黒き死神が笑う日

神通百力

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死骸局番

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 私は会社に風邪を引いてしんどいから休むと連絡を入れた。本当は風邪なんて引いていないが、今の私は会社どころではなかった。すぐにでも確かめなければいけないことがある。
 私は服を着替え、出かける準備をした。早く『死骸局番しがいきょくばん』に向かわなければならない。『死骸局番』とは遺体を収容する施設のことだ。
 今から十年ほど前に火葬は廃止され、遺体は『死骸局番』と呼ばれる施設に保管されるようになったのだ。『死骸局番』は日本各地に点在し、遺体は専用のロッカーに収容される。
 各遺体にはそれぞれ番号がついている。その番号を『死骸局番』の建物内に置かれている専用の電話でかけると、死者に繋がる。五分間だけ死者と会話ができる。それが『死骸局番』の提供するサービスだった。
 私は家を出ると、自転車に跨って『死骸局番』に向かい、近くの駐輪場に停めた。自転車を降りると、向かいの真っ白な建物に向かって歩いた。その建物が『死骸局番』だった。
 鉄製の扉を開けて中に入ると、受付の女性に目的の死者の名前を告げた。
「……四階の一番奥の部屋になります。久野海奈ひさのかいな様は十三番のロッカーに収容されています」
 受付の女性から鍵を受け取ると、私は階段を駆け上がって四階に到着した。廊下を進んで奥の部屋を目指す。部屋に入り、十三番のロッカーを探した。鍵をロッカーに差し込んで回す。深呼吸すると、ロッカーを一気に開けた。
 ロッカーの中にはショートカットの女性の遺体が入っていた。久野海奈は私の姉だった。遺体には数桁の番号が刻印されている。死者の電話番号だった。
 数桁の番号をメモると、廊下に出た。廊下には専用の電話が鎮座している。受話器を取り、先ほどメモした数桁の番号を入力する。
『……もしもし?』
 数回の呼び出し音の後、姉の声が聞こえた。
「お姉ちゃん、私だよ」
愛花あいかね。どうしたの?』
「うん、あのね」
 私が姉に聞きたいことはたった一つだけだった。それは私にとって何よりも重要なことだ。
「警察に聞いたんだけど事故に遭ったんだってね」
 姉は三日前の昼に車に轢かれて亡くなった。彼氏とデートするために、待ち合わせ場所に向かった直後のことだった。
『ううん、あれは事故じゃない。私は背中を押されたんだよ』
「え? だ、誰に?」
『えっと、それは分からない。突然のことだったから』
 私は姉の言葉にホッとした。良かった。気付かれていない。今のところ警察は事故と考えているようだけど、いつだと気付かれるか分からない。殺人だと分かれば、警察はすぐに姉に犯人を見てないかと聞きに来るだろう。
 そうなる前に姉に確認しておきたかった。私が背中を押して殺したことに気付いているかどうかを。姉に気付かれてなくて本当に良かった。もし警察が聞きに来ても、すぐに犯人は判明しない。
 私が姉を殺した動機は彼氏に惚れていたから。姉に初めて彼氏を紹介された時、私は一目惚れした。自分のものにしたいという思いが芽生えた。だから姉を殺した。最愛の人を失った彼氏を慰めて私のものにする計画だ。
「それじゃ、警察に事故じゃないって伝えておくね」
『うん、お願いね』
 姉はそう言うと、電話を切った。
 私は心から安堵し、『死骸局番』を後にした。

 ☆☆

 久野海奈は電話を切ると、安堵した。愛花との電話中、海奈は心臓が縮こまる思いだった。もうすでに死んでいるけれど、心臓が縮こまるような感覚だったのだ。
 海奈は愛花が自分の背中を押したことに気付いていた。あの時、自分のファッションを早く彼氏に見てもらいたくて携帯でカメラを撮ろうとして背後に愛花がいることに気付いたのだ。
 きっと愛花は自分が犯人に気付いているかどうかを確認したかったのだろう。愛花を安堵させるために、海奈は押されたことだけ伝えて犯人は分からなかったと嘘をついた。この嘘によって愛花はもし警察が聞きに来てもすぐには犯人は判明しないと考えるはずだ。
 どのくらい先になるかは分からないが、警察が聞きに来たら愛花が犯人だと伝えようと海奈は決意した。

 ☆☆

 数日後、愛花は海奈の証言によって警察に逮捕された。
 
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