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星祭り
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胸の奥に湧き上がるのは、罪悪感と、身勝手な喜びと。
ーーそして、どうしようもないほどの、ミステに対する愛おしさだった。
俺は諦めていたのに、彼女は俺を信じ続けてくれた。
狼獣人の番が一体どのようなものか、人間であるミステが知りようもないのに。
信じて、待っていてくれたんだ。……他の誰でもなく、俺のことを。
胸の奥が、きゅうきゅうに締めつけられた。息が苦しいのに、それが奇妙に心地よかった。
……もう、これは、自分の気持ちをいい加減認めるべきだろう。星祭りの夜を、待つまでもない。
傷つくのを恐れ、予防線を張るのは、ミステの25年分の誠意に対して、不誠実だ。
ミステ……俺は、お前が、好きだ。すごく、すごく、好きだ。
花が開いたかのような、愛らしい笑みを俺に向けるミステに、俺は自分ができる精一杯の笑みで返した。
ああ……何だか、泣きそうだ。
「……ローグ。綺麗。星」
窓を開けて空を見上げながら、人間の言語で何かを呟いたミステは、すぐに俺に分かるような言葉でそう言い直した。
見慣れた星空が、いつもより美しく見えた。
だが、それ以上に星明かりに照らされるミステが、美しいと思った。
暫くの間、黙って二人で星を見上げた。
会話もない、寄り添うだけのその時間が、永遠になれば良いのにと思った。
思いきって、ミステの肩に手を回す。
毎晩抱き締めて寝ているのに、今さらこれくらいとは思うのに、緊張で手が震えた。……ミステの顔が、まともに見れない。情けない。
だけど、ミステはそんな俺を拒絶はしなかった。
星祭りの夜。俺は、きっとミステに想いを告げる。
ミステ達人間のやり方で、番になって欲しいと告げるのだ。
大きく息を吸い込み、目を瞑ると、信じてもいない女神ピタマタナヤに祈った。
ーーこうやって、二人で夜空を見上げる日々を、何百も何千も繰り返すことが出来ますように。
手のひらに感じる温度を、俺が死に絶えるその日まで、けして失わないようにと、ただただ祈り続けた。
◆◆◆◆◆◆◆
とうとう、星祭りの日がやって来た。
この日は夕方以降は家事をすることも風呂に入ることも禁じられているらしく、様々な物事を前倒しで行うことになった。
朝のうちに家掃除を済ませて、森で取って来た季節の花々で家の周りを飾り付けした。
「空のランタンを、吊すのか?」
家の軒先に、火種が入っていない巨大なランタンをいくつか吊すローグに尋ねるが、夜になれば分かると言って詳しくは教えてくれなかった。……魔法的な何かが関係しているのかもしれない。とりあえず疑問は夜に持ち越しだな。
飾り付けを終えると、ローグが昨日取って来てくれた鹿の肉と、庭の野菜で、夜までの料理を作った。
メインは、鹿肉をローグが包丁で細かく叩いたミンチを(さすが狼獣人……あっという間に塊肉がミンチ化した)細切れにした庭の野菜と、私が持ち込んだスパイスと混ぜ、こねて丸めたものを油で揚げた、揚げ肉団子だ。
当然のようにローグも一緒に作業をしてくれているのだが、ローグが丸めた肉団子は、ローグの見た目に似合わない小さく愛らしいもので、何だか微笑ましくなる。(ちなみに私が丸めたものは、妙にでかくて歪なわけだが、効率を考えた結果だから仕方ない……中心が生にはならないはずだ)
途中でイツナさんも、差し入れのご馳走も持って来てくれたので、今日の食卓はイツナさん達にお呼ばれして依頼の豪勢なものになりそうだ。
せっかくの年に一度の祭りだから、まだ残っている果物の砂糖煮の缶詰も開けようかと思ったが、ローグから必死に止められた。……日にちが経つにつれ、砂糖煮の感動が、不味い缶詰のトラウマにすっかり上書きされてしまったらしい。
また、砂糖中毒を起こしかけられても困るので、ここは素直に従うことにした。
途中昼食も挟みながら料理の準備をし終わり、風呂に入って身を清め終っても、夕方までは暫く時間があった。
ローグは、例の作業が佳境らしく別室にこもってしまったので、私も私で、一人祭りについてノートに纏めることにした。
「大地の女神ピタマタナヤ風の神セヤルナハミ、か」
先ほど肉団子を丸めながら、ローグが語ってくれた、狼獣人の神話はなかなか興味深いものだった。
「大地を象徴する神が女性というのは、どの種族でも定番の型ではあるが、番である男神が風の神というのは珍しいな。……まあ、神話というものは実際の自然現象を説明する為に生み出されたりもするから、それだけ星祭りの夜の光景がすごいということか」
魔宝石の洞窟に溜まった魔力が空に向かって噴き出し、村の一帯の夜空を様々な色に染め上げる、年に一度の夜。
一体それは、どれほどの規模ものか、ピタマタナヤとセヤルナハミの関係性からも推測することができる。
ピタマナタヤと、セヤルナハミは、神話を聞く限り、対等だ。同じくらい重要な存在として、畏怖されているように思う。
ということは、今夜は、この辺り一帯の大地の恩恵に匹敵するほど、凄まじい風が起こるのではないか。
「……洞窟の中に漂う魔力すら吹き上げるだなんて、どう考えても、家が吹き飛ばされるくらいの暴風だよな」
そんな大災害を前に、対策もせずに平和そうにしている村人達がとても不思議だ。……有り余る魔宝石や魔力で、安全なように常に対策してあるのだろうか。
気になることは、もう一つあった。
「……森の近辺には人間が住んでいる村もあるが、空の色が変わるだなんて話は聞いたことがないんだよな」
ーーそして、どうしようもないほどの、ミステに対する愛おしさだった。
俺は諦めていたのに、彼女は俺を信じ続けてくれた。
狼獣人の番が一体どのようなものか、人間であるミステが知りようもないのに。
信じて、待っていてくれたんだ。……他の誰でもなく、俺のことを。
胸の奥が、きゅうきゅうに締めつけられた。息が苦しいのに、それが奇妙に心地よかった。
……もう、これは、自分の気持ちをいい加減認めるべきだろう。星祭りの夜を、待つまでもない。
傷つくのを恐れ、予防線を張るのは、ミステの25年分の誠意に対して、不誠実だ。
ミステ……俺は、お前が、好きだ。すごく、すごく、好きだ。
花が開いたかのような、愛らしい笑みを俺に向けるミステに、俺は自分ができる精一杯の笑みで返した。
ああ……何だか、泣きそうだ。
「……ローグ。綺麗。星」
窓を開けて空を見上げながら、人間の言語で何かを呟いたミステは、すぐに俺に分かるような言葉でそう言い直した。
見慣れた星空が、いつもより美しく見えた。
だが、それ以上に星明かりに照らされるミステが、美しいと思った。
暫くの間、黙って二人で星を見上げた。
会話もない、寄り添うだけのその時間が、永遠になれば良いのにと思った。
思いきって、ミステの肩に手を回す。
毎晩抱き締めて寝ているのに、今さらこれくらいとは思うのに、緊張で手が震えた。……ミステの顔が、まともに見れない。情けない。
だけど、ミステはそんな俺を拒絶はしなかった。
星祭りの夜。俺は、きっとミステに想いを告げる。
ミステ達人間のやり方で、番になって欲しいと告げるのだ。
大きく息を吸い込み、目を瞑ると、信じてもいない女神ピタマタナヤに祈った。
ーーこうやって、二人で夜空を見上げる日々を、何百も何千も繰り返すことが出来ますように。
手のひらに感じる温度を、俺が死に絶えるその日まで、けして失わないようにと、ただただ祈り続けた。
◆◆◆◆◆◆◆
とうとう、星祭りの日がやって来た。
この日は夕方以降は家事をすることも風呂に入ることも禁じられているらしく、様々な物事を前倒しで行うことになった。
朝のうちに家掃除を済ませて、森で取って来た季節の花々で家の周りを飾り付けした。
「空のランタンを、吊すのか?」
家の軒先に、火種が入っていない巨大なランタンをいくつか吊すローグに尋ねるが、夜になれば分かると言って詳しくは教えてくれなかった。……魔法的な何かが関係しているのかもしれない。とりあえず疑問は夜に持ち越しだな。
飾り付けを終えると、ローグが昨日取って来てくれた鹿の肉と、庭の野菜で、夜までの料理を作った。
メインは、鹿肉をローグが包丁で細かく叩いたミンチを(さすが狼獣人……あっという間に塊肉がミンチ化した)細切れにした庭の野菜と、私が持ち込んだスパイスと混ぜ、こねて丸めたものを油で揚げた、揚げ肉団子だ。
当然のようにローグも一緒に作業をしてくれているのだが、ローグが丸めた肉団子は、ローグの見た目に似合わない小さく愛らしいもので、何だか微笑ましくなる。(ちなみに私が丸めたものは、妙にでかくて歪なわけだが、効率を考えた結果だから仕方ない……中心が生にはならないはずだ)
途中でイツナさんも、差し入れのご馳走も持って来てくれたので、今日の食卓はイツナさん達にお呼ばれして依頼の豪勢なものになりそうだ。
せっかくの年に一度の祭りだから、まだ残っている果物の砂糖煮の缶詰も開けようかと思ったが、ローグから必死に止められた。……日にちが経つにつれ、砂糖煮の感動が、不味い缶詰のトラウマにすっかり上書きされてしまったらしい。
また、砂糖中毒を起こしかけられても困るので、ここは素直に従うことにした。
途中昼食も挟みながら料理の準備をし終わり、風呂に入って身を清め終っても、夕方までは暫く時間があった。
ローグは、例の作業が佳境らしく別室にこもってしまったので、私も私で、一人祭りについてノートに纏めることにした。
「大地の女神ピタマタナヤ風の神セヤルナハミ、か」
先ほど肉団子を丸めながら、ローグが語ってくれた、狼獣人の神話はなかなか興味深いものだった。
「大地を象徴する神が女性というのは、どの種族でも定番の型ではあるが、番である男神が風の神というのは珍しいな。……まあ、神話というものは実際の自然現象を説明する為に生み出されたりもするから、それだけ星祭りの夜の光景がすごいということか」
魔宝石の洞窟に溜まった魔力が空に向かって噴き出し、村の一帯の夜空を様々な色に染め上げる、年に一度の夜。
一体それは、どれほどの規模ものか、ピタマタナヤとセヤルナハミの関係性からも推測することができる。
ピタマナタヤと、セヤルナハミは、神話を聞く限り、対等だ。同じくらい重要な存在として、畏怖されているように思う。
ということは、今夜は、この辺り一帯の大地の恩恵に匹敵するほど、凄まじい風が起こるのではないか。
「……洞窟の中に漂う魔力すら吹き上げるだなんて、どう考えても、家が吹き飛ばされるくらいの暴風だよな」
そんな大災害を前に、対策もせずに平和そうにしている村人達がとても不思議だ。……有り余る魔宝石や魔力で、安全なように常に対策してあるのだろうか。
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