【完結】翠くんは、可愛いがられたい

日月ゆの

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32.信じられない、けどお兄さんを信じたい

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 お兄さんは大きく目を見開いて、一瞬だけ固まります。

 良く出来ました、とふわりと微笑むと、そっと僕を抱きしめてくれました。

 あの初めて出会った時と同じ甘くやわらかな香りにふんわり包まれます。
 頭を撫でられるのも同じ。

「それにな、可愛い翠はわがまま言っても良いンだよ。わがままって言うのは欲ってことだろ。あー、本で見たけど、人って欲があるから生きるんだってよ。」
「欲があるから……生きる」
「ん。生きてれば皆ごく当たり前にわがままだし、欲張りになるんだよ。たしかに俺なんて最近欲だらけだしな……」
「ごく当たり前に……わがままですか。みんなも? お兄さんもですか?」

 頑なだった僕の価値観がひっくり返る。

「そーなんだよ。わがままより質悪いな、俺の場合はそいつには欲しかないな。そいつのことになるとなんかアホみたいに何でもないことで、嫉妬したり、……しょうがねーことだし、家族なら当たり前だし正しいことなんだけどな。……理屈抜きにすっげーただただ悔しい。本当はそいつのことを俺だけが一番特別に気にしてやりたいのに」

 ハア、とお兄さんが悔しげにため息を吐きます。

 なにやらお兄さんも悩んでいることがあるんですね。

 今度は僕がお話を聞く番です。

「そんな善意を押し付けるようなことをしている奴等を嫌ってたのに、家族よりなにより俺だけを頼って欲しい。そいつの大事にしたかったもんまで蔑ろにしそうな自分が嫌になる。無理やりにでも全部俺だけがって……。俺ってこんなに歪んで性格悪い……いや、もともと良くはないんだけどな」
「あの! お兄さんはとっても優しいです! 僕……」

 大事なことなので、つい割り込んでしまいました。ぎゅうとお兄さんのシャツを握ります。

「ん。ありがと」

 お兄さんは肩に顎をぽすんと乗せると、僕の手に指を絡めました。
 首筋に吐息がかかるくすぐったさで、つい指に力を入れてしまいます。


「肝心のところで、グズグズ尻込みして情けなくてかっこ悪いヘタレ。全てにおいて、そいつのことはままならねーのがな……」

 顔を上げ、握りあった手を見つめるお兄さんは口元を緩める。

「……嬉しそうです」
「あー、うん。嬉しいよりはそんなヘタレた俺も楽しいんだな。初めてこんなんなるんだけど、そいつに会うだけで、少しでも笑ってくれたらどうでも良くなってくるんだよなー。うんうん」
「そう……なんですね」

 首を傾げたり頷いたり、忙しいお兄さんは、照れたようにやわらかに笑います。

 頬が淡く色づく笑顔はとっても甘く優しい。

 晴れやかだった胸がもやもやし始めてきちゃいました。

 こんな僕をお兄さんに見せられません。

 お兄さんのお胸に額を押し付けぐりぐり左右に動かし、振り払います。

「ん? 眠いか?」
「ち、違います……えっと、その……」
「ん? して欲しいことはなんだ?」
「そ、そう言うわけでもなく……自分でもよくわからないんです」

 フッと小さく笑ったお兄さん。

「んー? じゃあ練習するか?」
「れ練習?」
「そう。お互いわがまま言い合おう。翠が自分の気持ちを見つけて言葉にすんのを慣れて、俺にたっぷり甘えられるような!」
「あ甘える?」
「わがままを一つずつ! お互いに言って叶えてもらうんだ。俺は翠のを、翠は俺のわがままをな!」
 人差し指で僕とお兄さんを交互に指しながら弾むような笑顔で言います。
「翠が俺に望むものは? わがままは?」
「あ、その……お兄さんは良くても、僕のわがままはやっぱり……」

 優しく聞いてくれますが、じっとりと手に汗が滲みます。

 せっかくお兄さんが僕のために提案してくれた練習をしてみたい気持ちもあります。

 が、嫌な想像が駆け巡ります。

「……不幸にさせそうでまだ恐いか?」

 図星でついこくり、と頷いてしまいます。

 呆れられたでしょうか。

 あれだけ言葉を尽くし、僕なら出来るとまで信じてくれたのに。

 
「あのな、翠。こっち向いて」と優しく呼びかけられ、いつのまにか俯けていた顔を上げます。

 漆黒の瞳が強い意志を湛え僕を見つめます。

「俺は翠のわがままだったらどんなんでも嬉しいし、受け止める。ぜったい叶えてやるから。可愛い翠の望みを叶えてやれるんなら俺は幸せに決まってるだろ!」

 自信満々に言い切られ、息を止めてしまいます。

 信じられない、けどお兄さんを信じたい。

 いっぱい優しい言葉をくれたこのひとを。

「幸せ? お兄さんが?」
「ああ。翠がわがままを言えるくらい俺に心を開いてくれて、甘えてもらえるなんて幸せだよ」

 言葉になりません。どこまでも優しい言葉に。


 わがままを言い易くするための気遣いでも、嬉しい。

「僕はわがままをいってもお兄さんを幸せにできる……」

 心の中で思っていたことを声に出していました。

「ん。俺が幸せになるために、翠は1日1回わがままを言ってくれ。喜んで叶えてやるからな?」

 お兄さんからもらった言葉が降り積もり、光に包まれたように恐怖が霞んでいく。

 今までもらったやすらぎや喜びを少しだけでも返すことができたなら。

 驚くほど迷い無く覚悟が決まります。


 ⸺心にあるいろんな感情とも向き合いたいです。


「がんばり……ます!」
「うん。俺に望むもの、して欲しいことはなんだ?」

 今は特に思いつきません。自然と眉が寄ってしまいます。

 ぶは、と息を漏らすように笑うお兄さんは、繋がれた手をゆるく振ります。

「じゃ、俺のわがままを先に叶えてくれよ。ちょっとついて来て」

 
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