黒き死神が笑う日

神通百力

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死亡動機

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 私は緊張しながら、自分の番が来るのを待っていた。顔を上げて辺りを見回すと、小学生くらいの男子や中年の女性など数人の老若男女が廊下に並べられたパイプ椅子に座っていた。
 私は視線を下に向けると、緊張をほぐすために深呼吸した。今日は大事な取引があったが、部下に頼んで代わってもらった。それよりも大事な用事が私にはあった。それはある悩みを抱えた者たちを対象とした面接だった。その面接を受けるために私はパイプ椅子に座って自分の番が来るのを待っているのだ。
 忙しなく辺りを見回していると、ようやく私の番が来た。パイプ椅子から立ち上がると、私は面接室の中に入った。面接官に促されるままに私はパイプ椅子に座った。面接官は四人だった。
「あなたが我が社の面接を受けようと思った死亡動機はなんですか?」
「はい。私は営業部で働いているのですが、部下がしょっちゅうミスを犯し、取引先や上司から叱られることが多いのです。上司からはお前の監督不行き届きに問題があるんだと叱られる始末です」
 私の話を四人の面接官は微笑みを浮かべて黙ったまま聞いていた。
「部下のミスが原因で私はみんなからできない奴だと思われ、肩身の狭い思いをしています。真面目に頑張っているのに、会社から役立たずのレッテルを貼られているのです」
 私は面接官に語っている間、会社での日々を思い起こし、悔しくなった。悪いのはミスをした部下であって私は何もしていないのに、どうしてこんな惨めな思いをしなければならないのだろうか?
「それに妻には『あんたの少ない給料じゃ、満足に買い物もできない』と責められ、子供たちにも『金持ちの家に生まれたかった』と文句を言われます。会社にも家にも居場所がありません。それだけならまだ良かったのですが、妻は子供たちを連れて不倫相手の家に転がり込んだのです」
 私はそこで一旦言葉を切ると、思いっきり深呼吸した。家には妻も子供もおらず、一人暮らしの状態だった。
「風の便りによると、子供たちは妻の不倫相手をお父さんと呼んで慕っているそうです。妻からも子供たちからも見放された私には生きる価値もありません。どこにも居場所がないのに、生きていたって楽しくありません。なので私は死にたいと思い、ここの面接を受けに来たんです」
 私は死亡動機――すなわち死にたい理由を語り終えた。この会社の面接は死にたい者たちが対象なのだ。死にたいが、怖くて実行に移せない。そういう人たちのための面接だった。
 合格通知を受けた者はこの会社の協力を得てやっと死ねるのだ。もちろん政府の公認を得ている。悩む人たちに安心して眠ってほしいという思いで、この会社は設立された。
「なるほど、あなたの死亡動機はよく分かりました。数日後に合否の通知を送らせていただきますので」
 私は面接を終え、ホッと息をついた。数日後の結果が待ち遠しかった。
「ありがとうございました」
 私はパイプ椅子から立ち上がると、面接官にお礼を言い、面接室を出た。

 ☆☆

 数日後、郵便受けを確認すると、A4サイズの封筒が入っていた。封筒を取り出し、中を見てみると、一枚の書類が折り畳んだ状態で入れられていた。
 書類には『あなたは合格しました』と記載され、明日の正午に会社に来るようにとあった。面接に合格したことに安堵し、私は清々しい気分になった。
 最後の晩餐に私は高級レストランを選んだ。明日には死ぬのだから金を持っていても仕方がないし、盛大に使うことにしたのだ。銀行で全財産を引き下ろし、高級レストランで食べまくって金はなくなった。
 そして翌日、私は数日前に面接を受けた会社に向かった。案内された部屋に入ると、私の他に数人の男女と四人の面接官がいた。
「合格おめでとうございます。私たちがあなた方の死を手伝わせていただきます」
 面接官の一人はそう言うと、私たちにパイプ椅子に座るように促した。
 私たちが椅子に座ったのを確認すると、面接官たちは懐からカプセルを取り出した。
「このカプセルは我が社が独自に開発した致死性の高い薬です。ですが、痛みを伴うことなくラクに死ねますのでご安心ください」
 面接官たちは一人一人にカプセルを渡していき、私も受け取った。
「それではカプセルを飲んでください。私たちが見守っていますので怖がらなくていいですよ」
 面接官はそう言うと、満面の笑みを浮かべた。その笑顔に後押しされるかのように、私たちはカプセルを口に含んで水で押し流した。
 これでやっと死ねるのだと思うと、自然と笑みがこぼれ、私の意識は奥底に沈んだ。
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