麗しの暴君サマに愛され過ぎて困っています。

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番外編アツメターノ

圭過去編:卒業

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 その日、智子は自宅でのんびりと過ごしていた。大学は長い春休み。バイトも夕方からで、日中、特段用事もなかった。リビングのソファに寝転がり、ダラダラとスマートフォンを弄っていると、玄関の扉が開く音がした。兄は仕事に行っているし、祖父母は公民館で集まりがあると朝から出かけている。

「ただいまぁ……」

 末の弟の声。ただ、いつものように元気がない。不思議に思いながら玄関まで足を運び、弟の姿にギョッと目を丸くした。

「ちょっと、圭、あんた、その格好どうしたのよ」
「取られた~」

 ほぼ半泣きの状態で呆然と玄関に立ち尽くしている弟は、学ランどころか中のシャツまでボタンが取られ、肌が見えている。手にしている卒業証書の筒と学ランの左胸に付けられているパステルブルーのスズランのコサージュで、今日が中学校の卒業式だったことを悟った。

「へ~、圭って意外とモテたのね」

 男子とばかりつるんでいるし、女子の話題なんて一つもなかった弟の意外な一面にも驚いた。顔が悪いという訳ではないが、カッコいいと呼ばれる部類のタイプではない。どちらかと言えば可愛い方だ。そういう顔が好みの女子もいるだろうが、このくらいの歳の頃ならば前者の方が人気だろう。

「ちっげーよ、これ全部男に取られたの!」

 玄関で靴を脱ぎながらなぜか半泣き状態に加えて少しキレ気味に言う弟の言葉にまたしても驚いた後、智子の口から大きな溜め息が零れた。
 弟が変態ホイホイなのは知っていたが、中学校最後の日までこんなことになっているとは予想していなかった。

「卒業式、パパとママも見に行ったんじゃなかったの?」
「かーちゃんととーちゃん、式終わったら『2人でデートして帰る』って言ってすぐどっか行っちまったもん」
「あっそう……」

 いくつになってもラブラブっぷりが変わらない両親らしい行動だ。智子が家にいるから、昼食などの用意は問題ないと思ったのだろう。何でもそつなくできるタイプだ。別に料理が苦手な訳ではない。2人分くらいあっという間にできる。

「でも、ヒロ君とナオ君もいたんじゃないの?」
「ヒロもナオも、なんか2年の女子に呼ばれてどっか行っちゃったし」
「あ~……」

 圭の幼馴染の名前を出せば、想像に易い話が出て来て納得した。卒業式の定番「告白タイム」だろう。2人ともに運動部の部長をしていたし、顔も性格も悪くない。モテるだろうとは思っていた。

「で、みんないなくなった時に変な奴らにボタン取られたって訳?」

 仏頂面でコクリと頷いた弟は自室へと戻らず、智子が寝そべっていたリビングのソファにダイブした。
 圭の進学する立川第一高校も学ランだが、ボタンが違うために新しい制服を購入してある。中のシャツは複数替えがあるし、何ならボタンだけ付ければまだ着られそうだから問題はない。

「圭、そいつらに変なことされてないでしょうね?」
「変なことって?」

 キョトンとした顔で聞かれ、その返答に何かされた訳ではなさそうだと悟り、それ以上は口を噤んだ。下手に口走ってあまり変な知識を入れ込みたくない。

「それで、そいつらはどうしたの?」
「ボタンくれってうっせーから、ボタン遠くに投げて走って逃げてきた」

 ソファの上で大の字になりながら、まだ少しふくれ面をしている弟を見て安堵する。その言葉に偽りはなさそうだ。弟の身体に何もなかったのであれば良しとしよう。
 せっかくの卒業式だというのに少しばかり同情する。

「せっかくだから、昼、どっか外でも食べに行く?」
「マジ? ねーちゃんのおごり?」
「今日くらい祝ってやるわよ」
「やったー!!」

 一気に機嫌が回復し、今度は万歳ポーズをとる弟に苦笑する。現金なものだ。この単純さが弟の良いところの一つだとも思うが。

「じゃあ、さっさと着替えてきなさいよ」
「はーい」

 ソファの近くに落とされていた中学校の指定鞄を拾い上げ、圭が足取り軽く二階の自室へと走っていく。180度態度の変わった弟を見ながら智子も外出する支度を始めた。そんな遠くへ行くつもりはないが、家を出るからにはちゃんとメイクもするし、服だってそれなりのものを着る。ご近所と言えど、いつどこで出会いが転がっているかなんて分からないのだから。

 私服へと着替えた弟と共に駅前へと向かう。何を食べたいかと聞けば、圭は「ハンバーグ」と答えたため、駅前にできた新しい洋食の店に行こうという話になった。
 新店とは言え、平日でもある今日はそこまで行列も長くなく、正午よりも少し早めに到着したということもあり、20分程度の待ち時間で店内に入れた。アメリカンテイストの内装は賑やかで、明るく若者向けの店内だった。

 圭と共に店の一番人気と書かれている「俵型ハンバーグ」を注文する。しばらく待っていると、ホカホカと湯気の立ったプレートが運ばれてきた。鉄板から聞こえてくるジュウジュウという音と、鼻孔をくすぐる肉の香りが食欲をそそる。
 ナイフを入れれば、大量の肉汁が滴る。これは話題になる訳だと食べる前から察した。
 一口大に切った肉を口に入れる。口の中でも溢れる肉汁とホロリと崩れる柔らかさ。ジューシーで肉のうま味が堪らない。見た目通り、期待を裏切らない味わいに圭と舌鼓を打つ。
 あっという間に食べ終え、圭がデザートのミニパフェも食べたいと強請るので、注文してやった。育ち盛りの男子中学生の食欲は見ていてある意味感心する。横に成長さえしなければ、いくらでも食べれば良い。圭本人もなかなか身長が高くならず、少しコンプレックスのようだから。

「圭は高校入ったら何部入るの?」
「ん~、まだ決めてない。ヒロとナオはまた野球とサッカーって言ってたけど、立川第一、体操部とかないし」
「またクラブ戻れば?」
「ちょっと考える。もしかしたら、他に面白そうな部活とかあるかもだし」

 少し悩んだ表情を見せる弟に、智子は意外に思っていた。小学生の頃から習っている体操は大会での結果こそはそこまで出ていなかったものの、いつも楽しそうに通っていた。高校受験で辞めてしまったが、また再開すると思っていたのだ。
 しかし、よくよく聞いてみると、体操クラブの友人らも続けるかどうかは分からないと受験前に話していたそうだ。圭の運動神経は悪くない。これを機会に別のことを始めるのも良いかもしれない。

「でも、高校行ったらいろんなことしたい! バイトとかももしかしたらするかもだし、とりあえず、やりたいこといっぱい見つけて、手あたり次第やってみるのも面白そうじゃん?」

 楽し気に語る姿を見て、鷹揚に頷いた。圭は何でも楽しめるタイプである。一つのことだけに囚われず、視野は広く持っていた方が良い。その方が圭に合うことを見つけられるだろう。

「何でも良いけど、変なことに首だけは突っ込むんじゃないわよ?」
「はぁ~い」

 スプーンに掬った大量の生クリームを嬉しそうに頬張っている姿に少々不安も残るが、圭は変な所で直感が働くこともある。きっと大丈夫だろう。……大丈夫だと信じたい。

「何はともあれ、卒業おめでとう」
「ありがと!」

 ペロリとパフェまで平らげ、満足そうな弟に安堵する。半泣きで帰ってきたのが嘘のようだ。

「じゃ、この後はお姉サマの買い物、付き合ってくれるわよね?」
「え……?」

 圭が目をまん丸にしながら固まった。ニヤリとしながら卓上の伝票を手に取る。2人分のランチにしてはそれなりの価格だ。これは相応に働いてもらわなければ。

「大丈夫、あたしのバイトの時間までだから」
「ねーちゃんのバイト、今日、何時から?」
「夕方」
「え~、まだ4時間以上あるじゃんかよ~!」

 嫌そうな顔をしながら圭も席から立ち上がる。全部完食している圭に当然ながら拒否権などはない。

 それに、久しぶりに弟と一緒に出掛けられるのは智子にとっても嬉しかった。自分がブラコンの気質があるのはとうの昔に自覚している。

「さ、行くわよ、荷物持ち」
「へ~い」

 渋々ながらも着いてくる弟は可愛い。卒業祝いと言いながらちゃっかり自分も楽しめたことに満足しながら弟とのデートを満喫した。
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