝視して、ギョッとした。
 服の下からは、ずり落ちたズボンからのぞく派手なパンツと、鍛えられて割れた腹筋、そして金色にメッキされたなにかが見えた。
 ズボンに挟まっているそれを、男が引き抜く。
 拳銃だ。
 それが本物かどうかを疑う前に、私の全身の毛が逆立った。
 男は拳銃を天井に向け、イキナリ発砲した。
 銃口が火を噴くのが見えた。
 演奏の爆音を切り裂くほどの轟音が、天井を貫く。
 見物人たちは悲鳴をあげ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。
 引き金は、二度、三度と握られた。
 けたたましい撃発音とともに、天井からホコリや、なにかの欠片が落ちてくる。
 バンドの演奏が止まり、耳鳴りだけがのこされた。
 拳銃の音をこんなに近くで聞いたのは初めてだった。
 現実味がない。
 でも、耳はずっと金属音みたいな音を鳴らしているし、刺青の男たちは恐ろしい存在感で、侵略者のようにちゃんとそこにいた。
 汗まみれのサブ、ノン、ノビ、ケイが、何事だという顔を振り向かせる。
「なんだよオイ、続けろよ」
 自分で止めておいて、拳銃の男は静かにそう言った。
 クスリと笑い、そのままケタケタと愉快そうに顔を揺らしながらガレージの奥へ奥へと、どんどん侵入してくる。
 男の目つきに、私はゾクリとした。
 充血した白目と、濁った黒目。
 完全にキマッていて、焦点があっていなかった。
 なにがしたいのか、なにをするつもりなのか。
 男は銃を見せつけるように横向きに構えて、踊るように揺れながら歩いた。
 さすがに警戒した目付きになる、メンバーたち。
 ここは路上ではなく自宅なので、逃げることもできない。
 男がフラフラと歩きながら、私のほうに拳銃を向けて銃口を上下に振る。
 撃たれると思い、私は石のように固まった。
「そのオンナ、てめぇらのなかの誰かのイロか?」
 ろれつの回らない、酔ったような口調。歯が何本か抜けているようだ。
『そのオンナ』が、私のことであるのは間違いない。
 男が指す方向には、いやガレージ内には、女は私一人しかいないのだから。
 男が拳銃を揺らすように動かすたび、嫌でも注視してしまう。
「ちょっとそのオネェちゃん、俺らに貸してくんない?」
 穴みたいな漆黒の瞳が、銃口の向こうから私を見下ろしている。
 言われたことの意味を、私の頭が必死に分析した。
 なんだ? これは、新手の荒っぽいナンパか?
 いやでも、わざわざ人の家の敷地内に侵入して女を連れていこうとする行為を、ナンパと呼ぶだろうか?
 考えないように蓋をしていた脳内にある語彙の壺から、拉致、監禁、略取誘拐、人身売買という言葉が溢れ出てくる。
「それ、どういう意味です?」
 私を指し示す拳銃が眼前で揺れているのを見ながら、サブが口を挟む。
 質問が耳に届いた瞬間、答えるかわりに、サブの鼻柱にスキンヘッドの頭突きが叩きつけられた。
 サブがのけ反り、顔面を両手で押さえて悲鳴をあげる。
 腰を曲げ、震えながら床に膝をつき、うなり、叫ぶ。
「こういう生意気な質問をしたい奴って、まだいる?」
 刺青だらけの顔を巡らせてメンバーたちを見回すと、目の前で膝をついて喚いているサブの頭を抱え、その顔面を、押さえている両手ごと、膝頭で突き刺すように蹴った。
 また頭がガクンと上を向き、そのままひっくり返るサブ。
 引きつけを起こした赤ん坊のように硬直して、小刻みにヒイッ、ヒイッと悲鳴をもらし、地面を転がっている。
 顔面が血塗れで、床に大量の血液が滴り落ちてコンクリを赤黒く濡らした。
 スキンヘッド男は、床を転がるサブの頭部を踏み潰そうと、足を振り上げた。
 その靴底には、ゴルフのスパイクのようなトゲトゲの金具がついていた。
 私は声にならない悲鳴を飲み込んだ。
 あんなもので頭を踏まれたら、サブが死んでしまう!
「おい、ちょっと待てよ!」
 ドラムのノンが、ドラムセットの中心に置かれた椅子から立ち上がって、大声で男を止めた。


 ──つづく。
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