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第三十三話『眠れない夜の脱線話』

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 うちのバンド、あ、そうそう、まだバンド名をここに書いていなかったかも。
 バンドの名前は、『ネフィリム』という。
 名前の由来はこうだ。
 人間の娘に恋をした天使が地上におりてその娘と結婚し、子供をもうけた。
 だがその行為は神の怒りをかってしまい、同じことをした天使たちは皆、天界を追放された。
 追放された堕天使たちは、サタンのもとで悪魔の仲間となった。
 サタンは元々、天界で最も賢く美しい天使だったのだ。
 天使たちと人間の女との間の子供たちは巨人のように大きく育ち、ネフィリムと呼ばれた。
 たしか、聖典に描かれたそんな神話が元ネタだったと思う。
 私は、神様はいると思うが、信仰心があるかってーとべつにそーでもないので、よく知らない。
 この太古の巨人伝説は、サブの養父母が熱心なクリスチャンとのことで、そこで得た知識らしい。でも彼も私と同様、信仰心はあまりないと言っていた。
 ロックとは、悪魔が人間に与えたものだという伝説があるらしい。
 悪魔は神様と対等で、単純な善対悪の表裏くらいに思っている人も多いが、実は全くそんなことはない。
 宗教上の設定なので、信仰心がないものにはどーでもいい話だが、一応、神様と悪魔には力の差が設定されている。
 というか、差なんていう比較できるような違いではなく、悪魔は人間や動植物と同じく、ただの神様の被造物なので、関係性としては、たとえるなら漫画の作者と登場人物くらい次元が違う。
 神が創ろうと思えばそこに現れ、消えろと思えば消える。
 そう望むだけで死滅させられるというレベルの戦力差なのだ。
 なのに、それほどのリスクをおかして創造者に反抗し、弱く無知な人間に娯楽を与えた。
 神や熱心な信者たちはそれを『誘惑』と呼ぶが、バンドマンはそれを『祝福』と呼ぶべきだと、これはたしか、ノンが力説していた。
 一神教における悪魔とは聖典に登場する反抗者サタンだけでなく、古き多神教の神々も含まれる。
 中世で弾圧された魔女や異端者たちとは、主にそういった古い宗教の信者だったらしい。
 私は映画や小説のファンタジーの世界に憧れるので、多神教の物語に登場する、精霊や妖精たちは好きだ。
 ただ、ロックが悪魔の音楽だと言われてしまうと、なんだか、自分がやっていることが、おどろおどろしいものに感じてしまう。
 反抗者とは、常識、慣例、流行、法律などを安易に信じず、権力や多数派などに無思考で倣わない者のことだ。
 それがロックの姿勢であり、個性と多様性こそが教義なのだと、これもたしか、いつかのミーティングでノンが熱く語っていた。
 あいつは、頭がいいのかアホなのかよくわからない。
 でも、少なくともこのロック論に関しては、アホかと笑った。
 そもそも空想上の物語を、信仰だのなんだのと真剣に語るのがバカげている。
 べつに私は、どっちでもいい。
 人類がアダムとエバから始まろうと、猿から進化しようと、生活になんら影響はない。
 おっと。バンド名の話からだいぶ脱線してしまったけど、これは脳ミソが興奮で沸騰しているからだ。
 筆が進むままに任せていたら、いつまで経っても今日の一日は語り終わらない。
 えー、と、なんだ。
 なにから話すべきか、な、と。
 そう、リハだ。
 バンドマンたちは練習のことも、ライブ本番を想定したリハーサルという意味でリハと呼ぶみたいだけど、これは私が今日、まだ客の入っていないライブハウスで経験した、いわゆるリハーサルっぽいリハーサルのことだ。皆がイメージするそのまんまのやつ。
 まずは、これから話していこう。


 ──つづく。
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