黒き死神が笑う日

神通百力

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齧歯類戦隊ラットレンジャー

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 天野賢一郎あまのけんいちろうは悪役の衣装を膝に置いてテントで待機していた。
 本日はデパートでヒーローショーを行なう予定だ。
 ヒーローの名は齧歯類戦隊ラットレンジャー。ネズミをモチーフにしたヒーローだが、視聴率が低くあまり人気がない。
 原因として挙げられるのは二つ。一つは敵が逃げ惑う人々を殺戮している点だ。敵は共通の武器の鎌を持っている。それを用いて人々の首や胴体を切断したり、輪切りにしたりする。
 もう一つはヒーローが人々を助けようとしない点だ。人々が敵に殺されそうになっても助けずに見捨てる。このヒーローの目的は人々を守ることじゃなく敵を倒すことなのだ。

 ☆☆
 
 テントに誰か入ってきた。佐藤優一さとうゆういちである。
「こんにちは天野くん。今日もよろしく頼むよ」
「こんにちは佐藤さん。こちらこそよろしくお願いします」
 天野は立ち上がり、あいさつする。佐藤は椅子に座って、手に持っていたコーヒーを飲んだ。
 佐藤はラットレッド役のバイトだ。
「ひゃあ」
 天野は突然頬に冷たさを感じ、悲鳴を上げた。
「女でも出さない悲鳴上げちゃってさ。それでも男なの賢ちゃん?」
 くすくすと笑っているのはラットホワイト役のバイト、高橋裕香たかはしゆうか
「男ですよ。それと高橋さん。急に冷たいものを当てられたらああなりますよ」
 天野は高橋から缶コーヒーを受け取りながら言った。
「なるかな? まあいいけどさ」
 高橋は天野の隣に座った。天野は缶コーヒーを飲む。
「みなさんこんにちはっす」
 軽く会釈しながら、ラットイエロー役のバイト、後藤南ごとうみなみが入ってくる。
 後藤は椅子に座って、鞄からお菓子を取り出し食べ始めた。
「こんにちは」
「よろしく」
 立花健太たちばなけんた藤原浩次ふじわらこうじが入ってきた。立花はラットブルー役のバイト、藤原はラットブラック役のバイトだ。
 そろそろヒーローショーが始まる時間だ。天野たちは着替え始めた。

 ☆☆

「みんなこんにちは」
 司会役の野東南深のひがしなんみが子供たちに向かって話しかける。
『こんにちは』
 子供たちは答えた。
「齧歯類戦隊ラットレンジャーがここに来てくれてるよ。よかったね、みんな!」
『……うん』
 子供たちは間をおいて頷く。
「ガキが三人か。この鎌で殺してやろう」
 悪役に扮した天野がステージに登場した。
「こ、こいつはレバン大帝」
 野東は白々しいリアクションで驚く。
「レバン大帝、今日こそやっつけてやる」
 齧歯類戦隊ラットレンジャーがステージに登場した。
「私からやる」
 ラットイエローに扮する後藤がレバン大帝と対峙する。五人同時にではなく一人ずつ戦うのが齧歯類戦隊ラットレンジャーだ。
 制作者が敵一人に対し五人同時に挑むのは卑怯だと考え、一人ずつ戦うやり方にしたのだ。そのため敵は一人でも勝てるくらいの強さに設定している。五人全員の出番を設けるためローテンション方式を取っている。
 天野は鎌を振り回した。後藤は避けて回し蹴りを放った。天野の横腹に命中する。天野は後藤の足を掴んで放り投げた。
 後藤は藤原にぶつかった。後藤は藤原にタッチ交代した。
「次は俺だ」
 藤原は天野に連続蹴りを放った。天野はふらついた。
『負けるな! レバン大帝がんばれ! 齧歯類戦隊ラットレンジャーなんてやっつけっちまえ!』
 子供たちはレバン大帝を応援した。齧歯類戦隊ラットレンジャーは一応ヒーローなのにまったく人気がない。敵の方が圧倒的に人気がある。
 天野は鎌の底で藤原を連続で突いた。藤原は両手を交差し、防御する。
『いいぞ、レバン大帝!』
 藤原は押されて立花にタッチ交代した。
 立花は走ると、天野の首にラリアットを喰らわせた。天野は後ろに倒れてステージに背中をぶつけた。天野は足を上げると、勢いよく降ろし、起き上がる。
 立花は高橋にタッチ交代した。
 高橋は天野に飛び蹴りを喰らわせる。続けて回し蹴りを放つ。それを天野は鎌で受け止め弾き飛ばす。
 高橋は佐藤にタッチ交代する。
 天野は鎌を振り回す。佐藤は避けて鎌を奪い取る。天野は後退した。
『待ってて今助けるから』
 子供たちはステージに上がりこみ、齧歯類戦隊ラットレンジャーに攻撃する。脛を蹴り続けた。
『っつ!』
 齧歯類戦隊ラットレンジャーはあまりの痛さにしゃがみこんだ。
「…………」
 天野は無言で近づき、子供たちを止めた。
『何で止めるの!』
 子供たちは天野に抗議する。
「ガキに救われるようじゃ悪の名が廃るってもんよ。邪魔すんな。相手が強い方がやりがいあるからな」
『かっこいい! 齧歯類戦隊ラットレンジャーはかっこ悪いけど』
 嫌われすぎである。
 齧歯類戦隊ラットレンジャーはよろよろと立ち上がる。
「覚えてろよ! レバン大帝!」
 齧歯類戦隊ラットレンジャーは捨て台詞を吐くと、足を引きずりながらもステージから退場した。
『やった! レバン大帝の勝ちだ!』
 子供たちは喜ぶ。

 ☆☆

「予定とは違う結果になったわね。まあ、子供たちが喜んでいたからいいけどさ」
 高橋は足を冷やしていた。
「よくないっす。負わなくてもいい怪我をしたんっすよ」
 後藤は不機嫌な表情だ。
「もうヒーローショーやりたくないっす」
「そう言わないで。あの子たち悲しむよ。それでもいいの?」
 佐藤は後藤の背中を撫でた。
「……ずるいっすよ。悲しんでる表情より喜んでる表情が見たいに決まってるじゃないっすか」
「後藤くん。あの子たちの笑顔のためにもヒーローショーをやり続けよう。たとえ怪我を負おうともね」
「はいっす」
 後藤は笑顔を見せる。
「一週間後にも別のデパートでヒーローショーがあるな」
 藤原はみんなを見回し、立ち上がる。天野たちも立ち上がる。
 中央に集まって手を重ねた。
「あの子たちのためにも次のヒーローショー頑張るぞ」
 佐藤はみんなを見回した。
『おう!』
 みんなの心が一つになった。
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