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聖女の日々41

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 兄様の言葉にマナエさんは一瞬目を見開いた後、すぐに笑みを浮かべた。
 ぎこちない作り笑いではなく、それは彼女の心からの笑みに思えた。

「そうです。これはあくまで、私の考え。絶対的なものではありません」

「…………」

「ただ、そういう考えを持つ者もいるということは、覚えていて下さい。そして、その上でどうか私を利用して下さい」

 そう言って、彼女は椅子から立ち上がった。

「忘れないで下さい。たった一人で、あらゆる命を救おうだなんて考えは、とても傲慢だと……そう、私は思ってます。貴女は聖女であっても、神じゃない。体は一つで、手を差し伸べられる範囲は限られている。……だからこそ、貴女は全ての命に対して責任を感じる必要はないのです」

「……マナエさん」

「私は貴女が『災厄の魔女の呪いだけを癒やせる』という姿勢を貫き続ける限り、貴女の味方でいます。貴女が救わない罪も、貴女なら救えた命が目の前で失われていく光景も、全て代わりに背負って差し上げます。……そのことを、けして忘れないで下さい」

 最後に深々と一礼して、マナエさんは部屋を後にした。
 私は彼女が去った扉を、しばらくただぼんやりと眺めていた。

「……兄様。マナエさんのこと、良い人だと思う?」

 ぽつりと口から零れた問いに、兄様は首を横に振った。

「……絶対的な良い人なんて、この世にはいないさ。誰かにとって良い人は、誰かにとっては悪人になる。聖女による絶対的な無償の救済を求める人からすれば、間違いなくあの人は悪だろう」

 でも、と兄様は続けた。

「俺はマナエ医師の考えに賛同するし……あの人を好きだと思ったよ。彼女がディアナに向けた言葉には、虚飾も嘘もなかったから」

 そっと目を伏せて、マナエさんに言われた言葉を反芻する。
 たった一人であらゆる命を救おうだなんて、傲慢だと言った、彼女の言葉を。

「……あんな考え方も、あるんだね」

 気がつけば、頬に涙が伝っていた。

「私、何だかとても救われた気がする」
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