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アルク・ティムシーというドエム
アルク・ティムシーというドエム11
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下位の貴族からの礼。
先日のアルクからの礼。
そして今回のオージンの礼。
やられていることは同じなのに、それを受ける私の心境が、相手の身分と状況においてどれも全く違うというのは、実に興味深いことだと思う。『貴族社会の儀礼的な礼における意味の変容』という題で、一本論文が書けるんじゃないかと思うくらいに。
……書いてみようかな。前世の大学時代を思い出すわー。
……そんな明後日な方向に思考を飛ばして現実逃避を試みるものの、羞恥プレイな現状は悲しいかな変わらない。私はアルクみたいにドエム属性は無いから、快感なんて一切感じることはなく、ただひたすら居たたまれないだけである。
……しかし、されている私はかくも羞恥で悶えているというのに、やっているオージンは何故そんな平常なんだ。奴には、羞恥という感情自体欠陥しているのか。
黙り込んだまま、オージンに視線をやるも、オージンは相変わらず熱い(ように見える)視線を私に向けているだけだ。そこに気恥ずかしさのようなものは一切感じられない。
……よくもまぁ、ここまでやるよ。本当に。
オージンが私をパートナーに申し込んだ目的は、予想がつく。
舞踏会という機会に、必死にアタックを掛けてくる女子生徒達への牽制と、そして自らが広めた「オージンはルクレア・ボレアが好き」だという噂の信憑性を高めて、エンジェ・ルーチェに近づく意図を今以上に学園中に広める為。
自身と、エンジェ(及び、エンジェの妹だと思っているデイビッド)の安寧の為に、王家に継ぐ高い身分を持つ、私の名前を利用する気満々なのである。
……ボレア家令嬢の私に対するその扱い、実に腹正しいこのうえない。
しかし、目的の為ならプライドも何もかも捨てて、愛してもない女に夢中になっている演技をこなせるオージンの姿は、あまりに潔くて、賞賛さえ覚えてしまう。私自身がそうなように、頭では何が最善か分かっていても、高位貴族程プライドが邪魔してこういった行動に躊躇するものなのだが……。
騎士道を重んじるアルクの割り切り方とは違った潔さである。実利主義、ここに極まり、と言ったところだろうか。いっそ、清々しい。
向けられるオージンの視線から、私がこの申し出を断るはずがないという確信が伝わって来る。
……これ、鼻で笑って一蹴したら、さぞかし気持ちいいんだろうなぁ。うわ、めちゃくちゃやりたい。ついでにぶん殴りたい。
そう思うけど、皇太子という立場のオージンにそんな行動を取ることは、あまりにリスキーなので耐える。私の中ではオージンの今の行動は、残念ながらボレア家を軽んじたというカテゴリに入らないから、切り捨てるには至らない。
……だって寧ろ、ボレア家を重んじるが故に、その権威を利用しようとしているんだもの。しかも、ボレア家を立てるような形で。ただのルクレアとしては正直オージンの思考回路がムカついて仕方ないけれど、ルクレア・ボレアとしては、そう悪い気分ではない。
それに、正直私としても、オージンの誘いは渡りに船の状態なのだ。
ボレア家令嬢として、皇太子であるオージン程身分に相応しいパートナーはいないだろう。舞踏会でオージンと踊ることは、私個人の権威を高めることになる。
それに、私自身の今の心境としても、助かる。オージンのパートナーになれば、万が一でもマシェルとパートナーになることはない。しかも、その状況を「仕方ない」と、私自身にも、マシェルに対しても納得させることが出来るのだ。だって、オージンは私よりも高い、国で最も高貴な人物の一人なのだ。そんな相手の誘いを、普通は無碍に出来ない。
だから、私がオージンのパートナーになることは、こうなった以上、避けられない未来なのだ。…私の意志に、関係なく。
そして、そうなった以上、私は舞踏会を単なる社交の場として、割り切ることが出来る。貴族としての対人能力を磨き、自身の権威を高めることだけを目的とした、ただそれだけの場として割り切れる。…そうしたら、きっと胸の奥に宿っている、浅はかで甘ったるい望みを、完全に捨てることができるだろう。
「――ええ、オージン殿下」
わたしは、まるで大輪の薔薇が咲いたかのような華やかな雰囲気を意識しながら、口元を緩めた。
「喜んで、そのお話を受けさせて頂きますわ」
まんまと思惑に嵌っているのは癪だけど、ここは敢えて乗ってやろう。
私の返答にオージンもまた、艶やかな笑みを返して来た。
甘ったるい感情なんか一切ない私とオージンは、互いに作り物の過剰な甘い雰囲気を纏わせながら、少しの間、真っ直ぐに視線を合せて、微笑み合った。
――すぐ傍で、息を飲みこむ様な音がしたのは、きっと気のせいなのだろう。
先日のアルクからの礼。
そして今回のオージンの礼。
やられていることは同じなのに、それを受ける私の心境が、相手の身分と状況においてどれも全く違うというのは、実に興味深いことだと思う。『貴族社会の儀礼的な礼における意味の変容』という題で、一本論文が書けるんじゃないかと思うくらいに。
……書いてみようかな。前世の大学時代を思い出すわー。
……そんな明後日な方向に思考を飛ばして現実逃避を試みるものの、羞恥プレイな現状は悲しいかな変わらない。私はアルクみたいにドエム属性は無いから、快感なんて一切感じることはなく、ただひたすら居たたまれないだけである。
……しかし、されている私はかくも羞恥で悶えているというのに、やっているオージンは何故そんな平常なんだ。奴には、羞恥という感情自体欠陥しているのか。
黙り込んだまま、オージンに視線をやるも、オージンは相変わらず熱い(ように見える)視線を私に向けているだけだ。そこに気恥ずかしさのようなものは一切感じられない。
……よくもまぁ、ここまでやるよ。本当に。
オージンが私をパートナーに申し込んだ目的は、予想がつく。
舞踏会という機会に、必死にアタックを掛けてくる女子生徒達への牽制と、そして自らが広めた「オージンはルクレア・ボレアが好き」だという噂の信憑性を高めて、エンジェ・ルーチェに近づく意図を今以上に学園中に広める為。
自身と、エンジェ(及び、エンジェの妹だと思っているデイビッド)の安寧の為に、王家に継ぐ高い身分を持つ、私の名前を利用する気満々なのである。
……ボレア家令嬢の私に対するその扱い、実に腹正しいこのうえない。
しかし、目的の為ならプライドも何もかも捨てて、愛してもない女に夢中になっている演技をこなせるオージンの姿は、あまりに潔くて、賞賛さえ覚えてしまう。私自身がそうなように、頭では何が最善か分かっていても、高位貴族程プライドが邪魔してこういった行動に躊躇するものなのだが……。
騎士道を重んじるアルクの割り切り方とは違った潔さである。実利主義、ここに極まり、と言ったところだろうか。いっそ、清々しい。
向けられるオージンの視線から、私がこの申し出を断るはずがないという確信が伝わって来る。
……これ、鼻で笑って一蹴したら、さぞかし気持ちいいんだろうなぁ。うわ、めちゃくちゃやりたい。ついでにぶん殴りたい。
そう思うけど、皇太子という立場のオージンにそんな行動を取ることは、あまりにリスキーなので耐える。私の中ではオージンの今の行動は、残念ながらボレア家を軽んじたというカテゴリに入らないから、切り捨てるには至らない。
……だって寧ろ、ボレア家を重んじるが故に、その権威を利用しようとしているんだもの。しかも、ボレア家を立てるような形で。ただのルクレアとしては正直オージンの思考回路がムカついて仕方ないけれど、ルクレア・ボレアとしては、そう悪い気分ではない。
それに、正直私としても、オージンの誘いは渡りに船の状態なのだ。
ボレア家令嬢として、皇太子であるオージン程身分に相応しいパートナーはいないだろう。舞踏会でオージンと踊ることは、私個人の権威を高めることになる。
それに、私自身の今の心境としても、助かる。オージンのパートナーになれば、万が一でもマシェルとパートナーになることはない。しかも、その状況を「仕方ない」と、私自身にも、マシェルに対しても納得させることが出来るのだ。だって、オージンは私よりも高い、国で最も高貴な人物の一人なのだ。そんな相手の誘いを、普通は無碍に出来ない。
だから、私がオージンのパートナーになることは、こうなった以上、避けられない未来なのだ。…私の意志に、関係なく。
そして、そうなった以上、私は舞踏会を単なる社交の場として、割り切ることが出来る。貴族としての対人能力を磨き、自身の権威を高めることだけを目的とした、ただそれだけの場として割り切れる。…そうしたら、きっと胸の奥に宿っている、浅はかで甘ったるい望みを、完全に捨てることができるだろう。
「――ええ、オージン殿下」
わたしは、まるで大輪の薔薇が咲いたかのような華やかな雰囲気を意識しながら、口元を緩めた。
「喜んで、そのお話を受けさせて頂きますわ」
まんまと思惑に嵌っているのは癪だけど、ここは敢えて乗ってやろう。
私の返答にオージンもまた、艶やかな笑みを返して来た。
甘ったるい感情なんか一切ない私とオージンは、互いに作り物の過剰な甘い雰囲気を纏わせながら、少しの間、真っ直ぐに視線を合せて、微笑み合った。
――すぐ傍で、息を飲みこむ様な音がしたのは、きっと気のせいなのだろう。
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