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バハル自治区編

歴史の可能性

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「何故ここに……まぁ良い。一人ならば好都合。ようやくお前を連れ帰れる」
「で、殿下。その娘をご存知なのですか? 今の光は一体……」

 ヨランダの焦りを含んだ声。皇子は彼女を厳しい眼差しで一瞥した。

「お前こそ、知っているのか? この娘をここへ連れ込んだのはお前か?」
「も……申し訳ございません。殿下のお知り合いとは知らず……」
「もう忘れろ。今しがた起きた現象についても緘口令を敷く。……行くぞ、エイコ」

 皇子がわたしの肩を抱いた。このままじゃ間違いなくエレヅ城へ連れて行かれるけど……皇子と話したい。二人きりで。今ならその機会が訪れるかもしれないと、黙って従った。
 お城に入っても、エステレア宮殿の時のように星詠みの力が使えれば脱出が叶うはず。

(一度、ちゃんと話してみよう)

 初めて会ったあの時、為さなかったそれを今こそ。結局また失望させられるかもしれないけれど。
 無謀だって分かっている。胸に想うのはウラヌスのこと。

(こういう行動、きっと彼は嫌がる。ごめんなさい……でもこれは使命かもしれないの。星はわたしに、共闘するあなたと皇子を視せた。それには意味があると思う)

「随分と大人しいな。何を考えている?」

 皮肉げに皇子は問い掛けてくる。それはそうだ。わたしはずっと全力で彼を拒否し続けてきたんだから。

「……あなたと話がしたいの」

 本当は少しこわい。今だってどんな反応がくるのか、不安だ。
 でも真っ直ぐ見つめた皇子は面食らった様子で、その後に現れたのは……いつもの厳しい表情じゃなかった。

「……そうか」

 <私もだ>。
 返ってきた静かな呟きに今度はわたしが驚く。肩を抱く腕の力が少し、和らいだ。



 ローダー皇子に連れられて、メイグーン地下研究所から結局エレヅ城へやって来た。道中は残念ながらリビウスがずっと一緒で、本題になんて入れなかった。
 優美なエステレア城と違い重厚な格調高さを感じるエレヅ城。初めてエステレア城へ着いた時のように、緋竜はひっそりとした場所へ降り立った。

「手を」

 ウラヌスのように紳士的に手が差し出される。炎のような苛烈さに目を瞑れば、彼も精悍な皇子様だった。
 抱き留められて香り立つのは慣れない匂い。

(とうとう戻って来ちゃったんだ。敵の本拠地へ)

 流石のウラヌス達もここにはそうそう手は出せないだろう。かつてウラヌスとローダー皇子が、互いのお城の外壁を探っていたように。
 つまり自分が頼りだ。もちろん星詠み達もいるけれど、そう何度も危険な目に合わせるわけにはいかない。

「まずは陛下へ帰城のご挨拶をーー」
「嫌! まずは休ませて!」

 皇子から飛び出した話に思わず声を上げる。あくまで彼と話しに来たのであって、あの皇帝に会うのは考えられなかった。

「あまり調子に乗るな。依然としてお前はこの城を去った重罪人に変わりはないのだから」
「……」
「理解したなら行くぞ。何故あの地下研究所にいたのかも聞かせてもらおう」

 なぜって、そんなの……。

「……アザーの仮面の下を見たの。気付いたらあそこだった。……休みたいの。おねがい……」

 涙混じりの声になってしまった。前を向くことで考えないようにしていたのに。
 息を呑む気配がする。しばしの沈黙の後、皇子は了承してくれた。

「……良いだろう。部屋へ」
「殿下」
「リビウス、陛下へお伝えしろ。星詠みには少し休息が必要だと」
「殿下!」

 食い下がるリビウス。何か言いたそうなのは明らかで、彼はわたしを睨んだ。皇子のマント、その内側の紺色がまるで庇うようにわたしを包む。

「今度は私が直々に見張っている。それとも……私の力量に不安があるとでも」

 彼の威圧にリビウスは少し唸って、だけど最終的にこうべを垂れた。
 それから連れて行かれた部屋はあの時と同じ。違うのは侍女がいないことと、代わりにローダー皇子がいること。

「どうしてあんな研究をしているの」

 ソファに腰掛けて開口一番に問うた。

「我が国に協力すると誓うのなら、教えてやろう」

 ……やっぱり彼はこの国の皇族だ。当たり前だけど大事な秘密を教えてはくれない。
 わたしに優しさの片鱗を見せてくれる一方で、敵国故の頑なさで突き放される。そのアンバランスな態度が彼の本質を掴ませてくれない。だから賭けに出てみることにした。もう少し深く探りを入れて、彼の善性を知りたい。

「……アザー崇拝教と、何をするつもりなの」

 味方にならない者がこんな事を知ってるなんて、下手したら命まで狙われるのかもしれない。でもわたしに上手な駆け引きは無理だから、真っ向から訊いてみる。
 黙り込んだ皇子。顰められた眉に失敗したかと思いかけた時、思いも寄らない返答がきた。

「ーー何の話だ?」

 ……え?

「どうして邪教の名が出てくる」
「……知らないの?」
「その口ぶり、まるで我が国が邪教徒共と繋がっているかのようだな」

 彼の様子に嘘は見られない。改めて地下研究所での記憶を手繰り寄せてみたけど、でも……やっぱりアザー崇拝教の姿が在る。

「だって…地下研究所で見たわ。廊下の奥に隠れてアザー崇拝教がこっちを見てた!」

 わたしが言い切ると皇子は考え込んでしまう。その姿に仮説が浮かんだ。

「まさか、奴ら…我々に黙って……」

 ーー皇族に無断で邪教と繋がっている?

「邪教徒は何をしていた?」
「し、知らない……姿を見ただけ」
「そうか。この件を漏らそうものなら……分かるな?」
「漏らすって……あの研究の事も? なんであんな酷いことをするの。人が仮面の下に何を見るか……知ってるの?」
「心の闇ーーだそうだな」

 他人事の声色だった。それを聞いた途端、頭が熱くなって、思わず声を荒げてしまう。

「あなたはあの研究を良く思ってないんでしょ!? どうしてお父さまを止めないの。あんな、あんな人を人とも思わない研究なんて」
「父上はいつも国を想っておられる。豊かな国から来たお前にあの方の苦悩は解るまい」
「国を想うことがあの研究と、エステレアを厭うことにどう繋がるって言うのよ!」
「エステレアは地上の恵みを独占している。星などという不可視の存在を崇め、予言という運命(さだめ)で人々を脅かし、人が辿る可能性を潰しているのだ。全ては奴等にその傲慢を知らしめるため。父上は苦渋のご決断をなさったのだ」

 星の記憶が人々を脅かす? 可能性を潰す?

「違う……星はわたし達により良い未来を迎えて欲しいだけ。人類は向かう先を選べる。エステレアの恵みは彼らが星の愛を識り、深く愛しているから……星もまた、彼らを愛して国が豊かになるんだよ」
「フ…私達の土地が枯れつつあるのは信仰心の薄れが原因であると?」
「……星は、あなた達のことも愛してると思うよ。だって星がこの世界の全てを生み出したんでしょ? エステレア人もエレヅ人も、兄弟だよ。なのにあの地下研究所の人達をまたキメラにするの? そしてエステレアへ攻撃を仕掛けるの? このままじゃ……」

 星がわたしに視せた争う人々。たくさんの死者。
 彼に分かって欲しい。彼なら分かってくれる気がした。

「……戦争になるんだよ……」

 それを彼が良しとするならば、もう、届けられる言葉はないだろう。
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