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アルク・ティムシーというドエム
アルク・ティムシーというドエム12
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「ありがとう、ルクレア嬢。とても嬉しいよ。……この後少し二人で話したいのだけど、構わないかな?」
「ええ。もちろんですわ、殿下。パフェも、もうまもなく食べ終わりますし」
マシェルが来るよりずっと早く食べ始めていたパフェは、もう一口二口で食べ終わるくらいまで減っていた。完食するまでさして時間もかからない。
だけど私は、敢えてゆっくり、残りのパフェを食べ薦める。
いくらオージンが私より身分が高いとはいえ、待たせることを恐れるあまり慌てて食べるなんて、非常に無様だ。ボレア家直系令嬢として、そんな無様な姿はさらせない。
カフェテリア中の注目が、今私達の席に集まっているのだ、ならばなおのこと、指の先まで神経を払って優雅に食べ薦めなければならない。
一口一口味わって、嚥下する喉の動きまで気をつけながら、ようやくパフェを完食する。
食べてもまだ、すぐには動かない。ナプキンで口元を丁寧に拭って、身を正す。
「――それじゃあ、行きましょうか。オージン殿下」
身支度を全て確認してから、ゆっくりと立ち上がってオージンに呼びかけながらも、ここでも敢えて謝罪の言葉は口にしない。オージンと私は対等、もしくはそれ以上の関係であることを、周辺の生徒達に示すためだ。
……望まぬ羞恥プレイに耐えてやったんだ。こんくらいの冷遇させてもらわにゃ割に合わん。
「……ああ、そうだね。行こうか。ルクレア嬢」
オージンも私の心境を分かっているのか、特に不平を口にするでもなく、にこやかな笑みを崩さずに頷いた。
……なんか、これはこれで「私寛容ですよ」アピール見たいで腹が立つな……。なんというか、いちいち全てが勘に触る男だ。もちろん、私が余分なフィルターをかけてオージンを見ているが故にそう見えるってことは知っているけれど。
こちらに差し出すオージンの手は、意図的に無視することにする。使った器は、カフェテリアスタッフが片づけてくれるから何も問題ない。
「……マシェル」
そこで私はようやく、マシェルの方に視線をやった。
「そういうわけだから、私は先に行くわね。……また、ゆっくり話しましょう」
そしてすぐに後悔する。
「――ああ」
例え、それがこの状況下において不自然な行為だとしても、私は今のマシェルを見るべきじゃなかった。
「パートナーが見つかって良かったな、ルクレア。また、そのうち話そう」
こんな目で、こんな顔で、無理矢理作り笑いを浮かべるマシェルの顔なんて。
なんて、顔をするんだ。
なんて目で、私を見るんだ。
そんな切なさを必死に噛みしめるような、湧き上がる苦しさを必死に堪えるような、そんな――……
息が詰まる。胸の奥が、きつく締め付けられる。
傷ついているのはマシェルのはずなのに、傷つけた筈の私の胸が、どうして酷く痛むのだろう。
もし私が本当に生粋のサディストだったら、こんなマシェルの表情に快感を覚えることが出来たのだろうか。
自分がマシェルからそんな表情を引き出したことを、愉快だと笑えるのだろうか。
そうだったら、きっととても楽だったのだろう。そうであれば良かったと、心から思う。
自分の利益の為なら平気で人を傷つけられるような、ただ脇目も振らずに自分の信念だけを、ぶれないただ一つの軸だけを大切にするような、そんな人間に私はなりたかった。
前世から変わらない自己中心的な自分の性格を知っているから、ならばいっそそれを究めたいと思っていた。
誇り高い悪役令嬢として、周囲が何と謗ろうと、自分の価値観だけを、自分の理想だけを突き詰めようと、そう思って生きてきた。
だから、今、私はマシェルを哂うべきなのだ。
もしくは、完全に本心を隠しきれないマシェルに、眉を顰めるべきなんだ。
それが、この場に相応しい、私の、「ルクレア・ボレア」の姿であるのに。
なのに私は、今、きっととても情けない表情を浮かべているのだろう。先程マシェルにパートナーを申し込まれた時以上の醜態を、きっと晒している。
遠目で見ている生徒は気づいていなくても、隣にいるオージンにはまちがいなく、私の動揺を察している。
その事実が、とても情けなくて仕方ない。
――恋愛ごとなんか、嫌いだ。
私を望む私の姿のままで、いさせてくれないから。
「ええ。もちろんですわ、殿下。パフェも、もうまもなく食べ終わりますし」
マシェルが来るよりずっと早く食べ始めていたパフェは、もう一口二口で食べ終わるくらいまで減っていた。完食するまでさして時間もかからない。
だけど私は、敢えてゆっくり、残りのパフェを食べ薦める。
いくらオージンが私より身分が高いとはいえ、待たせることを恐れるあまり慌てて食べるなんて、非常に無様だ。ボレア家直系令嬢として、そんな無様な姿はさらせない。
カフェテリア中の注目が、今私達の席に集まっているのだ、ならばなおのこと、指の先まで神経を払って優雅に食べ薦めなければならない。
一口一口味わって、嚥下する喉の動きまで気をつけながら、ようやくパフェを完食する。
食べてもまだ、すぐには動かない。ナプキンで口元を丁寧に拭って、身を正す。
「――それじゃあ、行きましょうか。オージン殿下」
身支度を全て確認してから、ゆっくりと立ち上がってオージンに呼びかけながらも、ここでも敢えて謝罪の言葉は口にしない。オージンと私は対等、もしくはそれ以上の関係であることを、周辺の生徒達に示すためだ。
……望まぬ羞恥プレイに耐えてやったんだ。こんくらいの冷遇させてもらわにゃ割に合わん。
「……ああ、そうだね。行こうか。ルクレア嬢」
オージンも私の心境を分かっているのか、特に不平を口にするでもなく、にこやかな笑みを崩さずに頷いた。
……なんか、これはこれで「私寛容ですよ」アピール見たいで腹が立つな……。なんというか、いちいち全てが勘に触る男だ。もちろん、私が余分なフィルターをかけてオージンを見ているが故にそう見えるってことは知っているけれど。
こちらに差し出すオージンの手は、意図的に無視することにする。使った器は、カフェテリアスタッフが片づけてくれるから何も問題ない。
「……マシェル」
そこで私はようやく、マシェルの方に視線をやった。
「そういうわけだから、私は先に行くわね。……また、ゆっくり話しましょう」
そしてすぐに後悔する。
「――ああ」
例え、それがこの状況下において不自然な行為だとしても、私は今のマシェルを見るべきじゃなかった。
「パートナーが見つかって良かったな、ルクレア。また、そのうち話そう」
こんな目で、こんな顔で、無理矢理作り笑いを浮かべるマシェルの顔なんて。
なんて、顔をするんだ。
なんて目で、私を見るんだ。
そんな切なさを必死に噛みしめるような、湧き上がる苦しさを必死に堪えるような、そんな――……
息が詰まる。胸の奥が、きつく締め付けられる。
傷ついているのはマシェルのはずなのに、傷つけた筈の私の胸が、どうして酷く痛むのだろう。
もし私が本当に生粋のサディストだったら、こんなマシェルの表情に快感を覚えることが出来たのだろうか。
自分がマシェルからそんな表情を引き出したことを、愉快だと笑えるのだろうか。
そうだったら、きっととても楽だったのだろう。そうであれば良かったと、心から思う。
自分の利益の為なら平気で人を傷つけられるような、ただ脇目も振らずに自分の信念だけを、ぶれないただ一つの軸だけを大切にするような、そんな人間に私はなりたかった。
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だから、今、私はマシェルを哂うべきなのだ。
もしくは、完全に本心を隠しきれないマシェルに、眉を顰めるべきなんだ。
それが、この場に相応しい、私の、「ルクレア・ボレア」の姿であるのに。
なのに私は、今、きっととても情けない表情を浮かべているのだろう。先程マシェルにパートナーを申し込まれた時以上の醜態を、きっと晒している。
遠目で見ている生徒は気づいていなくても、隣にいるオージンにはまちがいなく、私の動揺を察している。
その事実が、とても情けなくて仕方ない。
――恋愛ごとなんか、嫌いだ。
私を望む私の姿のままで、いさせてくれないから。
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