滅ぼし損ねた世界で

豪村狸

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第一章

人間として魔物を勝たせる方法

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 俺はかつて、魔界を統べし魔王だった。
 誇り高きドラゴン族の魔物だった。
 そんな俺が勇者との対決の末にどうなったかというと。

 人間の子どもに生まれ変わった。

 勇者との決戦で敗れた俺は、その死に際に、魔王だけに伝わる秘術、転生魔法を発動して生まれ変わった。
 それだけ聞くと作戦大成功と締められるのかもしれないが、何に生まれ変わったのかは先に言った通りだ。

 ……どうしてこうなった。
 計画では、どの魔物に生まれ変わったとしても、引き継いだ強大な魔力を用いて早い段階から魔王に復職するはずだった。
 しかし現実は人間に生まれ変わって、どういうわけか魔法も使えなくなっている。
 せっかく引き継いだはずの魔力が放出できなくなっているのだ。
 それ故、俺は平凡な人間の子どもでしかなくなった。
 率直に言って、詰んでいる。

 さて、人間としての俺が誕生してから今に至るまで、実は六年という歳月が既に流れている。
 そこまでの流れを簡単に説明してみようかと思う。



 産まれてからしばらくは、地獄だった。
 というのも、記憶は引き継いでいるし意識はしっかりあるのだが、赤子の状態であるので体が思うように動かせない。
 言葉を発そうとしても、

「ああ、うう」

 というような物しか言えない。
 意識はあるのに体だけは別人のようで、何もできずに仰向けの状態で時間が流れていく。
 何か特殊な病気にでもかかったかのように感じて、しばらくは絶望を感じていた。
 これが魔法でも使えたら、コミュニケーションの方法はいくらでも考えられたのに。

 しかし、やれることは何もないから、とにかく体の成長を待つしかなかった。
 人間の大人達から、

「可愛いね、可愛いね」

 なんて言われながら、触られたり抱っこされたりしても、ただひたすらに耐えていた。
 そういったことをされても特に泣かない赤子だったので、

「レオーくんはお利口さんだね」

 なんて褒められたりもしてたが、当たり前だ。
 体は赤ん坊でも、中身は大人なんだぞ。

 ちなみに、レオーくんってのは俺の人間としての名前だ。
 俺の第二の人生はレオー・エルフィンスという名前でやっていくことが決定した。
 そんなレオーくんは、滅多に泣かない利口な赤子として、近隣住民の間だけで名を馳せたわけだが。
 実は赤ん坊時代に正直泣きたくなったことがあった。
 ……あまり詳しく言いたくないので、手短に終わらせてもらう。

 当時、俺は赤子だったわけで。
 赤子って奴は世話してもらわないと生きていけないわけで。
 便意を催した時や、空腹を満たす時も世話をしてもらうわけで。
 その……乳房に吸い付いたり、粗相の処理をしてもらうわけで。
 中身は大人の俺がいったい何をしてるんだろう、と泣きたくなったが、特に乳房の方はやらないと赤子的には餓死するわけで。

 大人の感性を宿している身としては大変に辛かったと言えるが、赤子が生きるためには重要なことなので、心を殺してやりきった。

 そんな辛い時期を乗り越え、俺は無事に二歳を迎えた。
 この頃になると、体は歩くことを覚え、声帯も機能し、いよいよコミュニケーションが可能となった。
 偉大なる元魔王として、如何に魔物は偉大なのか、そして如何に人間が愚かなのか、人間共に説いてやったが。

「この子は大丈夫か? 何でこんなに魔物に肩入れするんだ?」と、心配されたり。
「でも、この子は自分の意見もはっきりしてるし、いろんな言葉をたくさん知ってる。凄いねぇ」と、感心されたり。
「この子を見てると、馬鹿と天才は本当に紙一重なんだなって思うよ」と、失礼な感想を言われたり。

 色んな人間の大人達から様々なことを言われたけど、それぞれの意見に共通しているのは、俺の言うことなど真に受けてない一点のみである。
 何故こいつらは人間の愚かさに気が付かないのか、と疑問に思ったが、いや待て、逆の立場で考えてみよう。
 俺がまだ威厳ある魔王だったあの頃、もしも部下にこう言われたとする。

「魔王様、魔物は愚かでございます。人間こそが正しく至高、今すぐにでも人間に降るべきです」

 ……うん、頭がおかしい。
 なるほど、俺はこういう状態に陥っているわけか。
 だとすれば、これ以上主張を繰り返しても、俺の評価を悪くしていくだけだ。
 別に人間に好かれたいとは思っていないが、今の俺は人間としてこいつらと共に生きていくしかない。
 だとすれば、いたずらに印象を悪化させても利点など一切ない。
 ならば、評価が落ちきる前に、人間側からして無難な良い子を演じる方が正解と言えよう。
 ……本当の正解は、人間共が自らの愚かさを今すぐ思い知り、魔物に適切な態度をとることなんだがな。
 とにかく、コミュニケーションが図れるようになった俺だったが、魔物の素晴らしさを普及する活動は早々に諦めた。
 幸いなことに、多感な子どもがたまたま敵に感情移入しすぎてたんだろう、と片付けられて、俺の評価が落ちることはなかった。

 魔物は偉大なんだというキャンペーンは上手くいかなかったが、せっかく喋れるようになった機会を、この失敗だけで終わらせるつもりはなかった。
 というわけで、俺は子どもという立場を最大限に利用して、身近な大人達に質問攻めをした。

「何で? どうして?」

 というような単語を繰り返す子どもの質問攻めの破壊力は、俺としても覚えがある。
 さらに厄介なのは、大人はこれを無視するわけにもいかない。
 その辺の関係図は人間も同じなようで、人間の大人達は俺の質問に対して疲弊しながらも律儀に答えてくれた。
 この技を使って聞き出した情報をまとめると、次のようになる。

 まず、ここはクワイタ村という、田舎の小さな集落だそうだ。
 まあそれに関しては、俺も赤子ながらに見てきたから何となくは察していた。
 基本的に緑しかないもんな、この村。
 いや、決して貶めているわけではなくてだな。

 それはさておき、魔物と人間が争っている現在において、ここは魔界から遠く離れた地域で、今時珍しく平和に過ごせる村だという。
 確かにこの村では争いが起きないな、と思ってはいた。
 俺が赤子なので、そういう有事の際には避難させられていた、というわけでもなく、そもそも争い自体が起きていないといった印象だった。
 なるほど、魔界から遠く離れた田舎の僻地であれば、魔物側からしても落とすメリットがない。
 俺達魔物は無益な殺生がしたいわけじゃないしな。
 緑溢れるいい場所だと思うし、魔界とか人間界とか関係なく、抑えられる戦禍はとことん抑えるべきだ。
 この考え方が人間にも浸透していけばいいんだけどな……。

 村の事はほどほどに、気になるのは俺こと魔王亡き後の魔界のことだ。
 争いに関して村は関わりがないからそもそもあまり知らないというのと、子どもに聞かせるような話ではないということで、中々話してくれなかった。
 しかし、そこは子どもの粘りを見せ、簡潔ながらも情報を聞き出した。

 一言で言えば、また新たに魔王が現れたみたいで、魔界と人間界の争いは今も継続中、だそうだ。
 当たり前と言えば、その通りである。
 魔王という魔界のトップの座が空位になって、それをいつまでも空っぽのまま放置するわけもない。
 俺だって、先代魔王が亡くなった際に、自らの実力を示して魔王の座に就いたわけだし。
 そして俺が死んだとあれば、また別の魔物が魔王職に就き、魔界を引っ張っていく。
 そういう繰り返しを経て、現在の魔界があるのだ。

 しかし人間界では、魔王という存在はもっと概念じみた凄い存在だと思われてるそうで、魔王さえ倒したら争いが終わると信じられてたそうな。
 そう簡単に世界に復活する存在だと思われてなかったみたいで、人間サイドとしては大変なショックだったそうな。
 人間の寿命は確か、長くても百年程度だったか。
 なら、魔王の代替わりの瞬間を知らなくても無理はないか。
 俺が魔王になったのも、遡ると何百年か前になるしな。

 そしてここからは勇者の話だ。
 あの憎き勇者の情報も仕入れておきたい。
 奴の強さの源は何なのか?
 もしそれがわかって、なおかつ、封じられそうなものであれば、ここを抑える他にない。
 恐らく、あの勇者さえ倒すなり封じるなりすれば、他に脅威となる人間は存在しないと考えられる。
 勇者一人倒すことが叶えば、それだけで魔物側の勝利が約束されたも同然だ。
 だからこそ、高が人間でありながら俺を倒した力の秘密はどうしても知っておきたかった。

 しかし、勇者の強さの秘密は一般にも知られていないらしい。
 子どもの強みを全面に出して相当粘ってみたが、それでも知らないと言い切られたので、本当に知らないんだと思う。
 困ったな、ここを押さえておけば、一気に魔物が勝利を掴めると思ったのに。
 この困った感情が表情に出ていたのか、質問攻めにした人間の大人が次のように切り出した。

「ただ、歴代の勇者様は皆が例外なく不思議な力を使ったそうだよ。もしかしたら勇者になることで力を得られるのかもね」

 だからレオーも大丈夫だよ、と最後に付け加えられたが、こいつは俺が勇者になりたがってたとでも勘違いしたんだろうか?
 素質が無いと勇者になれないとなると、さっそく子どもの夢が壊れるから、凡人でも勇者にはなれるのかもという予防線を張ったわけだ。
 特別な強さを誇るから勇者になるのではなく、勇者になれば特別な強さを得られる……咄嗟の言い分にしては面白い観点かもしれない。
 もしも真相が後者であれば、俺を打ち負かすほどの強い人間を意図して作り上げる方法があるということだ。
 その方法を潰せば人間側の戦力は大幅にダウンするし、いっそのこと、その方法で俺が勇者になって力を得るのも面白いかもしれない。

 ……ああ、そうか。
 俺が勇者になってしまえばいいんだ。

 俺を倒したあの勇者を潰す方法を考えなくてもいい。
 その次の世代、つまりは人間に生まれ変わった俺が大人になる頃に、勇者の力の秘密を自ら握ってしまえばいいんだ。
 そして勇者の力を得た俺が、その瞬間に魔物側に復帰して人間共を滅ぼせばいい。
 この計画だと長期的なものになるので、それまで魔界があの勇者相手に持ちこたえられるか、正直不安ではある。
 そもそも勇者の力の秘密だって現状では不透明すぎて、それを計画に組み込んで大丈夫なのか、そこから怪しい。
 だが、魔法すら使えない人間のガキに成り下がった今の俺があの勇者を倒すことの方が無謀にも思える。
 だから俺は、仮定だらけの不確かな計画だとしても、それに縋って進んでいくしかないのだ。
 俺は勇者となって、あの強大な力を得る。

 こうして、人間に生まれ変わって絶望しかなかった俺の第二の人生に光が差し込んできた。
 この計画を成功させるためにも、地道に活動していくしかない。



 さて、人生の指針が定まったエピソードはそろそろ終えて、話を現在に戻そう。
 六年という歳月を生きてきた俺だが、ここからが勇者を目指す上で重要になってくる。
 何故かというと、この年齢になるとクワイタ村の子どもたちは学校に通うことになっているからだ。

 勇者のなり方は現段階では謎だが、自分で勝手に目指せる物ではなく才能有りと認められた人物のみ挑戦できる物だとしたら、どうだろうか?
 もしそうだとしたら、密かに頑張って実力をつけるだけでは道が開かれない。
 努力の結果を世間に知らしめて誰もが認める凄い奴になっておかないと、場合によってはさっそく計画が頓挫する可能性もあるのだ。
 そこで、この学校で文武において圧倒的な実績を残すことを第一の目標にしようと考えている。

 ここクワイタ村は、わずかな人間と多くの家畜達が暮らす緑に囲まれた僻地だ。
 学校が教えることも、一般的な学問を学ばせた後は農業をメインに教えていくらしい。
 この村に生まれた以上、ずっとこの村と共に生活していき、野菜や家畜を育てながら平和に生きていくのが普通だそうだ。
 その中で、俺が神童として世間に名を馳せれば、普通に成り上がるよりも目立つかもしれない。
 まさかあんな田舎の村からこんな天才が出てくるとは、といった感じで。
 そうなると、仮に勇者のなり方がスカウト制度だとしても、俺が成人する頃に王都の方からお声がかかるかもしれない。
 そういう環境づくりのために、この学校での俺の暮らしぶりが大変重要となってくるのだ。

 前世の記憶はバッチリ受け継いでいるから、知識に関しては子どもの範疇を越えている。
 故に、文武における文の方向では、しっかりと結果を残せるだろう。
 武の面においても、元は魔王にまで上り詰めたドラゴンなんだから、絶対に戦闘センスは秀でてるはずだ。
 引き継いだはずの魔力は何故か使えなくなったが、ドラゴン族はもともと肉弾戦を得意とした魔物だから、人間の体でもその辺には自信がある。

 ……いける。
 俺は絶対に、小さなこの村では収まりきらない勇者の器となる。
 そして勇者の道を切り開き、あの力を得て魔界に貢献するのだ!

 こうして俺の野望に満ちた学校生活が始まるのだった。
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