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44.ゆめでしょうか?
しおりを挟む「……ん」
カサ、カサと紙を静かに捲る音に緩やかに意識が上昇します。
そっと目蓋を開くと、手元に持つ紙束から顔を上げた玄くんの優しいお顔です。
「翠? 起きたか?」
「……げ、んくん?」
寝起きで声がしゃがれます。
ひゅっと喉が乾いていて音が鳴ると、心配そうに眉を下げる玄くん。
これは夢ですかね。そうですね。
僕のお部屋に玄くんがいるなんてありえません。
ネクタイを緩めた襟元から覗く喉仏が男らくて、耳元のピアスが妖しく揺れるかっこいい玄くんですよ。
寝る前に玄くんのことを考えていたので夢にまで召喚してしまいました。
ぐっじょぶ自分です。
もう少し寝てるか? と彼に聞かれますが、首を横に振ります。
喉が乾いていたので、お水飲みますと答えると、玄くんはチラっと手元の紙束へ視線を落とします。
扉からいそいそと出ていった玄くんの背中を起き上がりながらぼんやり見送ります。
うう。心配そうにしてくれるお顔でさえかっこいいです。
憂いを帯びながら低く潜められた声はなんだかえっちな気がして、ドキッとしてしまいます。
すぐに玄くんはミネラルウォーター片手に戻って来てくれました。
「……ん。これでいいか?」
「ありがとう……ございます」
ペットボトルの蓋を外し、渡してくれた玄くんは、ベット脇の床へあぐらをかいて座ります。
触れたペットボトルは冷たく、自分の夢の解像度に驚きます。
一口、こくりと飲めば、喉へするする染み込んでいく水。
ほうっと息をつくと、改めて玄くんを見やります。
いつもは高い位置にあるお顔が真正面の同じ位置。近い。控えめに言って最高です。
「翠?」
じっと僕が見つめているからか、頬を淡く染めながらこてりと首を傾げる玄くん。
その動きに合わせゆらゆらするピアスです。
へにゃんと頬をだらしなく緩めながら手を伸ばそうとした途端、玄くんはぐいっと顔ごと体を近づける。
いきなりの至近距離に近づくお顔。
びっくりして動きを止めた僕を抱きしめるような格好の玄くん。
「みず……溢すぞ」
安堵の吐息が耳にかかり、頬が擦れ合い甘い香りの体温を直に感じた。
ん? 温かいですね。
……もしや夢では無いです?
ぎくしゃくとした動きで視界にあるもの全てを検分します。
ペットボトルを持つ僕の手を覆う玄くんの手。
顔を動かしたためにさらに頬へ触れることになった滑らかな玄くんの頬。
近すぎてピントが合わないピアス。
「夢では……ない? え? え?」
わたわたと独り言を呟いていたら、玄くんが僕の首元へ顔を埋め、震えています。
「うん。夢じゃねーよ……ぶふっ」
首筋に当たる吐息が熱を伴いながら肌をくすぐります。
「……っぁ」
体が震えると変なお声が漏れ、お顔がかっと熱くなります。
「ん?」
「あの、その僕……えっと……臭くないですか?!」
なにか変な反応をしてしまったことをごまかすため、頭を巡らせた結果。
昨日あれからすぐに大騒ぎでベットへ強制連行されたのでお風呂を入っていないことを思い出しました。
「……濃い翠の匂いがするからすっげぇ旨そう」
余計にすんすん匂いを嗅ぐように首元へお鼻を寄せられてしまいました。
濃い僕の匂いとは?
それダメじゃないですか?!
旨そうとか食べられます?!
「後生ですっ! 距離を! 距離をとってくださいっ!」
もう羞恥心でパニックになった僕は無我夢中で頼み込みます。
玄くんは渋々といった様子で、ベッド下部僕の足元へ腰掛けます。
「あ、の玄くんはなんでいるんですか?」
「……佐倉に翠が熱で寝込んだって聞いて」
「あ、伊織くんからですか……その昨日連絡できなくてすみません」
昨晩は熱を出してしまい、玄くんに連絡できなかったんです。
ん? でもなんでお家に入れたんですか?
「気にすんな。昨日は大変だったんだろ? 佐倉から聞いた……」
なぜか伊織くんの話題になったときから玄くんの表情が曇りだしたような。
「あの……」
「あ! 佐倉から『翠の看病のしおり』と合鍵渡されてんだよ。で? 次は何して欲しい?」
床へ置きっぱなしになっていた紙束を拾う玄くんは、パラパラ捲りながらやる気いっぱいに僕へ聞きます。
聞かれた僕は、しおりという単語と玄くんが持つ紙束を見て、伊織くんに謎の憤りを感じました。
手に持っているしおりを今から破り捨ててくださいという言葉を飲み込み、代わりに答えます。
「玄くんと……お話したいです」
「ん。わかった。しんどくなったら遠慮なくいえよ」
玄くんは表情を綻ばせ、しおりをそっと置きました。
「えっと。昨日伊織くんと無事に仲直りできました。ありがとうございます。あのそれで……」
いざ玄くんに出会えてしまったら、告白しようとした気持ちが揺れてしまいました。
とりあえず協力してくれた伊織くんとのお話をしようとしましたが。
玄くんと視線が合いません。
いつだって僕のたどたどしいお話を目をまっすぐ見つめる漆黒の瞳が伏せっています。
見つめる先は硬く組まれた指先です。
心臓がひやりと痛み出します。
「……つまらないお話でし……たね」
「は? あ? ちげ……」
顔を上げた玄くんのお顔が見れません。
わざわざお見舞いに来てくれた玄くんに話す内容では無かったかもしれません。
それともお見舞い自体が伊織くんに頼まれたから、いやいや来てくれていたのでしょうか。
どうしましょう。怖いです。
さっきまで告白するとか意気込んでいた気持ちが一気に萎んでいきます。
「あー! もー!! くそっ!」いきなり叫びだした玄くんが頭をグシャグシャにかき回します。
大声に驚いた僕は顔を上げ、いつのまにか滲み瞳へなんとか留めておいた雫が頬へ滑り落ちます。
玄くんが苦しげに顔を歪めます。
「嫉妬したんだよっ! 佐倉が翠の部屋の合鍵持ってんのを!」
嫉妬? 合鍵を持っていて? もしや玄くんは鍵マニア?
「余裕なくてごめん。我慢できなかった。俺だけが翠の世話を……優しくしてやりたい。俺だけが翠が苦しんでいるときに駆けつけたい。家族の佐倉より先に……。合鍵も欲しい」
「な、あ、なんでですか?」
玄くんの言葉を反芻します。
やっぱり伊織くんに嫉妬しているように聞こえてしまう。
僕へ独占欲を抱いていると。
玄くんが生粋の鍵マニアではないのなら、そんなことがあるんでしょうか。
胸に芽吹くかすかな期待。
疑念でそれを抑えこんで、恐る恐る聞きます。
心臓は期待に鼓動を速めていく。
「翠が好きだ」
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