胎動

神﨑なおはる

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28:永延隼人はかく語りき

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 女と楽しく遊ぶのは好きだ。
 隣りで酒を飲みながら頭の悪い会話をする時間も嫌いじゃないが、その後にホテルへ行くのを楽しい。
 笑っている女と後腐れなく遊ぶのは良い。ホテルを出た瞬間終わる関係が俗物的で笑いを誘う。

 だけど俺に呼ばれる度、陰鬱な表情になっていくのを見るのも最高に愉快で良い。
 泥沼にハマって逃げることもできず、大して藻掻くこともできずそのまま沈んでいく姿がどれだけ無様か見ている瞬間は尊い。
 更に良いのは妊婦だ。
 パートナーでもない男と寝た結果の望まない妊娠をした女。
 仕事であれば会社が管理している場合もあるけど、そうじゃない場合の女は自分の身体に無頓着なことが多い。少しの体調不良など見て見ぬ振り。気が付けば腹は膨らみ、もう堕胎ができないくらいになってくる。
 そうじゃなくてもギリギリの生活をしている人間が多い中、中絶に金が出せる女もそういない。
 皆、膨れてくる腹に絶望して生きていく。
 そんな彼女等を見ていると、胸がすくような気分になってくる。
 底辺の生活を余儀なくされていく彼女等に加虐心と道義心が湧き上がる。ある意味対照的な感情だけど、俺の中では共存している。
 彼女等が更なる苦痛と困難に顔を歪ませていく様子を見たい。
 それを見て、『少し』は助けてやりたいと思う。そうすることで彼女等は束の間の安心を得るが、すぐさま現実に転がり落ちていく。
 その悪循環が堪らなく愉快なのだ。
『慈善活動』と言っても良いだろう。

 そんな『慈善活動』でたまたま見つけた娘が璃亜夢ちゃんだった。

 一目で未成年の家出娘だとわかった。
 暗い表情で男の品定めをしている彼女はまるで自分が『一番可哀想』だと言いたげだった。その思い上がっている様子に心惹かれた。
 世間でどれだけの卑劣なことが行われているか、悪列な環境に生きている人間がいるか、そういうものを食物にしている人間がいるか。
 何も知らない世間知らず。

 この娘を、本当に『一番可哀想』なコにしたい。

 そう思ったとき、彼女と目が合った。
 俺は微笑むと彼女をホテルへ誘った。

 どうしたらこの娘の精神が崩れていくか。
 やっぱり妊娠だろうか。
 どこの誰ともわからない男に孕まされたという事実は彼女の精神に多大な負荷をかけられるんじゃないのか。
 きっと堕胎できる金もないはず。
 未成年の女の子と遊びたい男は沢山いるから、適当に声をかけてやろうかと考えた。

 だけど運が良いというか、案の定というか、残念というか。
 数回彼女と遊んで、そろそろ男を嗾《けしか》けようとしていたとき、彼女の体調の変化を知った。
 微熱が続く。
 食欲がない。
 何よりも薄らを膨らんだ腹。
 それを見た瞬間、血が沸騰するような感動に襲われた。
 笑いが止まらなかった。
 こんな愉快なことがあるのか。

 その腹の中で新しい命が生まれている。

 この馬鹿な娘はそんなことにも気が付かず、呆けた顔で俺を見上げている様子が最高に無様で堪らなかった。
「育ってきたなあって思って、赤ちゃん」
 俺がそう呟いた瞬間、血の気の引く璃亜夢ちゃん。
 まるでその可能性を考えていなかった表情が更に笑いを誘う。
 この娘がこれからどんどん彼女が望む『一番可哀想』なコになれる。
 転がり落ちていく様子を観覧することにした。

 腹が膨らむにつれ彼女は精神を病んでいった。
 産んだ後はもうこの世の終わりのような顔をしていた。
 その表情に『慈善活動』の意義を感じずにはいれなかった。
 彼女に貸したアパートの部屋に、彼女が産み落とした赤ん坊を連れて帰ってきたことには少し驚いた。
 彼女の精神状態なら、あの赤ん坊を絞め殺すくらいのことをするだろうと思っていたからだ。

「それで? どうするのこれ。育てるの?」

 赤ん坊を見てそう璃亜夢ちゃんに訊くと、彼女は顔を真っ青にしていた。
 尋ねたものの、こんな甘えたな小娘に人間を育てられるはずがない。
 そもそも環境がない。
 知識がない。
 お金もない。
 精神的な余裕もない。
 この娘には何もないのだ。
 一週間以内に殺すか置き去りにしてくるだろうと思った。
 そしたら最後は警察に通報して終わりだ。殺人を見過ごせないのは市民の義務なのだから。
 彼女は本当に『一番可哀想』なコになれる。その瞬間を楽しみに待っていた。

 まるで網の上の肉が食べ頃になるのを待つように。

 それなのに、その夜に見た璃亜夢ちゃんは笑っていた。
 穏やかに、嬉しそうに、安心したように笑っていた。
『一番可哀想』なコがあんな風に笑っていいはずがないのだ。
 その笑みは隣りを歩く男に向けられており、そいつは赤ん坊を抱えていた。恐らく彼女が産み落としたあの赤ん坊を。

 この野郎が璃亜夢ちゃんに何かしたのかと直感した。
 網の上でじっくり育てた食べ頃の肉を横から掠め取られたような気分だった。
 甚だ不快だ。

 横から取られるくらいなら、いっそ、網の上で黒焦げになる方が良い。
 そう思った。
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