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第一章
小さくも大きな壁
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人間界の田舎にあるクワイタ村にて、人間の子どもレオー・エルフィンスとして第二の人生をスタートさせた元魔王の俺なのだが。
勇者の力を魔界に取り込むため、勇者を目指して奮闘中である。
奮闘中、という表現はしたものの、実際にはそんなに大したことはできていない。
具体的に言えば、年齢が達したら誰もが通う学校で、優等生をやっているだけだ。
周りが本当の子どもで溢れかえっている中で、俺だけは中身が大人だから、勉学においては常にトップをひた走っている。
魔物も人間も使う言葉は一緒だから、言語学なんかも何ら問題なく好成績を残せている。
計算などの他の科目も普通に順調、唯一ちょっと躓いたのは歴史関係だった。
というのも、歴史……俺の立場だと人間史と言った方がしっくりくるが、この人間史が人に都合よく解釈されすぎだと思う。
一方的に魔物を悪者にしているので、元魔物の俺はもちろん怒りを覚えるわけだが、ここで怒りを露わにすると現人間の俺としてはまずい。
冷静になることで感情的な部分はどうにか制御できたんだけど、魔物には知りえない事細かな人間史などもあるから普通に難しく感じてる。
他の子ども達のように無知の状態から知識を詰め込むのじゃなくて、人間的には間違ってる魔界史を有してるとこからのスタートだからな。
そんな感じで躓いたけど、すぐに対応して間もなく歴史関連もトップの地位に辿り着いた。
中身が大人の俺としては、子ども相手に知識で負けるわけにもいかないし。
というわけで、学校での俺の立ち位置は、成績トップで先生からも一目置かれる存在に落ち着いた。
こういう評価が積もりに積もって、やがて神童として俺の名が世間に轟けばいいのだが、最近は少し不安を感じている。
というのも、この村は本当に田舎過ぎて、人間界ですら孤立してるんじゃないかと思い始めたからだ。
生活は完全に自給自足で成り立っており、少なくとも人間を始めてからの六年間の中で、俺は外部から来た人間を見たことがない。
俺がここで神童の評価を得たとしても、その情報がひとりでに行き来するわけでもなく、誰かしら伝言役が必要である。
しかし、外部からこの村に訪れる者もいなければ、この村を出て王都など他の都市へ移り住もうという者もいない。
このままでは、レオーは凄い奴だなぁ、という評価がこの村の中だけで巡るばかりだ。
しかし、そういった問題点があるとわかっていても、現状は子どもでしかない俺に出来ることは限られている。
例えば、得た名声が世間に出回りやすいであろう王都などの環境に俺自身が移る案を出してみようか。
でも、いくらクワイタ村周辺が平和だとしても、今は人間と魔物が戦争を行っている世界情勢だ。
その中で子どもが都市を目指して長旅をするのはあまりに危険が多く、現実的な案とは言えない。
ちゃんと引き継いだはずの魔力も何故だか使えなくなってる今、俺はただの勉強ができる人間のガキに過ぎないんだ。
じゃあ村の大人達を説得して護衛役になってもらって、皆で王都でも目指せばいいじゃんって案も出してみようか。
……まず説得に応じないだろうな。
この村は本当に平和な所で、世界が戦争を行う中、民の立場で考えれば理想郷とも言えるような場所なんだ。
そこから、いくら栄えているとしても敵の魔物から襲われたりするかもしれない中心部に移り住むメリットが一般人には少ない。
利便性より命の安定を重視するのが大半の意見だと思うし、ましてや大人が子どもを危険に晒すような真似はしないだろう。
俺は中身が魔王なので、魔物達のために人間界を滅ぼす使命があるから勇者の道を目指したいが、そんなのは周りの人間達が知ったことではない。
自分や子どもが安心して暮らせる平穏な日々の方がよっぽど大事なのだ。
仮に説得が成功したとして、戦いを知らない大人達を同行させて旅に出ても、戦力としては高が知れている。
結局、俺が村を出る案は何れも無理だという結論に至るので、今は学校でお利口さんを演じるしか出来ることがないのだ。
さて、そんな成績優秀なお利口さんは、先生からも一目置かれる。
俺はいつしか、先生から生徒達のまとめ役である生徒委員長という役割を貰っていた。
村で生きていく術を叩きこむことが主な目的のこの学校には、村の子ども達全員がその身を置いてる。
そんな子ども達のまとめ役は、普通は年齢が上の子どもが担うことが多いそうだ。
ところが俺は入学して間もない立場ながら、勉学においてはずば抜けて優秀だし、年齢不相応に冷静であるということで大抜擢となった。
まあ、本当は中身が大人なんだし、魔物のリーダーやってたくらいなんだから、子どもの頂点に立つのは容易い。
一方、子ども達の方は入学したての奴に出し抜かれて内心面白くないのでは、と危惧したが、それはいらない心配だった。
年齢が上とか下とか、そういうのはほとんどの子どもが気にしておらず、同じ村の友達という認識が強いようだ。
その子ども達のまとめる生徒委員長の座を教師から授かったとあれば、この村の同世代は支配した、と大袈裟だけどそう言えるかもしれない。
ところが、そうもいかない障壁が一つあった、というよりも一人いた。
ダッドロッジ・リネガーその人である。
このダッドロッジは、俺の人間年齢よりいくつか上の、縦にも横にも大柄な男児だ。
暴力で周りの子ども達を従わせて自分が子らの中心になりたがっている、問題児と括っていいガキだろう。
先ほど、年齢の上下をほとんどの子どもが気にしていないと言ったけど、そのほとんどから外れて快く思ってないのが彼である。
数人の子分を引き連れて、暴力による恐怖政治を敷こうとするダッドロッジのことを、皆は嫌いつつも逆らえないでいた。
その分、特に暴力を振るうこともないまとめ役の俺が代わりに人気を得てしまうのだが、それがまたダッドロッジにしてみると面白くない。
「よう、チビ。年下のくせに、先生に媚びて皆のリーダー気取りか?」
このように、ダッドロッジは毎日のように俺に絡んでくる。
年齢の違いはあれど、子どもの人数が村の規模同様に多くないので、年齢に関係なく皆が同じ教室で学んでいる。
なので、否が応でも毎日顔を合わせるので、ダッドロッジからのこういう喧嘩腰を常に耳に入れなくてはならなかった。
今日も朝からいきなり絡まれて、さわやかな朝の余韻が台無しである。
「気取るも何も、先生から直に生徒委員長を任命されてるから、俺はそれを全うしてるだけだよ」
内心では若干イラついているものの、俺は冷静さを保って淡々と言葉を返す。
だが、こういう挑発気味に絡んでくる相手というのは、怖がったり怒ったりというような返答を期待しているのではないかと思う。
それが正解かどうかは知らないが、少なくともダッドロッジは冷静な態度の俺を見て、あからさまに不満を表している。
そして、こういうタイプが不満になると出る行動というのが暴力である。
「うるせえ! チビで年下のくせに、偉そうにするんじゃねえ!」
そう叫び終えた次の瞬間、奴の蹴り上げた右足が俺の腹部に突き刺さった。
ダッドロッジが散々繰り返しているように、人間での俺は小柄な体型である。
元ドラゴンの俺は人間の体型事情はよくわからないが、とりあえず同じ年齢の子どもと比べても上背はない。
そんな小さな俺が、年上で大柄なダッドロッジに蹴られて耐えられるはずもなく、その衝撃で吹っ飛んだ。
少しだけ後ろに吹き飛んでから尻餅をつくように着地、そのまま教室の床を滑って壁に激突、壁を背もたれのようにして座り込む形になった。
その俺を追い詰めるようにつかつかと歩み寄るダッドロッジとその取り巻き。
そして座り込んでいる俺の胸倉をダッドロッジが掴む。
「お前がリーダーなんて認めないからな。これ以上痛い目に遭いたくなかったら、俺にその座を明け渡せよ」
胸ぐらを掴んだまま、睨みつけて脅してきた。
ここからもう少し打撃が来るかと身構えたけど、どうやら今回はこの脅迫だけで終わりらしい。
これだけ告げるとダッドロッジはその手を放して、さっさと離れていった。
このガキの小賢しいところは、必要以上に暴力は繰り出さない点である。
殴打する場所は衣服で隠れるようなところを選び、その回数も必要最低限に抑えることで、被害者側は見た目はそんなに負傷した感が出ない。
だからこそ先生や他の大人達が、こいつが陰で恐怖政治を敷こうとしていることに気が付かないというわけだ。
それどころか、先生の前だと活発な良い子を演じているので、俺が生徒委員長を辞退すれば、次は本当にこいつが指名されかねない。
逆らうと殴られるという恐怖感が他の子どもの自発性を制御しているので、こいつがリーダーになる可能性はむしろ高いとすら言える。
ガキながら上手い事立ち回るもんだなあ、なんて思ったりもするんだが、今は俺が被害者側なので悠長なことも言ってられない。
俺の人間生活を平穏無事にするためにも、ここはひとつ、真のリーダーとして解決を図ろうではないか。
ただ、解決するだけなら図るまでもなく簡単である。
奴のやり方がやり方なので、他にも多くいる被害者側の子ども達は全員が俺の味方だ。
そして俺個人は真面目に優等生をやっているので、先生を含む大人達も味方になってくれると言っていいだろう。
この環境下であれば、ダッドロッジの悪事を暴いて奴を失脚させるのなんて実に容易い。
証人も十分であるし、証拠だって毎日のようにあんな事をしてればいくらでも集められる。
人脈と策略を以てかかれば、ガキの悪だくみなんて即座に解決の運びとなるわけだ。
しかし、そんな方法で解決する気は俺にはない。
結局のところ、魔物と人間が争うこの世界で、最後に物を言うのは武力だ。
俺があの勇者との戦いで負けたから、今なお世界は争いで満ちている。
今度こそ俺が悪しき人間達を倒して魔物の世を平和で包むためにも、俺は人間として強くならなければならない。
しかし俺は、人間として強くなる方法なんて全く知らない状態だ。
ドラゴン族は自然と強い体に仕上がるし、ダッドロッジの体格から察すると人間の中にも自然と強く成長する奴がいるらしい。
でも、俺の体は同年代の人間と比べても小柄で、このままでは強く育つのを期待するのは難しいように思う。
だからこそ、この小さな体で相手を倒す武力、その秘密を探る必要がある。
ドラゴンから見ればとても小さかったあの勇者だって、結果としては俺を負かした。
サイズや種族だけでは決まらない強さの秘密が、人間にはあるのだと思う。
そんな強さの秘密を探るのに、ダッドロッジは良い練習相手になると思う。
ガキの喧嘩として奴と一戦交えることは、人間の姿で戦うにはどうすればいいかの練習に繋がる。
子ども同士の喧嘩なので、命が危険に晒される恐れもほぼないだろうし、良い戦闘訓練だと言えるんじゃないだろうか。
将来的に勇者を目指す俺としては、体格で勝るダッドロッジに戦いで勝つことこそ、その第一歩に繋がるんじゃないかと思う。
多少大袈裟かもしれないけど、このガキ大将を武力でねじ伏せるくらい出来ないと、もう勇者の道が途絶えるような気すらする。
だから俺は、こいつを武力で征すことで、問題を解決せねばならないと思うんだ。
「ちょっと待てよ」
蹴り飛ばして脅迫した相手から呼び止められて、ダッドロッジは振り返った。
奴が反応したことを確認して、俺は話しかける。
「同じ村の仲間だと思って、ずっと我慢してきたけど、もう限界だ。ダッドロッジ、お前を許さない」
「へぇ、許さないのか。で、許さないから何なんだ? まさかチビのお前が俺を倒そうっていうのか?」
「たぶんお前は、強い奴こそがリーダーになるべきだと考えてるよな?」
「そうだよ、お前みたいな小賢しく先生に媚びるような奴がリーダーなんて認めない。俺みたいに強い人間が引っ張るべきなんだよ」
「じゃあこのまま俺がリーダーで問題ないな」
「は?」
強い奴こそが引っ張るべき、そうはっきりと告げた瞬間に予想外の返答が来たことで、ダッドロッジは固まってしまった。
固まってる間に畳みかけてやろう、と俺は皆の前でしっかりと宣戦布告をする。
「俺がお前をぶっ倒して、誰がリーダーに相応しいか証明してやる。俺が勝ったら、お前はもう皆に暴力を振るわないと誓え!」
クラスメート達もはっきりと耳にした。
俺はダッドロッジに喧嘩を売ったのだ。
こうして、転生前には魔王として勇者と死闘を繰り広げていた俺が、次なる戦闘へと身を移すことになった。
相手は田舎村のガキ大将なので、戦闘の規模はあまりにもスケールダウンしたと言わざるを得ない。
でもこの戦いの勝利こそが、最強の人間である勇者への第一歩になると信じている。
自分よりも大柄なダッドロッジに勝つことで、体格だけでは定まらない人間の強さの秘密を学んでいくんだ。
この小さくも大きな壁を乗り越えて、俺の野望に確かな道筋を示していこうと思う。
勇者の力を魔界に取り込むため、勇者を目指して奮闘中である。
奮闘中、という表現はしたものの、実際にはそんなに大したことはできていない。
具体的に言えば、年齢が達したら誰もが通う学校で、優等生をやっているだけだ。
周りが本当の子どもで溢れかえっている中で、俺だけは中身が大人だから、勉学においては常にトップをひた走っている。
魔物も人間も使う言葉は一緒だから、言語学なんかも何ら問題なく好成績を残せている。
計算などの他の科目も普通に順調、唯一ちょっと躓いたのは歴史関係だった。
というのも、歴史……俺の立場だと人間史と言った方がしっくりくるが、この人間史が人に都合よく解釈されすぎだと思う。
一方的に魔物を悪者にしているので、元魔物の俺はもちろん怒りを覚えるわけだが、ここで怒りを露わにすると現人間の俺としてはまずい。
冷静になることで感情的な部分はどうにか制御できたんだけど、魔物には知りえない事細かな人間史などもあるから普通に難しく感じてる。
他の子ども達のように無知の状態から知識を詰め込むのじゃなくて、人間的には間違ってる魔界史を有してるとこからのスタートだからな。
そんな感じで躓いたけど、すぐに対応して間もなく歴史関連もトップの地位に辿り着いた。
中身が大人の俺としては、子ども相手に知識で負けるわけにもいかないし。
というわけで、学校での俺の立ち位置は、成績トップで先生からも一目置かれる存在に落ち着いた。
こういう評価が積もりに積もって、やがて神童として俺の名が世間に轟けばいいのだが、最近は少し不安を感じている。
というのも、この村は本当に田舎過ぎて、人間界ですら孤立してるんじゃないかと思い始めたからだ。
生活は完全に自給自足で成り立っており、少なくとも人間を始めてからの六年間の中で、俺は外部から来た人間を見たことがない。
俺がここで神童の評価を得たとしても、その情報がひとりでに行き来するわけでもなく、誰かしら伝言役が必要である。
しかし、外部からこの村に訪れる者もいなければ、この村を出て王都など他の都市へ移り住もうという者もいない。
このままでは、レオーは凄い奴だなぁ、という評価がこの村の中だけで巡るばかりだ。
しかし、そういった問題点があるとわかっていても、現状は子どもでしかない俺に出来ることは限られている。
例えば、得た名声が世間に出回りやすいであろう王都などの環境に俺自身が移る案を出してみようか。
でも、いくらクワイタ村周辺が平和だとしても、今は人間と魔物が戦争を行っている世界情勢だ。
その中で子どもが都市を目指して長旅をするのはあまりに危険が多く、現実的な案とは言えない。
ちゃんと引き継いだはずの魔力も何故だか使えなくなってる今、俺はただの勉強ができる人間のガキに過ぎないんだ。
じゃあ村の大人達を説得して護衛役になってもらって、皆で王都でも目指せばいいじゃんって案も出してみようか。
……まず説得に応じないだろうな。
この村は本当に平和な所で、世界が戦争を行う中、民の立場で考えれば理想郷とも言えるような場所なんだ。
そこから、いくら栄えているとしても敵の魔物から襲われたりするかもしれない中心部に移り住むメリットが一般人には少ない。
利便性より命の安定を重視するのが大半の意見だと思うし、ましてや大人が子どもを危険に晒すような真似はしないだろう。
俺は中身が魔王なので、魔物達のために人間界を滅ぼす使命があるから勇者の道を目指したいが、そんなのは周りの人間達が知ったことではない。
自分や子どもが安心して暮らせる平穏な日々の方がよっぽど大事なのだ。
仮に説得が成功したとして、戦いを知らない大人達を同行させて旅に出ても、戦力としては高が知れている。
結局、俺が村を出る案は何れも無理だという結論に至るので、今は学校でお利口さんを演じるしか出来ることがないのだ。
さて、そんな成績優秀なお利口さんは、先生からも一目置かれる。
俺はいつしか、先生から生徒達のまとめ役である生徒委員長という役割を貰っていた。
村で生きていく術を叩きこむことが主な目的のこの学校には、村の子ども達全員がその身を置いてる。
そんな子ども達のまとめ役は、普通は年齢が上の子どもが担うことが多いそうだ。
ところが俺は入学して間もない立場ながら、勉学においてはずば抜けて優秀だし、年齢不相応に冷静であるということで大抜擢となった。
まあ、本当は中身が大人なんだし、魔物のリーダーやってたくらいなんだから、子どもの頂点に立つのは容易い。
一方、子ども達の方は入学したての奴に出し抜かれて内心面白くないのでは、と危惧したが、それはいらない心配だった。
年齢が上とか下とか、そういうのはほとんどの子どもが気にしておらず、同じ村の友達という認識が強いようだ。
その子ども達のまとめる生徒委員長の座を教師から授かったとあれば、この村の同世代は支配した、と大袈裟だけどそう言えるかもしれない。
ところが、そうもいかない障壁が一つあった、というよりも一人いた。
ダッドロッジ・リネガーその人である。
このダッドロッジは、俺の人間年齢よりいくつか上の、縦にも横にも大柄な男児だ。
暴力で周りの子ども達を従わせて自分が子らの中心になりたがっている、問題児と括っていいガキだろう。
先ほど、年齢の上下をほとんどの子どもが気にしていないと言ったけど、そのほとんどから外れて快く思ってないのが彼である。
数人の子分を引き連れて、暴力による恐怖政治を敷こうとするダッドロッジのことを、皆は嫌いつつも逆らえないでいた。
その分、特に暴力を振るうこともないまとめ役の俺が代わりに人気を得てしまうのだが、それがまたダッドロッジにしてみると面白くない。
「よう、チビ。年下のくせに、先生に媚びて皆のリーダー気取りか?」
このように、ダッドロッジは毎日のように俺に絡んでくる。
年齢の違いはあれど、子どもの人数が村の規模同様に多くないので、年齢に関係なく皆が同じ教室で学んでいる。
なので、否が応でも毎日顔を合わせるので、ダッドロッジからのこういう喧嘩腰を常に耳に入れなくてはならなかった。
今日も朝からいきなり絡まれて、さわやかな朝の余韻が台無しである。
「気取るも何も、先生から直に生徒委員長を任命されてるから、俺はそれを全うしてるだけだよ」
内心では若干イラついているものの、俺は冷静さを保って淡々と言葉を返す。
だが、こういう挑発気味に絡んでくる相手というのは、怖がったり怒ったりというような返答を期待しているのではないかと思う。
それが正解かどうかは知らないが、少なくともダッドロッジは冷静な態度の俺を見て、あからさまに不満を表している。
そして、こういうタイプが不満になると出る行動というのが暴力である。
「うるせえ! チビで年下のくせに、偉そうにするんじゃねえ!」
そう叫び終えた次の瞬間、奴の蹴り上げた右足が俺の腹部に突き刺さった。
ダッドロッジが散々繰り返しているように、人間での俺は小柄な体型である。
元ドラゴンの俺は人間の体型事情はよくわからないが、とりあえず同じ年齢の子どもと比べても上背はない。
そんな小さな俺が、年上で大柄なダッドロッジに蹴られて耐えられるはずもなく、その衝撃で吹っ飛んだ。
少しだけ後ろに吹き飛んでから尻餅をつくように着地、そのまま教室の床を滑って壁に激突、壁を背もたれのようにして座り込む形になった。
その俺を追い詰めるようにつかつかと歩み寄るダッドロッジとその取り巻き。
そして座り込んでいる俺の胸倉をダッドロッジが掴む。
「お前がリーダーなんて認めないからな。これ以上痛い目に遭いたくなかったら、俺にその座を明け渡せよ」
胸ぐらを掴んだまま、睨みつけて脅してきた。
ここからもう少し打撃が来るかと身構えたけど、どうやら今回はこの脅迫だけで終わりらしい。
これだけ告げるとダッドロッジはその手を放して、さっさと離れていった。
このガキの小賢しいところは、必要以上に暴力は繰り出さない点である。
殴打する場所は衣服で隠れるようなところを選び、その回数も必要最低限に抑えることで、被害者側は見た目はそんなに負傷した感が出ない。
だからこそ先生や他の大人達が、こいつが陰で恐怖政治を敷こうとしていることに気が付かないというわけだ。
それどころか、先生の前だと活発な良い子を演じているので、俺が生徒委員長を辞退すれば、次は本当にこいつが指名されかねない。
逆らうと殴られるという恐怖感が他の子どもの自発性を制御しているので、こいつがリーダーになる可能性はむしろ高いとすら言える。
ガキながら上手い事立ち回るもんだなあ、なんて思ったりもするんだが、今は俺が被害者側なので悠長なことも言ってられない。
俺の人間生活を平穏無事にするためにも、ここはひとつ、真のリーダーとして解決を図ろうではないか。
ただ、解決するだけなら図るまでもなく簡単である。
奴のやり方がやり方なので、他にも多くいる被害者側の子ども達は全員が俺の味方だ。
そして俺個人は真面目に優等生をやっているので、先生を含む大人達も味方になってくれると言っていいだろう。
この環境下であれば、ダッドロッジの悪事を暴いて奴を失脚させるのなんて実に容易い。
証人も十分であるし、証拠だって毎日のようにあんな事をしてればいくらでも集められる。
人脈と策略を以てかかれば、ガキの悪だくみなんて即座に解決の運びとなるわけだ。
しかし、そんな方法で解決する気は俺にはない。
結局のところ、魔物と人間が争うこの世界で、最後に物を言うのは武力だ。
俺があの勇者との戦いで負けたから、今なお世界は争いで満ちている。
今度こそ俺が悪しき人間達を倒して魔物の世を平和で包むためにも、俺は人間として強くならなければならない。
しかし俺は、人間として強くなる方法なんて全く知らない状態だ。
ドラゴン族は自然と強い体に仕上がるし、ダッドロッジの体格から察すると人間の中にも自然と強く成長する奴がいるらしい。
でも、俺の体は同年代の人間と比べても小柄で、このままでは強く育つのを期待するのは難しいように思う。
だからこそ、この小さな体で相手を倒す武力、その秘密を探る必要がある。
ドラゴンから見ればとても小さかったあの勇者だって、結果としては俺を負かした。
サイズや種族だけでは決まらない強さの秘密が、人間にはあるのだと思う。
そんな強さの秘密を探るのに、ダッドロッジは良い練習相手になると思う。
ガキの喧嘩として奴と一戦交えることは、人間の姿で戦うにはどうすればいいかの練習に繋がる。
子ども同士の喧嘩なので、命が危険に晒される恐れもほぼないだろうし、良い戦闘訓練だと言えるんじゃないだろうか。
将来的に勇者を目指す俺としては、体格で勝るダッドロッジに戦いで勝つことこそ、その第一歩に繋がるんじゃないかと思う。
多少大袈裟かもしれないけど、このガキ大将を武力でねじ伏せるくらい出来ないと、もう勇者の道が途絶えるような気すらする。
だから俺は、こいつを武力で征すことで、問題を解決せねばならないと思うんだ。
「ちょっと待てよ」
蹴り飛ばして脅迫した相手から呼び止められて、ダッドロッジは振り返った。
奴が反応したことを確認して、俺は話しかける。
「同じ村の仲間だと思って、ずっと我慢してきたけど、もう限界だ。ダッドロッジ、お前を許さない」
「へぇ、許さないのか。で、許さないから何なんだ? まさかチビのお前が俺を倒そうっていうのか?」
「たぶんお前は、強い奴こそがリーダーになるべきだと考えてるよな?」
「そうだよ、お前みたいな小賢しく先生に媚びるような奴がリーダーなんて認めない。俺みたいに強い人間が引っ張るべきなんだよ」
「じゃあこのまま俺がリーダーで問題ないな」
「は?」
強い奴こそが引っ張るべき、そうはっきりと告げた瞬間に予想外の返答が来たことで、ダッドロッジは固まってしまった。
固まってる間に畳みかけてやろう、と俺は皆の前でしっかりと宣戦布告をする。
「俺がお前をぶっ倒して、誰がリーダーに相応しいか証明してやる。俺が勝ったら、お前はもう皆に暴力を振るわないと誓え!」
クラスメート達もはっきりと耳にした。
俺はダッドロッジに喧嘩を売ったのだ。
こうして、転生前には魔王として勇者と死闘を繰り広げていた俺が、次なる戦闘へと身を移すことになった。
相手は田舎村のガキ大将なので、戦闘の規模はあまりにもスケールダウンしたと言わざるを得ない。
でもこの戦いの勝利こそが、最強の人間である勇者への第一歩になると信じている。
自分よりも大柄なダッドロッジに勝つことで、体格だけでは定まらない人間の強さの秘密を学んでいくんだ。
この小さくも大きな壁を乗り越えて、俺の野望に確かな道筋を示していこうと思う。
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