夢のような日々

てくたいと

文字の大きさ
2 / 10
蛍袋を鳴らすため

首輪2

しおりを挟む
 拡声器で呼びかけをして三十分、同じように呼びかけを行う頃には目指していたビルも近づいていた。
 しかし、やはり人は現れず、荒らされた跡の無い場所を探して周囲の様子を眺める。
 片側三車線の大きな道路の通る場所だけあり、目に入る店という店は全て内装がめちゃくちゃにされていた。中に入らずとも無駄足だと分かる物ばかりで、探索する意欲も薄れてしまう。
 車の数は多少増えた物の、代わり映えのない景色に、睡魔が魔を刺してくるようになってしまうほどだ。
「くぁ……」
 手で欠伸を隠しながら進む事およそ十分。近づいてきた目的地の足元に、人影らしき物が見えてきて一度足を止めた。
「いやいや、まさか。瓦礫でも落ちてるんだろう」
 そんな訳がない。追ってくるならまだしも、先回りで待機をしても意味がないはずだ。友好的か敵対してくるか。そのどちらでも先回りして待つ理由が無い。
 そう何度も言い聞かせても、気付かない内に足の回転は早くなる。期待と喜びと疑心と焦り。色々な感覚が混ざり合って、周りの店を見る余裕は無くなっていた。
「いや、いやいや、嘘だろ?」
 近づくほどに、相手の姿がはっきりとしてくる。そう口に出してしまうのも無理はない。
 それは間違いなく人で、とても長い髪をした女性。いや、もしかしたら未成年かもしれない。本当にそうだとしたら、保護者に当たる人が居なければ生きていけるものか。
 しかし、その考えは彼女の手元に光る物を見て、少しだけ改めさせられた。手にしているのは刀で間違いない。もしも、悪い予感が当たったのなら、少なくとも真っ当な生き方をしていない。
 さまざまな感情が警戒色に統一された頃になると、相手の姿を細部まで確認できる距離になっていた。
 元は美しかったのだろう脂ぎった金色の髪に、切れ長の瞳と釣り上がる眉。口元は小さいが確かにへの字を描き、線の細い顔立ちはまさしく美しいと評するしかない。
 端整な顔立ちは、時代が時代なら放っておかれたりはしないはずだ。
 しかし、いや。だからこそ、その出で立ちから放たれる臭いが鮮烈になっている。
 無数の傷が刻まれた黒いセーラー服にロングスカート。それには赤い模様が薄くびっしりと張り付いており、刀を握る左手はボロボロで、右手には取れなくなった血の跡まである。
 洗い流す事を手間に思うほど、その刀を振るってきたという事は想像に易い。
 距離にして車三台分を開け、足を止めた。
「こんな身なりでは説得力がないかもしれないが、お前に危害を加えるつもりはない。仲良くしよう」
 刃のようにキレのある声音に、微動だにしない表情。とてもじゃないが、それを信じる事のできる様子ではなかった。
「確かに、説得力に欠けているね」
 確かな緊張から、杖代わりにしていた鉄パイプを握る手に力が入る。焦げ付くような恐怖から、冷や汗が滲み始めた。
 こんな世界になってしまってもまだ、俺は人を傷つけたくない。
「なるほど……気が変わった。少し痛い目を見てもらう事にしよう」
 曲げられた口元が緩み、まるで子供を諭そうとする親のように、彼女は笑った。
 一転。その景色は、確かに一瞬で塗り替えられた。
 黒一色に染まる視界に、弾けるような火の粉の軌跡。確かに離れていたはずの彼女は、目の前で刀を抜き放ち、反射的にそれを防いだものの、勢いのあまりに足が地面から離れて行く。
「んな!」
 数歩分を宙に舞った体は、受け身を取る暇もなく地面に叩きつけられた。
 ありえない。人間の身体能力の限界をゆうに超えた動きだ。まるで、ゲームの中に入ってしまったかのように錯覚する。
 しかし、長い月日が忘れさせていた事を、遅れて思い出す事になった。
 人間業でない事は、全て一つの道具で説明がついてしまう。
魔具マグとか言ったか。お前と同じ服を着た男からの貰い物だが、中々にどうも……加減が難しい」
 彼女は体の感触を確かめるように首を鳴らし、刀を鞘に収めた。すると、先ほどそれを防いだ鉄パイプに衝撃が走り、半分に寸断された下半分が地面を転がる。
 漫画やアニメの世界でしかありえない超常現象を、全て実現してしまうもの。それが魔具。世界を壊し尽くした元凶を、彼女は二つも手にしているのだ。
「冗談キツイな、ははは……」
 これは、死んでしまうのか。いや、トドメを刺しに来ないという事は、本当に痛い目を見させたかったのだ。
 そんな事をする理由はなんだ。いや、さっきの言葉の真意はどこにある。そもそも、なぜ彼女は俺に会った。
 分からない。分からない事の多さに、何が分からないのかも分からなくなってしまう。
「うるさい、落ち着け。全部話してやるから付いて来い」
 彼女は頭を抑えると、煩わしいと吐き捨てるようにして、目的地にしていた高層ビルへと入って行く。
 手に残る痛みはやけに響き、今までの生きてきた時間の短さを教えられる。美しい後ろ姿に誘われるようにして、彼女の背中を追っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...