宮川小たんてい団

吉善

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黒帯盗難事件

⑤ 潜入捜査、佐那原道場

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 賢が指さしたのは次のメモだ。

 『干場は道場の隣にある』

「このメモが取り込み当番が犯人の可能性が低いと言える根拠だ」

 自信満々と言う感じではなく、冷静に賢はそういった。

「どうして取り込み当番は違うって言えるの?」

 賢が指さしたメモを見て私が聞くと、賢は近くの席から椅子を持ってきて座り、その理由を説明し始めた。

「これは、自分が取り込み当番の立場になってみれば分かるよ。例えば、朱里が取り込み当番になって、一人で取り込んでいる時に黒帯を締めたくなったら、どこで黒帯を締める?」
「どこでって……。どこでもいいんじゃない? どうせ誰もいないんだし、干場でも、道場でも……」

 ここで、私は気付いた。
 その表情を見て、賢は続けた。

「そう。どこでもいいなら、干場で取り込んでその場で黒帯を締めればいい。もし誰かに見つかりそうになっても、帯をほどいて『今、道着と帯を取り込んでるところです』って言い張ればいいだけだ。誰も黒帯を締めたなんて思わない。それなのに、道場の練習場に置いてあった朱里のスポーツバッグに入れるなんて、不自然すぎる」

 ここで、正義は「おおーっ」と、声を上げた。
 私は声を上げなかったが、正義が声を上げるのも分かる。
 なにせ、一分足らずで推理をしたのだから。

「なるほど。やっぱり凄いな賢! やっぱり探偵団に入ってくれよ!」

 そのままの流れで賢が協力してくれたら心強い。
 そう考えてだろう、正義は改めて賢を誘う。
 だが、賢はそれを言われた瞬間、何かのスイッチが入ったかのように首を横に振った。

「それはお断り。自分が出来ることはここまでだ。あとは二人で頑張ってくれ」

 そう言って、賢は座っていた椅子を元の場所に戻し、教室から立ち去って行った。
 私と正義は待って欲しいとお願いするが無視された。
 再び私と正義だけになり、二人して肩を落とす。

「……これからどうしよう」

 とりあえず、取り込み当番が犯人ではなさそうなのは分かった。
 だけど、まだ犯人は特定できていない。
 証拠もない。
 真相は分かっていないのだ。

「道場に通ってる門下生達に話を聞きたいね。うーん……。でも、私は謹慎中だから道場に入れないし、正義は部外者だし……」

 私はそう言ってため息をつく。

「……なあ、朱里の家の道場って、やっぱり厳しい?」
「そりゃもちろん。正義が誘うくらいの強さを身に付けられるんだよ? とっても厳しい所」

 私がそう返すと「そうか……」と、正義は少し腕を組んで悩んだ様な表情をした。

「……謹慎ってやっぱり辛い?」

 私にとっては当たり前だが、正義にとってはあまり分からない事なのだろう。
 そう考えて、私は答える。

「そりゃもちろん。私の今までの人生で一番やってきたことがいきなり『やっちゃ駄目』って言われるんだよ? 今までの人生全否定って感じ。それも、私犯人じゃないのに」

 悔しさが再度こみあげて、少し目に涙が溜まってくる。
 その時、正義は決意をしたかのようにこう言い放った。

「俺、道場に弟子入りする!」

 私は自分の耳を疑った。

「は? 弟子入り?」
「そう! 黒帯が盗まれた時の門下生達の状況知りたいけど、朱里は道場に入れないんだろ? それじゃあ、俺が代わりに道場に入るしかない。そのための弟子入りだ!」

 ……そうか、私はずっと、少しずれた考えをしていた。
 私は正義のことを仲間だと思っていなかった。
 だけど、正義は私のことをすでに仲間だと思っていたんだ。
 だから、厳しい修行を覚悟で弟子入りすると言い出したんだ。

「……だから、もう泣くなって」
「泣いてない!」

 今度こそ、ビンタしてやろうかと思った。
 いや、やらないけど。



 その日の放課後。
 佐那原道場の前。

「頼もう!」
「それは道場破り。あんたは弟子入り」

 正義に突っ込みを入れながら、私は道場の門を見ていた。
 佐那原道場の門は、迫力ある存在感を放つ。
 門柱は厚い木材で造られ、その上には深い茶色の屋根が掛かっている。
 門扉は両開き式で、門の上には『佐那原道場』と書かれた看板が掲げられ、その文字は堂々とした筆遣いで彫り込まれている。
 今の私にとっては、幼い頃から見慣れている道場の門ではない。
 私には入ることのできない、事件現場の入口だ。
 そっと門に手を触れてみる。
 少し重いが私には開けられるし、今まで何度も開け閉めしてきた。
 だが、今はどうしても開けることができない。

「正義、頼んだよ」

 私の声に、正義は力強く頷いた。

「それじゃあ、行ってくる!」

 正義は、門を勢いよく開け、道場へと足を踏み入れていった。



 佐那原道場に入って、俺、吉本正義がすぐ思った事は『大きい』『カッコいい』だった。
 足元は畳なのに、なんだか力強さを感じる。
 まだ時間が早くて数人しか来てないみたいだったけど、それぞれ準備体操をして修行に備えている。
 それが、これからの厳しい修行をイメージさせた。

「お前が、吉本正義か?」

 俺が入り口で靴を脱いでいると、そう声をかけられた。
 振り向くと、黒帯を締めた一瞬熊かと思うほど大柄なおじさんが俺の顔をじっと見ていた。
 身長はパッと見で百八十センチ以上。
 胸板は非常に厚く、まるで鎧でも着ているのかと思うほどに筋肉質。
 朱里のお父さんで佐那原道場の経営者の佐那原重里さん。
 確か、師範とか言っていた気がする。

「はい! 吉本正義です!」

 やる気を見せるために大きな声で返事をすると、重里さんは二っと笑った。

「良い返事だ! 朱里のクラスメイトなんだって? 朱里から紹介されるのはちょっと予想外だったが、まあいいか!」

 ガハハ! といった感じで笑い声をあげる重里さん。
 どうやら、謹慎中の朱里からの紹介とはいえ弟子入り希望者は歓迎してくれるようだ。

「あの、帯の事なんですけど……」

 と、ここまで言いかけたところで、俺は喋るのを止めた。
 調査のために弟子入りしているなんてバレたら追い出されるかもしれない。
 すぐに聞き出すのはやめておこう。

「帯? 帯がどうした?」
「あ、えーっと、帯と道着はどうすればいいのかなーっと。自分のを持っていないので」
「ああ、その事か。大丈夫、道着と帯はある」



 約十分後。
 重里さんに手渡された道着を着て帯を締めると、俺は若干落ち込んだ。
 『畑中』。
 俺が今着ている道着と白帯にはそう書かれていた。

「あの……。重里さん」
「師匠と呼ぶように」
「師匠! この道着と帯はいったい……」

 重里さんは、うんうんと頷く。

「少し前に、親の転勤で引っ越して、道場を辞めることになった元門下生の物だ。うん、体格は同じようだな。しばらく借りるといい」

 道場での俺のあだ名が『畑中2号』となった瞬間であった。
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