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蛍袋を鳴らすため
首輪2
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拡声器で呼びかけをして三十分、同じように呼びかけを行う頃には目指していたビルも近づいていた。
しかし、やはり人は現れず、荒らされた跡の無い場所を探して周囲の様子を眺める。
片側三車線の大きな道路の通る場所だけあり、目に入る店という店は全て内装がめちゃくちゃにされていた。中に入らずとも無駄足だと分かる物ばかりで、探索する意欲も薄れてしまう。
車の数は多少増えた物の、代わり映えのない景色に、睡魔が魔を刺してくるようになってしまうほどだ。
「くぁ……」
手で欠伸を隠しながら進む事およそ十分。近づいてきた目的地の足元に、人影らしき物が見えてきて一度足を止めた。
「いやいや、まさか。瓦礫でも落ちてるんだろう」
そんな訳がない。追ってくるならまだしも、先回りで待機をしても意味がないはずだ。友好的か敵対してくるか。そのどちらでも先回りして待つ理由が無い。
そう何度も言い聞かせても、気付かない内に足の回転は早くなる。期待と喜びと疑心と焦り。色々な感覚が混ざり合って、周りの店を見る余裕は無くなっていた。
「いや、いやいや、嘘だろ?」
近づくほどに、相手の姿がはっきりとしてくる。そう口に出してしまうのも無理はない。
それは間違いなく人で、とても長い髪をした女性。いや、もしかしたら未成年かもしれない。本当にそうだとしたら、保護者に当たる人が居なければ生きていけるものか。
しかし、その考えは彼女の手元に光る物を見て、少しだけ改めさせられた。手にしているのは刀で間違いない。もしも、悪い予感が当たったのなら、少なくとも真っ当な生き方をしていない。
さまざまな感情が警戒色に統一された頃になると、相手の姿を細部まで確認できる距離になっていた。
元は美しかったのだろう脂ぎった金色の髪に、切れ長の瞳と釣り上がる眉。口元は小さいが確かにへの字を描き、線の細い顔立ちはまさしく美しいと評するしかない。
端整な顔立ちは、時代が時代なら放っておかれたりはしないはずだ。
しかし、いや。だからこそ、その出で立ちから放たれる臭いが鮮烈になっている。
無数の傷が刻まれた黒いセーラー服にロングスカート。それには赤い模様が薄くびっしりと張り付いており、刀を握る左手はボロボロで、右手には取れなくなった血の跡まである。
洗い流す事を手間に思うほど、その刀を振るってきたという事は想像に易い。
距離にして車三台分を開け、足を止めた。
「こんな身なりでは説得力がないかもしれないが、お前に危害を加えるつもりはない。仲良くしよう」
刃のようにキレのある声音に、微動だにしない表情。とてもじゃないが、それを信じる事のできる様子ではなかった。
「確かに、説得力に欠けているね」
確かな緊張から、杖代わりにしていた鉄パイプを握る手に力が入る。焦げ付くような恐怖から、冷や汗が滲み始めた。
こんな世界になってしまってもまだ、俺は人を傷つけたくない。
「なるほど……気が変わった。少し痛い目を見てもらう事にしよう」
曲げられた口元が緩み、まるで子供を諭そうとする親のように、彼女は笑った。
一転。その景色は、確かに一瞬で塗り替えられた。
黒一色に染まる視界に、弾けるような火の粉の軌跡。確かに離れていたはずの彼女は、目の前で刀を抜き放ち、反射的にそれを防いだものの、勢いのあまりに足が地面から離れて行く。
「んな!」
数歩分を宙に舞った体は、受け身を取る暇もなく地面に叩きつけられた。
ありえない。人間の身体能力の限界をゆうに超えた動きだ。まるで、ゲームの中に入ってしまったかのように錯覚する。
しかし、長い月日が忘れさせていた事を、遅れて思い出す事になった。
人間業でない事は、全て一つの道具で説明がついてしまう。
「魔具とか言ったか。お前と同じ服を着た男からの貰い物だが、中々にどうも……加減が難しい」
彼女は体の感触を確かめるように首を鳴らし、刀を鞘に収めた。すると、先ほどそれを防いだ鉄パイプに衝撃が走り、半分に寸断された下半分が地面を転がる。
漫画やアニメの世界でしかありえない超常現象を、全て実現してしまうもの。それが魔具。世界を壊し尽くした元凶を、彼女は二つも手にしているのだ。
「冗談キツイな、ははは……」
これは、死んでしまうのか。いや、トドメを刺しに来ないという事は、本当に痛い目を見させたかったのだ。
そんな事をする理由はなんだ。いや、さっきの言葉の真意はどこにある。そもそも、なぜ彼女は俺に会った。
分からない。分からない事の多さに、何が分からないのかも分からなくなってしまう。
「うるさい、落ち着け。全部話してやるから付いて来い」
彼女は頭を抑えると、煩わしいと吐き捨てるようにして、目的地にしていた高層ビルへと入って行く。
手に残る痛みはやけに響き、今までの生きてきた時間の短さを教えられる。美しい後ろ姿に誘われるようにして、彼女の背中を追っていった。
しかし、やはり人は現れず、荒らされた跡の無い場所を探して周囲の様子を眺める。
片側三車線の大きな道路の通る場所だけあり、目に入る店という店は全て内装がめちゃくちゃにされていた。中に入らずとも無駄足だと分かる物ばかりで、探索する意欲も薄れてしまう。
車の数は多少増えた物の、代わり映えのない景色に、睡魔が魔を刺してくるようになってしまうほどだ。
「くぁ……」
手で欠伸を隠しながら進む事およそ十分。近づいてきた目的地の足元に、人影らしき物が見えてきて一度足を止めた。
「いやいや、まさか。瓦礫でも落ちてるんだろう」
そんな訳がない。追ってくるならまだしも、先回りで待機をしても意味がないはずだ。友好的か敵対してくるか。そのどちらでも先回りして待つ理由が無い。
そう何度も言い聞かせても、気付かない内に足の回転は早くなる。期待と喜びと疑心と焦り。色々な感覚が混ざり合って、周りの店を見る余裕は無くなっていた。
「いや、いやいや、嘘だろ?」
近づくほどに、相手の姿がはっきりとしてくる。そう口に出してしまうのも無理はない。
それは間違いなく人で、とても長い髪をした女性。いや、もしかしたら未成年かもしれない。本当にそうだとしたら、保護者に当たる人が居なければ生きていけるものか。
しかし、その考えは彼女の手元に光る物を見て、少しだけ改めさせられた。手にしているのは刀で間違いない。もしも、悪い予感が当たったのなら、少なくとも真っ当な生き方をしていない。
さまざまな感情が警戒色に統一された頃になると、相手の姿を細部まで確認できる距離になっていた。
元は美しかったのだろう脂ぎった金色の髪に、切れ長の瞳と釣り上がる眉。口元は小さいが確かにへの字を描き、線の細い顔立ちはまさしく美しいと評するしかない。
端整な顔立ちは、時代が時代なら放っておかれたりはしないはずだ。
しかし、いや。だからこそ、その出で立ちから放たれる臭いが鮮烈になっている。
無数の傷が刻まれた黒いセーラー服にロングスカート。それには赤い模様が薄くびっしりと張り付いており、刀を握る左手はボロボロで、右手には取れなくなった血の跡まである。
洗い流す事を手間に思うほど、その刀を振るってきたという事は想像に易い。
距離にして車三台分を開け、足を止めた。
「こんな身なりでは説得力がないかもしれないが、お前に危害を加えるつもりはない。仲良くしよう」
刃のようにキレのある声音に、微動だにしない表情。とてもじゃないが、それを信じる事のできる様子ではなかった。
「確かに、説得力に欠けているね」
確かな緊張から、杖代わりにしていた鉄パイプを握る手に力が入る。焦げ付くような恐怖から、冷や汗が滲み始めた。
こんな世界になってしまってもまだ、俺は人を傷つけたくない。
「なるほど……気が変わった。少し痛い目を見てもらう事にしよう」
曲げられた口元が緩み、まるで子供を諭そうとする親のように、彼女は笑った。
一転。その景色は、確かに一瞬で塗り替えられた。
黒一色に染まる視界に、弾けるような火の粉の軌跡。確かに離れていたはずの彼女は、目の前で刀を抜き放ち、反射的にそれを防いだものの、勢いのあまりに足が地面から離れて行く。
「んな!」
数歩分を宙に舞った体は、受け身を取る暇もなく地面に叩きつけられた。
ありえない。人間の身体能力の限界をゆうに超えた動きだ。まるで、ゲームの中に入ってしまったかのように錯覚する。
しかし、長い月日が忘れさせていた事を、遅れて思い出す事になった。
人間業でない事は、全て一つの道具で説明がついてしまう。
「魔具とか言ったか。お前と同じ服を着た男からの貰い物だが、中々にどうも……加減が難しい」
彼女は体の感触を確かめるように首を鳴らし、刀を鞘に収めた。すると、先ほどそれを防いだ鉄パイプに衝撃が走り、半分に寸断された下半分が地面を転がる。
漫画やアニメの世界でしかありえない超常現象を、全て実現してしまうもの。それが魔具。世界を壊し尽くした元凶を、彼女は二つも手にしているのだ。
「冗談キツイな、ははは……」
これは、死んでしまうのか。いや、トドメを刺しに来ないという事は、本当に痛い目を見させたかったのだ。
そんな事をする理由はなんだ。いや、さっきの言葉の真意はどこにある。そもそも、なぜ彼女は俺に会った。
分からない。分からない事の多さに、何が分からないのかも分からなくなってしまう。
「うるさい、落ち着け。全部話してやるから付いて来い」
彼女は頭を抑えると、煩わしいと吐き捨てるようにして、目的地にしていた高層ビルへと入って行く。
手に残る痛みはやけに響き、今までの生きてきた時間の短さを教えられる。美しい後ろ姿に誘われるようにして、彼女の背中を追っていった。
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