30 / 81
第二十九話『うるせえやつら』
しおりを挟む「なによ、結局は近場のクラスメイトで妥協したの?」
攻撃的な第一声が、喧嘩中のハナから放たれた。
そういやそうだったと、私はそのムリにツンケンさせたような顔を見て、現在の彼女との関係性を思い出した。
「トランは? こないだは、あんなに好きだって言ってたのに」
ケッカーが訊いてくる。その目付きは、珍獣かUMAでも見るようだった。
ていうか、「あんなに」って言われるほど何度も、好き好き言ってたっけ?
「付き合ってるのー?」
感情が一ミリもこめられていない棒読みのような言い方で、ミラがサブから私に視線を移す。とろんとした眠そうな顔。なんかムカつくな、どいつもこいつも。
まあいい。私は大きく息を吸って吐いた。
「サブは親友だよ」
キッパリと伝えたが、そんな答えで納得するやつはいなかった。
「でもマック、さっき目がハートになってたよ?」
ケッカーが上目遣いでポツリと追求を続けると、ハナがイライラした顔でそれに続く。「トランは諦めたのね?」と。
しつこいなこいつ。言い方のトゲが鋭くて長いし、トゲに毒があるぞ。
「へー、マッキー彼氏できたんだぁ」
ミラも参加するが、声がポーッとした寝言のようだった。
オマエ絶対、興味ないだろ。
私の恋愛話なんか早く終われと、結論を急ごうとしてないか?
ていうか全員、ちゃんと人の話を聞け。
私が口を開こうとすると、ハナが掌で机をバンと叩いた。いや、喋らせろ。
「あんたさぁ、男をキープしておいてトランにも手を出すつもりじゃないよね? そんなの最低だよ?」
勝手な被害妄想。というか、トランはこいつの男でもなんでもないのに、怒りのままに半泣きのような声で、毒のトゲをさらにぐんと伸ばしてくる。うぜぇ。
私は両掌をひらひらさせて、「だから、違うんだってば」と皆をとめる。
言いながら、どう説明すれば伝わるかなと考える。その困り顔を、ハナがキッと睨む。
「違うってなに? トランにはもう手を出さないってこと?」
手を出すの出さないのって人聞きが悪いな。とちらりと思ったのだけど、もう、そんなことにいちいちツッコンでたら、いつまでも話が進まないので、私はハナに頷き、「うん、わかってるよ」と、安心させてやることを優先した。
ハナの表情が本格的な泣き顔になる直前で、ピタリととまる。
「ホント?」哀願するような声。
そんなのさぁ、私がどうでも、トランとあんたの関係になんの影響があるの? と言いそうになるのを、辛うじてのみこむ。
ハナの声にはトゲも毒も消えて、不安の成分だけがのこっていた。
でも消えた毒トゲは、私の返答や、ちょっとした態度や表情一つで、またすぐに生えてくるのだろう。
勝手に反撃するクセのあるやつは、相手からの反撃を恐れるものだ。
浮気性のやつが浮気を疑いやすいという心理状態に、少し似ている。
反撃される前の反撃も、浮気される前の浮気も、自信のなさのあらわれだ。
トゲが怖いから、相手より先にトゲを生やす。
安心すればトゲは引っ込むが、安心が揺らぐとすぐにまた生える。
私の頭に、《トゲアリトゲナシトゲトゲ》という虫の名前が思い浮かんだ。
どっちなんだオマエはと、ハナにも、その虫にも問いたい。
大丈夫だよという、私の言葉が口から出る前に、今度はミラが口を挟む。
「なんでハナはさぁ、トランを自分のものみたいに言うの?」
それは私ではなく、ハナに向けられた砲撃だった。
予想もしないタイミングで背中を撃たれ、ハナがビクリとミラのほうを見る。
そんなに意外な質問でもなかったとは思う。それはわかるが、でもミラてめぇ、せっかくまとまりかけた話をまぜっ返すのはやめろと、私もうんざりした顔をその砲口に向けてやった。
ハナがまた、怯えたような顔になっている。なんだよもうメンドクセェな。
ハナにとって、美人で、仲間内で一番の男たらしのミラがライバルになるのは、一番避けたかった事態なのだろう。
反撃に弱いハナが、予想外の方向からの不意打ちにあえなく砲身をへし折られ、言葉を失うと同時に、始業のチャイムが鳴った。
──つづく。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる