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第四十一話『傲慢なへつらい』
しおりを挟むそれを聞いた私のなかでは、嬉しさよりも訝しさが勝っていた。
それは、その、えっと、あー、どういう意味だ? と。
素直な告白を受けて、凄いなと思った。
うん、それはわかる。
あれが素直な告白だったかどうかは置いておいて、私も異性から好きだと言われたら、真剣に考えると思う。
で、ライブを観て、好きになったと。
順序というか、感情の移ろいは、これであってるのかな?
告白される→驚く→考える→気になる→ライブを観る→好きになる。でOK?
筋は通っているように思えるが……、果たしてどうかな?
まず、「気になる」というのは、「好き」とは違う。
仮に好意が含まれていたとしても、別の感情だ。
もっと時系列をいじってみようか。
さっきのように並べるとたしかに、日毎に好きが増す純愛のように聞こえるが、たとえばこうしてみたらどうだろうか。
ライブの動画が話題になる→映像を観る→こいつはたしか、自分に告白してきた女じゃないかと思い出す→そういや個性的な告白だったなと感心する→気になる→周りの男の話題にのぼる→こいつが好きなのは自分だとほくそ笑む→好きになる。
これは少し、イジワルに考えすぎかもしれない。
でも私はライブの日、サブやノンから受けた忠告を思い出していた。
ライブをして、人前に立つということが、どういうことか。
サブはこう言った。
「ステージの上の演者はね、幻想なんだよ」と。
舞台には音楽や照明、バンドメンバーやパフォーマンス、盛り上がる観客など、観ている人が舞台の上の人を特別な存在だと錯覚する要素がたくさんある。
テレビにも同じ効果があると、ノンは言い加えた。
ライブを観て魔法にかかった人が、熱っぽく、恋だと錯覚した感情を伝えてくることもあるが、その魔法はすぐにきれてしまうから、舞台に立っている側が状況を客観し、気を付けてやらないとならない。
人は誰しも、多くの人が特別だと一瞬でも騒ぐと、その相手を独占したいという欲にかられてしまうものらしい。
だから目立つことをする人間には、人が寄って来やすい。
いろいろといいことを言われるだろう。
でも、全てを鵜呑みにせず、注意しなければならない。
相手は酔っているのだから、のせられて舞い上がれば痛い目をみる。
自分も、相手も傷付けることになる。
サブとノンは交互に、《幻想酔い》の注意点を語った。
なるほどこれがそうかと、かつて好きだった人からの好意を、私は自分でも驚くほど冷静に受け止められた。
今のトランは、彼を好きだった頃の私と同じなのだ。
目立つ人には見た目以外にも、他人からの評価というもう一枚の外皮がある。
それは高性能な着火剤だ。
恋の燃料として、人は本能的にその炎に身を委ねてしまう。
勘違いでもなんでも、最初のきっかけは小さな種火でいい。
そうだった。
私も、なぜトランを好きになったのか、きっかけも理由も思い出せない。
きっと、周りの評判が燃料になっていたからだろう。
彼の試合での活躍も、ライバルが多いことも燃料になった。
全部、トランの内面とはあまり関係のない、彼を包む外皮だ。
すごくわかる、わかるよトラン。
私は凪のように静かな心で、トランを見つめた。
縋るような瞳で、トランが見つめ返してくる。
腕をのばし、私を抱き締めようとする。
自然と、こちらへ歩み寄りながら。
彼の周りの女たちは、彼が好意を伝えれば喜んでその抱擁を受け入れてくれたのだろう。
でも私は、それを求めていない。
魔法にかかった憐れなガラス細工の王子様を、目覚めさせてあげなくては。
私が彼を見つめる感情のほとんどは、責任感と使命感だった。
──つづく。
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