鵺の泪[アキハル妖怪シリーズ①]

神﨑なおはる

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第45話『周章狼狽②-シュウショウロウバイ-』

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 図書館を出て西澤顕人にしざわあきと滝田晴臣たきたはるおみはゴミ集積場へ急ぐ。
 もう随分夜も更けてきたためか、図書館からのゴミ集積場までの道で、『オープンキャンパス』の準備をしていた学生とはすれ違わなかった。恐らく準備は明日もできるから今日はもう撤収しているのだろう。
 いたのは白い体毛の大きなサモエドだけだった。
 コバルト総督だ。
 コバルト総督は顕人達が近づいて来ると、顔をそちらへ向けて思い切り尻尾を振り始める。まるで顕人達が来るのを待っていたようにも見える。

「おー、コバルト総督!」
 晴臣はコバルト提督に駆け寄るとしゃがみこんでわしゃわしゃと頭を撫でる。相当撫で方が上手いのか、コバルト総督は目を細めてされるがまま撫でられている。
「ずっと此処にいたのか?」
 顕人はコバルト総督を見ながら不思議そうに呟く。まるでその言葉の意味がわかったのか、コバルト総督は顕人を見上げて小さく「わん」と鳴く。愛嬌のある犬だ。顕人は不覚にもコバルト総督を撫でたい衝動に襲われるが、ぐっと堪えて晴臣の背中を叩く。

「いくぞ、ハル」
「了解」
 顕人に急かされ晴臣はコバルト総督から手を離して立ち上がり、ゴミ集積場の方へ足を向ける。てっきりコバルト総督もついてくるのかと思ったが、コバルト総督はカメラの映像で見ていた時同様その場を動かない。
 顕人は怪訝そうにコバルト総督を見るが、すぐに視線を前へと戻してゴミ集積場へ向かった。

 ゴミ集積場は倉庫のような建物で、ゴミ収集車が中に入ってゴミを回収しやすいようにシャッターがついているが今は閉まっている。
 中の照明は既に落とされていたが、入口の電気は幸い点いたままだった。恐らく中は真っ暗だろう。幸い照明のスイッチの位置は予め古橋から教えてもらっているので、すぐに見つけることができるだろう、多分。
 顕人は不安になりつつも函南に教えられた『秘密兵器』を探して入口近くを探す。
『秘密兵器』はすぐに見つかる。
 ゴミ集積場に入るため入口の横に、鉄製の棚が置かれておりその下段に並んでいた。
 高圧洗浄機だ。
 学生自治会『サモエド管理中隊』はゴミ集積場の掃除も定期的に請け負っているのを顕人も知っていた。以前ゴミ集積場へゴミを運んできた時に、掃除中の『サモエド管理中隊』と鉢合わせしてしまい、危うく水を引っ掛けられかけたことがある。
 業務用の超高圧ではないものの、凄い威力だった。
 これを鹿嶋美須々に向けるのはどうかと思うが、それでも警棒を向けるよりも良い。水圧は調節できるし、怯ませることができるだろうし、怪我もさせない。
 顕人は高圧洗浄機を一つ棚から下ろすと、給水ホースをすぐそばに設けられている水道へと繋いで水道を開く。
 準備完了だ。
 顕人は高圧洗浄機を片手に振り返ると、晴臣は棚の横に立てられていたデッキブラシを手にしていた。晴臣はどうやらそれで対応するらしい。
 勿論彼女が何も持っていない可能性もある。それならこれらは不要の長物になるが、念のため、持っていくこととした。

「ハル、入ったらまずやることは電気をつける。そして美須々さんを見つける」
「了解」
「それで見つけたら警察への自首を勧める。これ以上続けてもこんなこと、室江先輩も喜ぶはずがない」
「そうだね」
「で、もし、武器を所持してこっちに向かってくるようなら対抗する」
「うん!」
 力強く頷く晴臣に、顕人も自分に言い聞かせるように頷く。
 だけどその瞬間、晴臣は突然笑い出す。
 その笑いに、張り詰めていた空気が緩むが、一応顕人は「どうした」と晴臣に問う。
 晴臣は笑いながら、自分のデッキブラシと顕人の高圧洗浄機を指差して「いや、これがね」と呟く。

「アキは『平家物語』の鵺の話って読んだっけ?」
「いや?」
「僕は少し読んだんだけど、鵺退治をしたのが源頼政みなもとのよりまさ猪早太いのはやたって人達で、源頼政が弓で猪早太が刀で鵺に立ち向かったんだ。で、アキの洗浄機が弓で、僕のブラシが刀みたいじゃない? 宮センセーも美須々さんが鵺みたいだって言ってたし、これはもう現代の鵺退治みたいだなって思ってさ。アキが源頼政で、僕が猪早太」
 そう言って笑う晴臣に、顕人はああそういうことかと納得してしまう。
 確かに高圧洗浄機は遠くのものを狙って水を当てられることを思えば弓に似ていると言えなくもないが……。
 そう思いつつも、顕人はすぐに首を横に振った。
「現代の鵺退治って……高圧洗浄機とブラシじゃあ格好付かないだろ」
「そう?」
 晴臣はそう言いながら、デッキブラシを回して構える。その様子はまるでアクション映画のワンシーンのようだ。こいつだけならまだ見れるが、顕人は少し重い高圧洗浄機を持つ自分の姿を客観的に想像してやっぱり格好が付かないと肩をすくめる。どう見てもこれから掃除する作業員じゃないかと。

「そうだ。それに俺達は源頼政でも猪早太でもないし、中にいるのは鵺でもない」
 そうだろ?
 顕人が晴臣に問うと、晴臣は「確かに」と笑う。
「じゃあもう行く? 僕お腹空いてきたし、晩ご飯何食べるか考えててよ」
「えっ、何、自分の家で食べるんじゃないのか」
「ここまで来たら何か食べて帰らない? 今日結構動いたしアキもお腹空いてるでしょ?」
 言われてみれば。顕人は空いている手で自分の腹を摩る。
 確かに昼から何も食べてない。先程宮准教授の部屋にいた時、小金井がお菓子やジュースを買ってきてくれたが飲み物だけでお菓子には手を付けなかった。そういう気分じゃなかったというのが強かったから。
「餃子食べたいね……中華なんてどう?」
「この辺にあったか中華なんて」
「僕の下宿の近くにあるよ」
「途中下車が面倒」
「えー、今日もウチ泊まればいいのに」
「昨日今日で疲れたから家で寝たい」
 顕人は辟易しながら呟くと高圧洗浄機を持ち直して、ゴミ集積場の入口へと向かう。晴臣はその後を追いかけながら「絶対中華だから」とぼやく。
 そんなぼやきを聞きながら、顕人は、まあすんなり終われば中華もありか、と思いつつもただ肩を竦めてゴミ集積場に踏み行った。
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