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第五十一話『魔窟』
しおりを挟むミラなりのいいぶんにもミラへの意見にも含まれている、一方的な偏見。どれもこれも根拠のない、空っぽの理屈なのは、憤懣をなんとか言葉や形にして吐き出したり解消したいのに、それを誰もできていないからだ。
みんな、みんな、ミラもフェラウも結局、完璧ではない。
誰かを羨み、妬み、憧れる、持たざる者の一人なのだ。
「あんたの動画を観たのよ」
ミラが急に、滔々と語りだす。たどたどしさは不器用さが理由とは限らず、心がブレーキをかけている場合もある。堰が破れてしまえば、もう止まらない。
「羨ましかった。すごくキラキラしてて、なんだか悲しくなった。だからせめて、トランだけでも私のものしようと思ったのに」
それは最初、フェラウに向けられた言葉かと思った。
でも、「動画」というヒントで、私に向けられているのだとわかった。
悔しげな鼻息の音。
吐ききった息を、口からまた大きく吸い込む音。
たっぷりと、腹の底にたまる不満を吐き出すために、空気を送り込むミラ。
その待ち時間に、攻撃準備のような気配を覚え、私は戦慄する。
まさか……と、考えるが、その続きが心の奥で途絶える。
まさか、まさかなに? と自問する。
なにかを本能が察知して、やめろ言うなと心が喚いている。
ほんとうにわからない。(ほんとうに?)
ミラの怒りは、フェラウでなく私に向いている?(そりゃそうだろ)
ミラが泣き声とともに自分への怒りまでごっちゃにして、胸のうちを噴射する。
「なんであんた、トランまで手に入れてるのよ! あんたもう持ってるじゃん! バンドとか、彼氏とか、イロイロさ! なのにトランまで独り占めして、あんたのせいで、なんで私がフラれないといけないワケ? ふざけんなよマック!」
そういうことか。
私はようやく、すべてを理解した。
たぶんミラは、トランに告白したのだ。
そして、フラれた。
トランはミラの告白を断る理由として、正直な気持ちなのか、イイワケなのかはわからないが、私の名前を出した。
これだけミラが怒るということは、トランは私に「誘惑された」とでも言ったのだろうか?
たしかに、仕掛けたのは私だから、彼がそう言ったとしても嘘ではない。
嘘ではないが、誤解を与えるような言いかたを選んではいる。
私も人のことは言えない。私も卑怯でズルかったけど、もしトランがそう言ってミラをフッたのだとしたら、トランもズルくて卑怯だと思う。
無神経な男だと呆れかけて、いや、まてよと思い直す。もしかしたら彼をそんな風にしたのは、私ではないのか?
私が彼を動揺させ、傷付けたのは事実だ。
事実だが、でも、それをミラにぶつけなくてもいいんじゃないのか?
私には彼を責める資格なんかないかもしれないが、それにしたって最低だ。
自分を責める建前のような反省と、トランのせいにしたいという薄汚い本音が、行ったり来たりを繰り返す。
一つわかったのは、ミラは犯人だったとしても、被害者でもあるということ。
理不尽な理由で暴力を受け、理不尽な理由で希望を奪われていた。
捨鉢になって暴走するわけだと、私は初めて彼女に同情した。
「私はもう一度、ミニーに同じ取引きを持ちかけた。前はあんたのバンドのやつに邪魔されたみたいだけど、今度こそしっかりあんたを脅してくれと強めに頼んだ。そしたらそれがランボーの耳に入って。自分の部下が素人の女にたぶらかされて、いいようにつかわれたと知ったランボーは激怒した。ミニーはケジメとして、組のルールで、十人がかりでメチャクチャにリンチされてた」
「え?」
そこまで聴いて、私とハナが同時に驚きの声をあげた。
私がすぐに、代表して確認をする。
「ちょっと待ってミラ、じゃあこれは、あんたがやらせたことじゃないの?」
自分の発言の意味に気付いて、しまったと思ったのか、またミラは少し黙った。
「うん」と、少しして、消え入るような声で答える。
私とハナがどう反応すればいいのかわからなくなっていると、ミラは申し訳なさそうに続けた。
「今日はここで、地元の組織が主催する、大きなイベントが開かれるんだって」
ここって、どこなんだろう? と、呑気な疑問が浮かぶ。
コンビナート地区のどこかだろうと考えて、そのずっと奥にある場所といえばと思い至り、途端に背筋が粟立つ。
一般人はまず行かない、魔窟と噂される恐ろしい場所。
そこで、今日……、「イベント?」と、私が声に出す。
女たちが不安を口にし、ざわめく。
フェラウまでが怯えたような声を出している。ミラが鼻を啜って続ける。
「うん、舞台の上で人間と動物を戦わせたり、さらってきた女たちに動物や大勢のホームレスたちとセックスさせたりして、それを観ながら酒や麻薬で大騒ぎする、懇親会みたいなものだって。ショーで客を喜ばせられない、つかえない女たちは、すぐ海外に売り飛ばすって、ランボーが言ってた」
なんだそれは。
私もさすがにクラクラと、貧血のようになった。
ということは、ここにいる女たちは、残酷ショーの見世物か、人身売買のためにさらわれたというのか?
ミラが怯えた声で、申し訳なさそうに、さらに続ける。
「性奴隷として買い手がつかなければ、娯楽殺人動画を撮影しながら切り刻んで、裏動画屋に流通させた後、摘出した臓器は海外の闇ルートで売るって」
場の全員が、小さく悲鳴をあげた。
もうこれ以上、誰も質問しようとする者はいなかった。
自分たちを待つ運命の残酷さが想像をはるかに超えていたので、訊かないことで現実逃避しようとしていた。
だが運命とは勝手に、向こうからやってくるものだ。
鉄扉の開けられる重い音がして、「おら早く女どもを全員、連れ出せ」という、誰かに命令する男の声が聴こえた。
──つづく。
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