宮川小たんてい団

吉善

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黒帯盗難事件

⑦ 朱里の兄とお母さん

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「畑中2号」

 新人狩りの山井を倒して追い出されるのを阻止した地点で丁度休憩時間。
 疲れ果てて道場の隅で休んでいたところで、中学生と思われる男子が話しかけてきた。

「……吉本です」
「あ、ごめん、吉本だったな。俺、佐那原友里(さなはら ともさと)。中二な。ちょっと話があるからこっち来てもらっていいかな?」

 友里さんがそう言いながら道場の隅の方を指さすと、そこにはなぜか山井と重里さんがいた。
 何だろうと思いながら友里さんと一緒に向かうと、突然山井に頭を下げられた。
 どういう事なのかと困惑していると、新人狩りに関して前々から友里さんには注意を受けていたが聞かず、俺に返り討ちにあったことでやっと反省し、謝罪したのだという。

「ごめん、ごめん」

 と泣きながら謝る山井に、いいよと返すと、話はこれで終了となった。



「良い突きだったぞ。吉本」

 休憩していたところに戻ると、先ほど話しかけてきた友里さんが隣に座ってきた。
 どうやら、俺は山井に勝ったことにより一目置かれたようだ。
 予想外ではあったが、山井に勝ったのはプラスだったようだ。

「……ありがとうございます。あの、友里さん、佐那原って、もしかして朱里のお兄さんですか?」
「そう。朱里の兄だ。今はいないけど、高一と高三の兄もいるぞ」

 そうだ。
 友里さんなら、事件当日の様子を知っているかもしれない。
 そう思い「朱里の事なんですけど……」切り出すと、友里さんは一瞬暗そうな顔をした。

「朱里か……。今、謹慎中なんだよな」
「朱里から直接聞きました。お父さんの黒帯が朱里のスポーツバッグの中に入っていて、黒帯を締めたと思われたって……」

 友里さんは少し驚いた顔をして俺の顔を見た。

「なんだ、知ってたのか。……俺、朱里は黒帯盗んで締めたりなんかしてないと思うんだ。あいつ『自分の腕を上げて、いつか自分で手に入れた黒帯を締めたい』って何度か言ってたんだ」
「じゃあ、他の誰かが……」
「そう考えるのが自然だよな。けど、親父はここの経営者で師範。どうしてもけじめを付けなきゃいけない立場。疑わしい相手が、朱里でもだ」

 やっぱり、朱里が犯人じゃないと思っている人はいる。
 多分、重里さんも朱里が犯人だなんて思っていない。
 立場上、そう言うしかなかったんだ。

「……他に、怪しい人がいるってことですか?」
「どうなんだろうな。俺、こういう頭使うの得意じゃないし、分かんないや」

 さすがにいきなり怪しい人物が見つかるわけが無いか。
 だけど、昨日も道場にいたならある程度の情報は持っているはずだ。

「あの、黒帯が無くなった前後の話、聞かせてもらっていいですか? 知ってる範囲でいいんで」

 一瞬戸惑うような表情を見せるが、まさか俺が潜入捜査をしているとは思わなかったのだろう「俺が知ってる事でいったら……」と、友里さんは知っていることを話してくれた。

 友里さんが知っている情報は次の通り。
 まず、一番乗りしたのは内藤さん。
 中学生の中では紅一点の女子中学生の中一。
 取り込み当番ではないため、自分の道着と帯だけ取って、女子更衣室で着替え始めたのだという。
 二番目にやってきたのは取り込み当番の田中さん。
 友里さんと同じ中二の男子。
 道着と帯を取り込んでいる時に、師匠である佐那原さんの黒帯が無いのに気が付いたという。
 三番目は二人。
 友里さんと、木山さんという中二の男子。
 二人が道場に到着した時には田中さんがすでに黒帯探しをしており、事情を聞いて黒帯探しに協力したのだという。
 その後は小学生の門下生達で、そこからは誰がどういう順番で到着したかははっきりとは分からないのだという。



 中学生達の動きはおおよそ分かったが、まだ小学生達の動きが掴めていない。
 もう少し情報が必要だな。
 そうと思っていると、道場の外からチャポチャポと水の音がした。
 かと思うと、ドンッと大きくて重いものが地面に置かれるような音もした。
 何だろうと思って外を見ると、細身の女性が一人でウォータージャグと呼ばれる、十リットルぐらい水が入る巨大な水筒の様な物を運んでいるところだった。
 手伝います、と言って駆け寄り手伝う。

「あら、ごめんなさいねー」
「いえいえ、これぐらい大丈夫です。道場内に置けばいいです?」
「お願いー」

 おっとりした口調で話す女性。
 聞いてみると、名前は佐那原朱音(さなはら あかね)さん。
 朱里のお母さんで、今は道場の手伝いで水を運んでいたところだったという。

「最近入った子ね。えーっと、畑中君」
「吉本です。前にいた畑中って人の道着を借りてるんです」
「うふふ。あらあらー」

 と、笑みを浮かべる朱音さん。
 なんだかおっとりした人がなと思っていると、朱音さんは道場内をきょろきょろと見まわし始めたのに気が付いた。

「あの、誰か探してるんですか? 重里さんか、友里さん?」
「お化け……。かしらー」

 お化け?

「一昨日、朱里がお父さんの帯を着けちゃった日なんだけど、お昼の時間に、誰かが道場にいたみたいなのー」

 お昼に人が?
 初めて聞く情報に俺は詳しく聞いてみることにした。

「誰かが道場に? 重里さんではなくですか?」
「お父さんは家にいたから違うのー。もしかしたら中学生かなって思ったんだけど、お化けだったかもしれないのよー」
「……もう少し、詳しく聞いてもいいですか?」
「いいわよー。お昼の十二時四十分ぐらいかしらー、私、道場の横にある干場にいたんだけど、道場の方から怒鳴り声が聞こえたのー。それも二人」
「二人も?」
「そうなのー。多分、友里と、門下生の田中君。声で分かったわー。ここ、中学校の近くだから、学校抜け出したのかなって思って中学校に電話したんだけど、二人とも学級委員の仕事をしてたから学校は出てないっていうのー。丁度、学級委員の仕事で二人に会ってた先生が電話取って教えてくれたから、間違いないわよー」

 中学校の近く。
 俺が外の方を見ると、確かに、学校と思われる建物が見える距離にある。

「ありますね、あれが中学校……。道場にはいないはずの二人の声が聞こえたってことですか?」
「そうなのー。それにねー、私が『誰かいるのー?』って声を掛けたら、走っていく足音が聞こえたのー。でも、一人分だけ。一人残ってるのかなって思って道場の中を見たんだけど、誰もいなかったのー。更衣室やトイレ、人が隠れられそうなところは全部見たのよー」

 思わぬ形で得た新情報。
 だけど、この証言は信じても大丈夫なのだろうか?
 いないはずの人の声。
 消えた、声の主の一人。
 これが本当なら、怪奇現象じゃないか。
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