宮川小たんてい団

吉善

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黒帯盗難事件

② 喫茶店『白ねこ』

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「正義、場所のことは別にいいんだけど、お金あるの? 私、一円も持ってないんだけど」

 そう私が質問すると、正義は「大丈夫、ここ、俺の家!」言いながら、喫茶店『白ねこ』のドアを開けて中に入っていった。
 二、三歩下がって建物全体を見てみると、喫茶店の上に二階があり、中が見えないようにカーテンがかかっている。
 なるほど、ここの上の階で正義とその家族と暮らしていて、親は一階にある喫茶店の経営者なのか。
 多分、事前に喫茶店の席を一部使う事を言っているのだろう。
 正義に続いて入店すると、カウンターの奥にいる、正義の母親と思われる女性がニコリと微笑んだ。

「いらっしゃ……。ああ、正義。お帰り」

 ただいま! と、喫茶店の落ち着いた雰囲気を壊す勢いで正義がカウンターの奥へと入っていった。
 それを見送った後、女性と私は目が合った。

「あら、あなたが佐那原朱里さん?」
「はい。お邪魔します」

 私の父親はしつけに厳しい人で、それなりに礼儀作法は分かっている。
 丁寧にお辞儀をしてから顔を上げて店内を見回すと、壁には風景画がいくつか飾られていて、窓から差し込む光が、空間を明るく照らしていた。
 全体的に落ち着いた感じで、大人から見たら多分懐かしさを感じるんだろうなといった雰囲気だ。
 カウンターには、コーヒーを入れる器具と思われるものや紅茶を入れるのに良さそうなカップが並び、コーヒーや紅茶の良い香りが漂っている。
 と、そんな私の様子を見ながら、正義のお母さんはなんだか申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「ごめんね、うちの息子が。昨日、急に『探偵団を結成する』とか言い出しちゃって……。一人で出来るのって聞いたら『当てがある』っていうから……」

 多分、正義の頭の中では小説のキャラクター達の冒険が頭に浮かんでいるのだろう。
 例えば、虫眼鏡を持ってわざとつけたとしか思えないようなクッキリとした足跡を観察し、その隣では道着を着た私が悪者相手にかかと落としでも決めている……。
 とか。
 私は、ははは、と苦笑いを浮かべる。
 そうです、多分、私がその当てってやつです。

「……それも二人も」

 ……ん?
 『二人』。
 正義のお母さんが言ったその単語に、私は嫌な予感がした。

「正義、遅かったじゃん。もう少し遅かったら帰ってたよ」

 喫茶店の奥から聞こえた声の方を見ると、そこには隣のクラス六年二組の男子、有時賢(ありとき けん)がいた。
 平均より少し小さい身長。
 ふちの細いメガネ。
 一見なよっとした外見だが、学校では有名な優等生。
 今は、一番奥にある四人で座れる長方形のテーブルの上でノートと教科書を開き、ほとんど飲み干したオレンジジュースをテーブルの隅に置いて勉強しているようだった。

「いやー、悪い悪い。ちょっと説得に時間かかっちゃってて」

 次のテストに備えて勉強会でも開くの? と、正義にボソッとそう聞いてみる私。

「いや、探偵団の結成式を開くんだ」

 うーん、今回ばかりは「そうだよ」って言って欲しかった。
 勉強あんまり好きじゃないけど、今日は勉強してもいいかなって一瞬思っちゃった。
 けど違った。
 やっぱり探偵団のための集まりだった。
 正義は一度席に座った時に賢のグラスがほとんど空になっているのに気付き、それを取って、朱里の分も入れてくるよ、と言いながらカウンターの奥へと入っていった。

「朱里は、探偵団に入るの?」

 正義が離れていくのを目で追ったところで、賢は私にそう聞いてきた。
 ……本当に頭痛が起こるかと思った。
 半ば無理やり誘われたと明かした上で話を聞いてみる。
 すると、今日の二時間目にあった一組と二組合同での図書室での読書の時間に正義から探偵団の仲間にと誘われたのだと賢は言った。
 言われてみれば、静かにしないといけない読書の時間に騒いで注意されている人がいた気がする。
 あれば正義だったのか。

「入るかは……今は保留中。武術の修行、あんまりサボりたくないし」

 そう言いながら、私は賢の隣の席に座る。

「賢は? 探偵団に興味あるの?」
「僕も保留中。興味は……微妙かな。塾もあるし、今は勉強に専念したい」

 それにしても、私はまだしもなぜ賢も誘われているのだろう?
 私がじっと見ていると、賢はそれを察したようで、聞く前に答えてくれた。

「……何か僕、勉強できるから頭脳担当で仲間に誘われたみたい。助手って言ってたかな。朱里は?」

 正義め、推理に自信が無いからって頭の良い人、賢を誘ったのか。
 まあ、私が正義の立場だったら、探偵をやろうというなら用心棒より先に、推理力のある人が必要だと考える。
 となれば、賢が誘われるのは当たり前の事と言えた。

「危ない目にあった時に戦うのが役目だって。私、道場の娘だから」

 ははは、と賢は力なく笑った。

「正義に思いっきり振り回されている感じだね、僕達」

 深くため息をつくと、私は一冊のノートに気が付いた。
 席の横にあるメニュー表と一緒に置かれていて、一瞬、賢が勉強に使っている物かと思ったがどうやら違う。
 なぜ違うと分かったかというと、表紙に賢の書いた文字とは違う若干汚い文字で『宮川小たんてい団』と書かれていたからだ。
 この文字は多分、正義が書いたのだろう。
 ……『探偵』という文字が漢字で書けなかったのか。
 表紙をめくってみると『メンバー一覧』と書かれたページがあり、一番上に『団長 吉本正義』とだけ書かれていた。
 ここの下の方に、私と賢の名前を書かせるつもりなのだろう。

 ……ここで、私は少し考え込んだ。
 私はまだ、自分の考えをまとめきれていなかったからだ。
 父から受け継いだ武術の技術を、どのように使うべきか。
 探偵団のような活動が魅力的なのも、分からなくはない。
 だけど、その一方で武術に磨きをかけるという使命感も私の内には強く残っている。

「お待たせー! はい、ジュース!」

 居ても立っても居られないようなソワソワした感じの笑顔を浮かべた正義が、トレーの上にジュースの入ったグラスを二つ乗せて席に戻ってきた。

「……ごめん、正義。私、探偵団には入れない」

 私の前に置かれたジュースを正義の前に置きなおすと、私は喫茶店を去っていった。
 正義は私を呼び止めようと「朱里!」と大きな声を出すが、私はそれを無視してドアを閉めた。
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