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三公演目――兄たちのサニーサイド

四曲目:チャーリー・セイラー

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「ったく……これに懲りたらもう顔面ぶつけるなよ」

「はい……でも、傷がついてなくて良かったよ。一緒に見てくれてありがとう」

「それと、レンズに傷がついてるかもしれないからって急に立ち止まるな。歩道初心者か? 脇道に逸れろ」

「仰るとおりで……」

 まったく、どっちが年上だかわかりゃしない。痩躯を縮こませながら、それでも安心したように顔を綻ばせるボニーはやっぱりやりづらい奴だった。『レッレンズにききき傷っぽいのが!!』とか言い出したときはあまりの動転具合に言葉の意味を飲み込むのが遅れた。だったらなんだ、とあしらいたかったが、通行の邪魔でそれどころじゃない。仕方なく陰った脇道に引っ張って、傷がないと確かめる作業に付き合った。そりゃあ、レンズが大破したとかならまあまあの惨事だろうが。暫く歩いてからじゃないと気付かない程度、そこまで気にすることでもないだろうに。

「そんなに大事なもんなのか? 眼鏡ってのは」

「ううんと、眼鏡がっていうよりは……この眼鏡が、かな」

「よっぽど気に入ってるのか」

「そうかもしれない。遺品なんだ。母の」

「……そうか」

 別に。大して珍しいことでもない。むしろ俺たちの中じゃ親がいる方が珍しい。家出したか、捨てられたか、……死んだか。ただ、こいつもそうなのか、と思うと。少し。ほんの少しだけ、言いようのないやりづらさが和らいだような気がした。

「じゃあ、大事にしないとな」

「うん。……久しぶりに、お墓でも行ってこようかな。死者の日にはまだ早いけどね」

「墓……か。……。……ああ、あるなら行ってこい。俺はそろそろ帰る」

「そうするよ。じゃあ、また明日!」

 眉を下げた控えめな笑顔を残して、ボニーは裏通りへ駆けて行った。……数十歩先で、ゴミかなんかに躓いたのは見なかったことにして、表通りへ戻る。度が合ってないんじゃないか、なんて聞くのは野暮だろう。さっきまでの俺なら、口にしていたかもしれないが。

 ……ウィリアムは、あの子は、両親の墓に行きたいと望むだろうか。いつか神に呼び戻されたその日に、肉体を置いていくかもしれなかった土の一区画に。もし、あの子がそれを望むなら。マンハッタン中の教会を探し回るだろう。誰が埋葬したのかも、式が執り行われたのかすら、知りはしないが。確実なのは彼らが死んでいるという、それだけ。面と向かってそう告げたわけじゃないが、賢い天使はとっくに知っているに違いない。だがあの頃の俺なら、理解できなかったかもしれない。だから。目にしたのが、俺で良かった。あの暗い血の海は、紺碧に映すには赤黒すぎる。

「……ま、天使を産んだお袋と親父なら、こっちから行かなくても勝手に上で見てんだろ」

 ウィリアムを護りきったぞ、と伝えるには幾分早い。両親には悪いが、墓参りは相当暇になるまでお預けだ。俺にはウィリアムが、晴天の色を宿した片割れがいる。帰ろう。あの子の影になれるのは、俺だけだから。金の砂埃を足元に舞い散らせ、俺は明るい表通りを南へ進んだ。
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