上 下
33 / 191
オージン・メトオグという王子

オージン・メトオグという王子1

しおりを挟む
 もう、駄目だと思った。
 自分は、この辺境の地で、果てる運命にあるのだと、そう思った。
 意識は薄れ、感覚は麻痺している。

 ――こんなところで、一人死ぬのか。

 私はまだ、何も成していないというのに。
 まだ、死ぬわけにはいかないといのに。

『――大丈夫ですか』

 不意に澄んだ声が、上から降ってきた。
 視界に入った、その姿に思わず息を飲んだ。

『……天使』

『え……?』

『天使が、私を迎えに来たのか』

 それは、私が、天使に出会った日。
 美しい金色の髪の天使に、生れて初めての恋に落ちた日。





「よい朝だね、ヘレネ。……今日も君は大輪の薔薇の花のごとき美しさだね」

「…………」

「やぁ、ミルア。今日の君も、女神のごとく輝いているよ」

「……………」

「ライアスじゃないか。今日も君は勇ましいね。戦神もかくやという逞しさだ」

「………………野郎にもいうんか。あの口説き文句」

「マスター、物陰デ、ジット見テルトカスゴク怪シイ」

「マスター、マルデ、ストカー? ノヨウデス」

「マスタ……犯罪者……」

「マスター、ソンナ男見ルナラ、俺ヲミロ!」

「黙れ、精霊ども。そしてサーラム、お前は本当可愛い奴だのう」

 相変わらず失礼で可愛くない精霊たちを一括しながら、一人可愛いことを言ったサーラムの頭を指先でうりうり撫でてやる。
 頬を染めて笑みをかみ殺し、実に可愛い。他の奴らとは大違いだ。

「……サーラムバッカリ、ズルイ……」

「……私モ、ナデテ欲シイノデス」

「……マスタ……俺ノ髪、モ……柔ラカイ……」

 ……っごめん、可愛くないとか嘘だ!
 お前ら全員、超可愛い! 超愛してる! 
 このツンデレズめ! 皆まとめてぎゅっとして、ちゅーしてやるっ! このっ、このっ!

「……ったぁぁ!」

 精霊たちの愛らしさに思わずキスの雨を降らしていたら、思いきり足を踏まれた。

「……てめぇは本来の目的を忘れて何ふざけてやがる……」

「……ごめんなさい」

 凄むデイビッドに、『知るか! 私の精霊たちが愛らしすぎるのが悪いっ! 愛らしいは、正義!』とも言えなくて、私は素直に謝罪の言葉を紡ぐ。
 ……あ、ディーネ。ひっそり頭撫でて慰めてくれるとか、マジ天使。だけどせっかく朝セットした髪の毛が、撫で方のせいでぐちゃぐちゃなってるよ。……うん、可愛いから良いか。

「……で、なんかわかったのか?」

「……いや、それが全然。ご主人様が来る前の、普段のオージン様のまんまですね……出会い頭の知り合いは、皆口説き文句であいさつするのが通常のあの人ですから」

「きめぇな」

「はい、その点では心から同意します」

 私とデイビッドは、第二イベントが発生しない原因を探るべく、メイン攻略キャラである、オージン・メトオグを物陰から観察していた。

 他の攻略キャラと違って、オージンに対しては、デイビッドは特別イレギュラーなことを行なっていない。
 オージンの第一イベントは、私がエンジェの靴箱を荒らして、学園を出ていくことを勧告する手紙を入れたことによって発生する。たまたま居合わせたオージンが、エンジェに対して心配して声を掛け、それに対する対応が選択肢になる。

 デイビッドは、そんなオージンの言葉を「無視する」ことを選択した。これは実際のゲームの選択肢にも存在する「正しい」選択である。好感度の上昇は見られない、選択肢中で一番不適切な選択ではあるが、間違ってはいない。
 一番目の選択肢はどれを選ぼうと、次の第二イベントは必ず発生する仕様になっている。だから他のキャラはともかく、オージンだけは第二イベントが発生していないとおかしいのだ。

 それなのに、イベントが発生しないのは、一体どういうことか。

 これは、他のキャラを攻略する際にも関わってくる問題である。手始めに、まずはそこから調べなければ。だから、私は最初にオージン・メトオグを攻略させることにした。

 ……けして、他の4人が手をつけられないほど脱線している為、一番簡単そうなオージンを選んだわけではない。
 ちょろそうだなんて、けしてけして思っていない。けしてだ。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...