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38:許される虚しさを貴方は知らない
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シャワーを浴びて璃亜夢が出てくると、大黒は茉莉花にミルクをあげていた。ネクタイを肩の方へ回して茉莉花の邪魔にならないように配慮している。
その姿はまるで『父親』のようだった。
璃亜夢はそこに茉莉花への『情』があるのだと信じていた。いや、『情』はあるのだろう。だけどそれは『大人としての子供への慈愛』が確かにあった。でもそれは『璃亜夢の産んだ子供への愛情』ではないのだ。
璃亜夢が髪をタオルで拭いていると、ふとベッドの横に小さなダンボールが置かれていることに気が付く。
長方形のダンボールにフラップ部分が切り取られており、中にはタオルとクッションが詰められている。恐らく昨日はこんなものはなかった。恐らく昨晩作られた茉莉花のベッドであることは璃亜夢にはわかった。
ここまでしてくれるのに、どうして愛情はくれないのか。
璃亜夢がぼんやりと見ていると、ミルクを飲み終えて腹が膨れた茉莉花を大黒はダンボールベッドに寝かせる。茉莉花は満足そうに眠ってしまう。
「璃亜夢さんはこれ」
大黒はそう言うと冷蔵庫から額に貼るタイプの冷却シートを取り出し璃亜夢の額に貼り付け璃亜夢をベッドへと押していく。璃亜夢がベッドに横たわると、布団をかぶせてくれる。
大黒にされるがままの璃亜夢だが、布団に潜り込んで考えてしまう。前回はいつ看病してもらったか。この数ヶ月体調が悪いことは何度もあった。だけどこうやって誰かに看病されることはなかった。
では家出前か。
母は忙しい人だった。だから熱が出ても言い出せなかったと思い出してしまう。誰もいない部屋で一人寝ているだけだった。
「食欲はどう?」
「……お腹減ってない」
昨日無理矢理に詰め込んだ肉はホテルの浴室で吐き出してしまった。もう随分長い時間胃袋は空なのに空腹感はまるでない。これも発熱のせいだろうか。
寝ていたい。
だけど大黒は「駄目。解熱剤あるけど、ご飯は食べた方が良い。うどん湯掻いたから」と言って台所からトレーに乗せてやってくる。
「ちゃんと食べないと」
「……」
璃亜夢は素直にトレーを受け取り食べ始める。
それを見て大黒は穏やかに笑う。まるでさっきのやり取りなんてなかったかのようだ。
大黒はこんなこと、全く気にしていないのだ。
『大人』だから。
『子供』のしたことを許してしまうのだ。
それがただ虚しい。
璃亜夢がそんなことを考えながらうどんを啜っていると、インターホンが鳴り思わず肩を揺らした。彼女の脳裏に一瞬永延の姿が過ぎったからだ。
だけど大黒は「おっ、来てくれた」と呟きながら玄関に向かう。
その様子に璃亜夢は訝しむが、そういえば先程『友達が来て茉莉花を見てくれる』と言っていたのを思い出す。
大黒の友達、どんな人なんだろう。
そんなことを考えていると、大黒が彼と同年代の男性と部屋にやってくる。
「宮、璃亜夢さんと茉莉花さん。璃亜夢さんは熱が出てるから看病もお願いできるかな」
大黒は男性に呟くと、男性は顔をしかめて「俺は赤ん坊の面倒しか聞いてないぞ?」と言い放つ。それを聞きながら璃亜夢も、私もまさか男が来るなんて思ってなかったわよ、と内心反論する。
「まあまあ、そう言わないで。三時間くらいで帰ってくるから」
大黒が宥めるように言うと、男はあからさまに嫌そうな顔で溜息をつく。
璃亜夢に対して良い印象がないのは明らかだ。こんな男と一緒にされるなんて苦痛だ。璃亜夢が困惑していると、大黒は璃亜夢の方へやってきて申し訳なさそうな顔をする。
「璃亜夢さん、こいつは宮って言うんだけど僕が戻ってくる間、茉莉花さんを見ててくれるから。璃亜夢さんはゆっくり寝てて」
大黒はそう言うと、腕時計を確認して「あっ、じゃあ時間だから、ごめん、あとお願い」と言うとカバンにローテーブルの資料を入れて慌てて飛び出していく。
残された璃亜夢と宮は思わず顔を見合わせるが、お互いに渋い表情で相手を見つめた。
その姿はまるで『父親』のようだった。
璃亜夢はそこに茉莉花への『情』があるのだと信じていた。いや、『情』はあるのだろう。だけどそれは『大人としての子供への慈愛』が確かにあった。でもそれは『璃亜夢の産んだ子供への愛情』ではないのだ。
璃亜夢が髪をタオルで拭いていると、ふとベッドの横に小さなダンボールが置かれていることに気が付く。
長方形のダンボールにフラップ部分が切り取られており、中にはタオルとクッションが詰められている。恐らく昨日はこんなものはなかった。恐らく昨晩作られた茉莉花のベッドであることは璃亜夢にはわかった。
ここまでしてくれるのに、どうして愛情はくれないのか。
璃亜夢がぼんやりと見ていると、ミルクを飲み終えて腹が膨れた茉莉花を大黒はダンボールベッドに寝かせる。茉莉花は満足そうに眠ってしまう。
「璃亜夢さんはこれ」
大黒はそう言うと冷蔵庫から額に貼るタイプの冷却シートを取り出し璃亜夢の額に貼り付け璃亜夢をベッドへと押していく。璃亜夢がベッドに横たわると、布団をかぶせてくれる。
大黒にされるがままの璃亜夢だが、布団に潜り込んで考えてしまう。前回はいつ看病してもらったか。この数ヶ月体調が悪いことは何度もあった。だけどこうやって誰かに看病されることはなかった。
では家出前か。
母は忙しい人だった。だから熱が出ても言い出せなかったと思い出してしまう。誰もいない部屋で一人寝ているだけだった。
「食欲はどう?」
「……お腹減ってない」
昨日無理矢理に詰め込んだ肉はホテルの浴室で吐き出してしまった。もう随分長い時間胃袋は空なのに空腹感はまるでない。これも発熱のせいだろうか。
寝ていたい。
だけど大黒は「駄目。解熱剤あるけど、ご飯は食べた方が良い。うどん湯掻いたから」と言って台所からトレーに乗せてやってくる。
「ちゃんと食べないと」
「……」
璃亜夢は素直にトレーを受け取り食べ始める。
それを見て大黒は穏やかに笑う。まるでさっきのやり取りなんてなかったかのようだ。
大黒はこんなこと、全く気にしていないのだ。
『大人』だから。
『子供』のしたことを許してしまうのだ。
それがただ虚しい。
璃亜夢がそんなことを考えながらうどんを啜っていると、インターホンが鳴り思わず肩を揺らした。彼女の脳裏に一瞬永延の姿が過ぎったからだ。
だけど大黒は「おっ、来てくれた」と呟きながら玄関に向かう。
その様子に璃亜夢は訝しむが、そういえば先程『友達が来て茉莉花を見てくれる』と言っていたのを思い出す。
大黒の友達、どんな人なんだろう。
そんなことを考えていると、大黒が彼と同年代の男性と部屋にやってくる。
「宮、璃亜夢さんと茉莉花さん。璃亜夢さんは熱が出てるから看病もお願いできるかな」
大黒は男性に呟くと、男性は顔をしかめて「俺は赤ん坊の面倒しか聞いてないぞ?」と言い放つ。それを聞きながら璃亜夢も、私もまさか男が来るなんて思ってなかったわよ、と内心反論する。
「まあまあ、そう言わないで。三時間くらいで帰ってくるから」
大黒が宥めるように言うと、男はあからさまに嫌そうな顔で溜息をつく。
璃亜夢に対して良い印象がないのは明らかだ。こんな男と一緒にされるなんて苦痛だ。璃亜夢が困惑していると、大黒は璃亜夢の方へやってきて申し訳なさそうな顔をする。
「璃亜夢さん、こいつは宮って言うんだけど僕が戻ってくる間、茉莉花さんを見ててくれるから。璃亜夢さんはゆっくり寝てて」
大黒はそう言うと、腕時計を確認して「あっ、じゃあ時間だから、ごめん、あとお願い」と言うとカバンにローテーブルの資料を入れて慌てて飛び出していく。
残された璃亜夢と宮は思わず顔を見合わせるが、お互いに渋い表情で相手を見つめた。
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