黒き死神が笑う日

神通百力

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悪い子

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 私はうつ伏せの状態で全身黒ずくめの男にズルズルと引きずられていた。男は黒いコートに、黒いズボンという格好だ。それに加え、黒いハット帽を被り、黒い手袋もはめていた。
 男は私の両足を掴んで住宅街を歩いている。私の両腕は道路に擦れて血まみれになっていた。皮膚も破けてしまっている。
 この一帯は庭付きの一戸建てが密集し、庭で遊んでいる親子の姿も見受けられるが、誰も私たちに目もくれない。助けてもらおうと叫び続けているが、誰も助けてくれない。一瞥さえしない。まるで私たちのことが見えていない・・・・・・かのように・・・・・
 この男が騒ぎにならないように何かしているのかもしれない。そうでもなければ、誰か一人くらいは助けに来たっていいはずだ。男が女の子を引きずっている光景なんて、誰が見ても異様に映るだろう。
 誰も来ないところを見ると私たちのことは見えていないと考えていいだろう。
 物思いに耽っていると突然、右腕に痛みを感じた。右腕を見てみると、小石がめり込んでいた。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう。なんで私がこんな目に遭わないといけないのだろうか? 
 私が純太を・・・・・殺してしまった・・・・・・・からか? でも、あれは純太が……いや、そもそもの発端は私だ。
 私は数十分前のことを思い出す。

 ☆☆

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、純太……」
 私は玄関先で突っ立っていた。目の前の廊下には純太の遺体が転がっている。
 私は自分の右手を見た。猫の置物を握っている。猫の置物には血液が付着していた。
「じゅ、純太が悪いんだ。いきなり襲ってくるから」
 学校から帰宅した途端、純太が襲い掛かってきた。私は純太を引き剥がそうと必死だった。何とか状況を打開しようと周りを見渡し、靴箱の上に無造作に置いてあった猫の置物が目につき、それで純太の頭部を思いっきり殴ってしまった。
 我に返った時にはもう手遅れだった。純太は息絶えていた。
 すぐに救急車を呼んでいれば助かったかもしれないが、突然の事態で私はすぐに対応することができなかった。
 私は弟を殺してしまった。弟と言っても血縁関係があるわけではない。親同士の再婚だ。母の連れ子が私で、父の連れ子が純太だ。親が再婚し、私たちは姉弟となった。
 純太が私に恋慕を抱いていることには気づいていた。私たちは姉弟なんだと純太に言い聞かせ、その気持ちに応えることはしなかった。
 純太が襲ってきたのは自分の気持ちに応えてくれない私に腹を立てたからだろうか? それとも無理矢理関係を持つことで、私を自分のものにしようとしたのだろうか? どちらにしても、私が純太の気持ちに応えなかったことが原因で起きたことは確かだ。
「警察に行く気はないのかい? だったら君は“悪い子”だ」
 突然の声に私は反射的に振り返った。そこには全身黒ずくめの男がいた。
「……お前はいったい誰だ?」
 私は警戒しながらも、男に問いかけた。
「僕は“悪い子”に罰を与える者だよ。君は弟を殺した。つまり“悪い子”だ。罰を与えないとね」
 男は手を伸ばしてきて、私を押し倒した。私は純太の上に乗っかってしまう。
 私は男の手から逃れようと体を捩じってうつ伏せの体勢になり、床を這って進もうとするも、足を掴まれてしまう。暴れまくって、男の手を振りほどこうとする。しかし、まったくビクともしない。振りほどける気配がまるでしない。
 抵抗空しく、私は男にズルズルと引きずられていく。

 ☆☆

 そして現在に至る。
 私の体感的には三十分以上は引きずられているのではないだろうか? いつまで引きずられるのだろう? いつになったら解放されるのだろうか?
「君の疑問を解消してあげよう」
 男は突然そう言った。
「君はいつになったら解放されるのだろうと思っているんじゃないのかい?」
「……うん」
 私は男を見ないまま、返事をした。
「君は解放されることはないよ。永遠に引きずられる。死んだ後も引きずられる。君はずっとこのままだ」
 そんな永遠に引きずられるなんて。死んだ後も引きずられるなんて嫌だ。
 でも、私にはどうすることもできない。この男に引きずられる人生を歩むしかないのだ。
 純太を殺害した私への罰なのだろうか? きっとそうなのだろう。
 
 何せ私は――“悪い子”なのだから。
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