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第五十二話『始末屋』

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 これは、私は見ていないことなので、後から聞いた話だ。
 サブはその日、メールをしてもいつまでも返信がないので、私に電話をした。
 出ない。何度かけなおしても、いつまで経っても出ない。
 私のスマホに着信履歴はなかったから、もしかしたらあの辺りは、圏外だったのかもしれない。そんなことにも気付かなかったのは、私も緊張していて、冷静じゃなかったということか。
 サブの心は、徐々に悪い予感へと傾いていった。
 最初は、忙しいのかなとか、そんなに深く考えなかったようだが、それにしても急に、ここまで連絡がつかなくなるのは変じゃないかと心配になり、自分がなにかしたかとか、いや気のせいだとか、いろいろと悩んだ末に、メンバーに相談した。
 ノンがすぐに、「なんだよそれ?」と反応した。
 くだらない悩みを、いちいち連絡してくるんじゃねぇと怒ったのかと思ったら、そうじゃなかった。
「それ、ちょっとなんか、におうな。調べてみる」
 ノンが心配するってことは、やはり変なのかと、サブの不安も強くなった。
「じゃあぼくは、マッキーの家にいってみる」
 サブが一斉送信するとノビとケイからも、「了解、こっちも友人関係から調べてみるよ」と返信がきた。
 サブだけでなく他の皆も、あのガレージで起きた不可解な暴力事件から、不穏ななにかを感じていたようだ。
 彼らもあのギャングたちの標的が、もしかしたら私だったのではないかと薄々、案じていたらしい。
 なにもなければ気のせいで済んだが、ライブからそんなに日がたたないうちに、私と急に連絡がとれなくなり、思い当たる理由もないとなると、一応調べておいたほうがいいかもしれないと、勘が働いたのだそうだ。
 サブはすぐに動こうとしたが、ノンがとめた。
 時間をおいてもう少し連絡してみて、私の両親に心配の理由が納得してもらえる頃合をみてから、伝えたほうがいいと考えたらしい。
 他のメンバーたちにも調べる時間が必要だし、とにかく焦って行動するなよと。
 サブは言われたとおりに待ったが、冷静ではいられなかった。
 自室をうろうろと歩き回り、ずっと時計を見て過ごした。
 自分だけでなく、すぐ他の皆も妙だと思ったことが、彼の不安感を増大させた。
 午後四時ならじゅうぶんだろうと、三時半くらいからは足踏みをするようにして待ち、ロケットの発射みたいに十秒前からカウントダウンをして、四時ちょうどに部屋を飛び出した。
 いつものボロいバンを飛ばしてテレクサ家うちへと急ぎ、敷地の直前で急ブレーキをかけた。
 転がるように車をおりて玄関へと走り、呼鈴、ノック、呼鈴、ノックと大慌てで繰り返す。
 無礼で乱暴で無遠慮な、およそサブらしからぬその行動に、玄関を開けた両親は驚いた。
「誰だ?」と、怪訝な顔で玄関まで出た両親は、サブの慌てた様子にただごとではないとすぐに察した。
 居間へと通されたサブは、出されたコーヒーにも手をつけずに、身振り手振りを交えた早口で、でもできる限り丁寧に順を追って、それまでの経緯と、自分たちが心配する理由を説明した。
 サブの話を聞き終えたパパは、「ふぅむ」とため息を一つついてから、ソファの背もたれに身を沈ませて落ち着いた。
「よそ者のギャング、EDS団か」と、なにかを考えるような顔つきになる。
 ママは不安そうな様子もなく、パパの肩にそっと手を置いて、任せたという風に立ち上がると、お菓子を取りに居間から出ていった。
 キッチンのほうからは、鼻歌が聴こえてきたらしい。
 二人があまりに落ち着いているので、伝わらなかったのかとサブは心配した。
 ママは呑気というよりも、パパがいると安心しきってしまうのだ。
 キッチンへと向かう背中で、ママはサブにもそう言った。
「パパに任せておけば大丈夫よ」と。
 私にはそのときの光景が、ありありと目に浮かぶ。
 まあ、そんな感じだろうなと思う。
 ライオンの父と母は、我が子の危機を案じたりはしない。
 サブはそんなうちの家風を知らないので、首を傾げた。
 私が行方不明かもしれないのだから、警察に相談すべきではないのかと、パパを説得した。
「もちろん通報はするさ、でも警察には警察の、仕事のやりかたがあるからね」
 パパの言った意味を理解できず、「どういうことです?」とサブが眉を寄せる。
 パパが微笑む。
「私たちのすべきことはね、警察が仕事をするまでの間、手遅れにならないようにすることだよ」
 警察に任せていたら、間に合わないということだろうか。
 サブはそう考えたが、パパの態度や口調があまりに鷹揚で、腰かけたソファから動こうともしないので、疑問と不安で悲しくなった。
 なにをするにしても今すぐに、急いで行動すべきじゃないのかと。
 キッチンからは変わらず、ママの鼻歌が聴こえてくる。
 いや、おかしい、やはり変だと、サブはもう一度、説得を試みた。
「でも」と、泣きそうな声で訴える。
 このままだと、私の両親を置いて、一人で捜しにいってしまいそうだった。
 パパは穏やかな態度のままで、サブの肩に大きな掌を置き、彼を抱き寄せた。
「ビーは、マックを愛してくれているんだね。ありがとう。大丈夫、落ち着いて」
 サブのなかのパンパンに張った空気が、パパの温かさでスーッと抜けていく。
 パパに抱きしめられたサブは、くりくりとした黒い瞳から大粒の涙をポロポロとこぼした。
 パパはサブから身体を離すと、優しく彼の頭を撫で、スマホを取り出した。
 どこかへ、何件か電話をかけている。
 相手に繫がるたびに、「ああ、久しぶりだね」とパパは笑い、朗らかに世間話をした。
 サブはきょとんとしてそれを眺めていたが、パパの言葉の端々に「始末屋グレイブディガー」という、謎の名称が挟まっているのが気になったという。


 ──つづく。
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