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第四十三話『転調への波打ち際』
しおりを挟むできれば、あんな彼は見たくなかった。
憧れていたイメージのままに、もう少し大人っぽい対応をしてほしかった。
その望みは彼のハートとともに粉々に砕けて、私たちは最悪の別れかたをした。
失恋とは告白の一部で、告白というのは人生で最も大切な瞬間だと、私は信じている。
フラれて悔しいのも、恥ずかしいのも、悲しいのもわかる。
フラれたと思ったのは勘違いで、相手が撤回とともに笑ってくれるのを期待してしまうのも、痛いほどに理解できる。
でもさぁ、フラれかたって、告白と同じくらい大切な、最後の見せ場じゃないのかな。
みっともなく相手を罵って逃げ去るというのも、ある意味、潔い終わりかたなのかもしれない。
同性が見れば、もしかしたら、好感をもつこともあるだろう。
それでいいならしかたないけど、トランは本当に、あんな終わりかたでよかったのかな?
「かっこよかった。私は彼をフッたことを、いつか後悔しそうだ」
なんて風に思わせるのが、失恋した側の醍醐味じゃないの?
それが燃料になって、フラれた後も前を向いて生きていこうと、いや、違うな、そんな、すぐには立ち直れなかったとしても、少なくとも、フッた相手を見返してやる、いつか本当に後悔させてやるという生きる目標か、またはその源泉として、醜いドロドロした負の感情だったとしても、それを復活のエネルギーにできれば、いつかはマイナスがプラスに転じることもあるように思うのだけれど。
失恋をエネルギーに変えられるようなバイタリティは、あれほど厳しい運動部で鍛えられいても、養えないものなのかな。
それは、まあ、たぶん別なのだろうな。
自分は失恋したと愚痴をこぼすより、フラれた自分のカッコ悪さを笑い話にして不幸自慢でもするほうが美しい散りかただと思ってしまうのは、フッた側の勝手な押し付けなのだろうか?
なにが悲しいって、もし私がトランの告白をすんなり受け入れて付き合うことになっていたとしたら、あの情けない本性を後から見せられてショックを受け、これ以上ないってほどに幻滅していたのだろうなと考えると、その不幸な未来予想図がなによりも悲しい。
彼を好きになったことを後悔し、過去の自分を責めていたことだろう。
やはり私は、彼の外面しか見ていなかったのだ。
ううむ、どうしても、《告白された》という驚きのほうが強烈に心にのこるから反芻したくなってしまうけれど、この事件を思い出すと、どうしても悲しい気分で終わることになるな。
……よし、封印しよう。
不幸なのはトランであって、私じゃない。
彼のネガティブに引っ張られ、同調してやる必要はない。
八月五日(木)
なんか、クラスの様子がおかしいと感じるのは気のせいか?
いや、クラスだけじゃない。学校全体の空気が、どこかおかしい気がする。
こんな風に変だとうまく説明するのは難しいのだけど、んー、そう、たとえば、廊下などですれ違う顔見知りが、どこか、よそよそしいような気がするとか。
いやこれも、なんともわかりにくい、気のせいでもおかしくないたとえだな。
そんなに仲良くもない相手に、私とすれ違うときは愛想よくしろなんて、傲慢なことを言う気はないし。
なんというか、無愛想とも違う、すごく変な感じなのだ。
いつもなら会釈くらいはする名前も知らない顔見知りが、こっちが微笑みかける直前に目をそらすという違和感。
あれは、なんだ?
いや、気のせいといえば気のせいで済むような気もするんだけども。
なーんか、気持ち悪いなと。
違和感というのは自分の感性なので、変わったのは相手ではなく自分の感じかただったというオチになる可能性は、おおいにある。
おかしいと感じる私が、おかしいというやつだ。
ふむ、これで納得できそうで、できない。やはり、変な気持ち悪さがのこるな。
もう少したとえを並べてみようか、じゃあ、これはどうだ?
今までは私なんか屁とも思っていなくて、名前も知らなくて、バカにしたような態度をとることはあっても、石ころを意識しないのと同様に、直接的な嫌がらせをしてくることはなかった女王バチのグループが、私を見ると、あからさまな敵意を向けてくるのだが。
あれは、なんなのだろうか?
遠くにいる私を見つけると、ワザワザこっちへ来て、肩をぶつけてきたり、足を踏んできたりする。
いきなり後ろから尻を蹴られたときは、マジで驚いた。あまりのことに、なにが起きたのかもわからず、ぴょこんと背筋をのばしてキョロキョロしてしまった。
たぶんフェラウの取り巻きの誰かだと思われる、どこかで見たような後ろ姿が、人混みのほうへと逃げ去っていき、私は呆然とそれを見送った。
彼女たちは、たしかに普段から偉そうだし、マウントもとってくるけど、誰かと揉めるような不良グループではなく、権力者や人気者の庇護下で偉そうにしているだけの、実質的には無害な連中だったのに。
まるで私を標的にしているかのように、イジメまがいなことを仕掛けてくる。
あ、それと、ミラが私に冷たくなった。
これはもう、気のせいとかじゃなく、うちらとの付き合いをやめて、女王バチのグループとつるむようになったので、そういうことなのだと思う。
たしかに彼女は以前から、フェラウたちに憧れている節はあった。
でもどちらかといえば不器用で、友達を作るのは苦手なタイプだったのに、急に社交的になったのか、ここ数日、フェラウたちと仲良さそうに笑い合っている。
んんー、やはり変だ。
学校に行くたびに、まだ自分はベッドのなかで悪い夢でも見ているのかと思ってしまうくらい、時空が歪んだような気持ち悪さがある。
ケッカーは……、あいつは、まぁ、今までとそんなに変わらない。か? いや、あれはあれで、どことなく様子がおかしかったな。
喋りかけても、必要なイエス・ノーを答えるだけで、会話が続かない。
あいつはアホなので、もとからそんな感じだったか? とも思ったけど、いや、やっぱり変だと、話しかけるたびに違和感は覚えたように思う。
ハナに至っては、今週の頭から学校に来ていない。
月曜や火曜は、風邪かな? くらいに思っていたけど、メールに返信もないし、電話しても出ない。
一度、サブに車で送ってもらい、学校の帰りにハナの家まで行ってみたのだが、呼鈴を押しても反応がなかった。
それについてケッカーに意見を求めても、やっぱり曖昧に言葉を濁すばかりで、意見らしい意見を言おうとしない。
なんだ、ケッカーのやつは、私に話しかけられるのが迷惑なのか?
あいつは気が弱いから無視することもできず、でも話したくはないから、堂々と応対もできないと、私には彼女の様子がそう見えた。
なんか、私との会話を怖がっているような印象も受ける。
くそ、スッキリしない。
先週までバンドの仲間とばかりつるんでいたから、以前はこれが普通だったのに変に感じるのかな。
ギスギスしてるわけじゃないし、嫌なやつは嫌なやつだし、鈍臭いやつは鈍臭いやつのままだから、ここが変だと断言することもできないし、誰に相談することもできない。
むむー……。
──つづく。
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