声が出せない彼女と、私が友達になるまでの話

ポメ子

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「友達」って、こういうことだと思う

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 あかりに当時の本心を告げられないまま、月日は過ぎて行った。
 5月の終わりが近づいたころ、クラスでは体育祭の話題で持ちきりだ。
「今年の体育祭、どの競技に出る?」
「リレーは絶対出たい」
「綱引きも面白そうだよね」
 昼休み、みんながわいわいと体育祭の種目について話している。あかりも、最近では筆談でこういう会話に参加するようになった。画用紙に『応援、頑張ります』と書いて見せると、みんなが「あかりちゃんも一緒に楽しもうね」と声をかけてくれる。
 クラスにもすっかり馴染んで、今では誰もあかりの筆談を特別なこととは思わない。普通の会話の一部として受け入れてくれている。
 時折、他のクラスの人が廊下からそれを見て何かを言ったり笑ったりしてる様子もあったけれど……幸いなことにあかりは気に留めていない様子だった。
「そうだ、みんな」
 体育委員の富岡くんが手を叩いた。
「今日のホームルームで種目決めするから、何に出たいか考えておいてね」
 種目決め。
 その言葉を聞いた瞬間、私の胸にチクリと痛みが走った。
 
 記憶が蘇る。小学校六年生の運動会の種目決めの日。
「えーっと、100メートル走はもう人数が揃ったから......あ、玉入れがまだ足りないね」
「山田さん、玉入れやってもらっていい?」
 あかりは何も言えずに、ただこくりと頷くだけだった。本当は違う競技をやりたかったかもしれないのに。
「係も決めないといけないね。放送係は?」
「山田さん、放送係お願いします」
 またも、あかりに押し付ける。本人の意思を確認することもなく。
 私も......私も、同じだった。
「あ、でも山田さんって放送できるの?」
「大丈夫だよ、きっと先生が代わりにやってくれるから
「じゃあ楽でいいじゃん」
 みんなで笑いながら、面倒な係をあかりに押し付けていた。話せないことをいいことに、嫌な役回りを全部背負わせて。
 私も、その中の一人だった。
 ずるいと思いながら、それでもあかりの立場を利用していた。
(最低だ)

 今思い出すと、胸が苦しくて仕方がない。あかりは何も言えないから、ただ黙って受け入れるしかなかった。本当はやりたい競技があったかもしれないし、嫌な係もあったかもしれないのに。
 六時間目のホームルーム。
「それじゃあ、体育祭の個人種目を決めましょう」
 担任の佐々木先生が黒板に競技名を書いていく。
「100メートル走、台風の目、綱引き、800メートル走、むかでリレー……」
 みんなが手を挙げて、やりたい種目に名前を書いてもらう。私も手を挙げて、綱引きに参加することにした。
 そして、案の定というか......
「あれ、800メートル走の女子がまだ決まってないや」
 佐々木先生が困った顔をする。
「誰か走ってくれる人いませんか?」
 シーンと静まり返る教室。800メートル走は長距離でキツいから、みんな敬遠したがる種目だ。
「うーん、困ったな」
 先生がクラス全体を見回す。そして、その視線があかりのところで止まった。
 嫌な予感がした。
「山田さん、まだ種目決まってないよね?」
 体育委員の富岡くんが振り返る。
「800メートル走、どうかな?」
(だめ……!)
 私は心の中で叫んだ。またあの時と同じことが起ころうとしている。あかりの意思を確認せずに、余った種目を押し付けようとしている。
 私は立ち上がりかけた。何か言わなければ。あかりを守らなければ。
 でも、その時だった。
 あかりが画用紙を取り出したのは。
 マーカーで何かを書いている。みんながあかりの方を見つめる中、彼女は書き終えた画用紙をみんなに向けて掲げた。
『走るの得意だから任せて!』
 その文字を見た瞬間、私の目に涙が浮かんだ。
 あかりが......あかりが、自分で種目を選んだ。誰かに押し付けられるのではなく、自分の意思で参加を決めた。
 しかも『得意だから』って。堂々と、自分の長所をアピールしている。
 小学校の時とは、まったく違う。
「おお、ありがとう山田!」
 富岡くんが嬉しそうに言う。
「じゃあ800メートル走、山田さんよろしく!」
 あかりは嬉しそうに頷いて、また画用紙に書いた。
『みんなで頑張りましょう!』
「そうだね、クラス一丸となって頑張ろう!」
 佐々木先生も笑顔で言った。
 私は机に顔を伏せそうになるのを必死にこらえた。涙が出そうだった。
 あかりの成長した姿を見て、嬉しい気持ちと同時に、過去の自分が恥ずかしくて情けなくて仕方がなかった。
 授業が終わり、みんなが帰り支度を始める中、あかりが私のところにやってきた。
『一緒に帰らない?』
 画用紙にそう書いて見せてくれる。
「もちろん!」
 校門を出て、いつものように駅に向かって歩く。途中にある小さな公園で、あかりが立ち止まった。
『ちょっと休んでいかない?』
「そうだね、まだ話したりないし」
 公園のベンチに並んで座る。夕日が校舎を照らして、オレンジ色に染まっている。
 あかりがスマホを取り出してLINEでメッセージを送ってきた。
『今日、初めて自分で体育祭の種目を決められた』
『優実ちゃんがフリップを思いついてくれたおかげ』
『本当にありがとう』
 そのメッセージを読んで、私の胸は苦しくなった。
「お礼なんて言わないで......」
 思わずぽつりと言葉が漏れた。
 あかりが不思議そうな顔をして首をかしげる。
 私は......私は、もう隠していられなかった。
「山田さ……あかり、ごめん」
 名前を呼んで、あかりの方を向く。
 何事かと、あかりは目を丸くする。
「私、小学校の時......あかりのこと、ずるいって思ってた」
 あかりの目が見開かれる。
「先生に当てられないし、グループ活動でも配慮してもらえるし......私はぼっちにならないように必死だったのに、あかりは何もしなくても居場所があるって」
 言葉が止まらない。ずっと心に溜め込んでいた気持ちが、堰を切ったように溢れ出してくる。
「運動会の種目決めの時も、係決めの時も......みんなで余った嫌なのをあかりに押し付けてた。もちろん私も」
 あかりは驚いた顔で私を見つめている。
「あかりが話せないのをいいことに、面倒なことは全部押し付けて。本当はどう思ってるかなんて聞きもしないで」
 涙が溢れてきた。でも、言わなければいけない。
 私なんかに、感謝しないでほしいって。さげすんでほしいって。
 そう思いながら言葉を続けた。
「私は嫌な奴だから、お礼なんて言わないでほしい」
 笑いながら言おうとしたけれど、声が震えて泣き声になってしまう。
「まじ最低なやつだよね。軽蔑したでしょ?」
 あかりはスマホに何かを打とうとしたけれど、手が震えてうまく文字が打てないみたいだった。
 私は涙でぐしゃぐしゃになりながら続けた。
「今日、あかりが自分で種目を決めてるのを見てたら......昔の自分が情けなくて。あかりはあんなに頑張って成長してるのに、私はずっと過去の罪悪感を抱えたままで......あの時のドス黒い気持ちを隠して、友達のふりをして......」
「そんなことないっ......」
 か細い声が、静かな公園に響いた。
 私は顔を上げる。あかりも目を見開いて、自分の口元に手を当てている。
 声が出た。あかりの声が出た。
「そんなこと......ないよ」
 震える声で、あかりが続けた。
「ずるいと思われても......仕方ない。私、何も言えなかったから。みんなが決めてくれることを、黙って受け入れるしかなかった」
 あかりの頬にも涙が流れている。
「でも......でも、優実ちゃんは私を助けてくれた。森田先生の時も、武田くんたちの時も。私を守ってくれた」
 必死に言葉を紡ごうとするあかり。声は小さくて震えているけれど、確かに聞こえる。
「優実ちゃんのおかげで......初めて学校が楽しいと思った。初めて、友達ができた。だから......だから、そんなこと言わないで」
 私は涙が止まらなくなった。
「ごめんね、ごめんね」
 何度も謝る私に、あかりは首を振った。
「もう謝らないで。私は......私は優実ちゃんに感謝してるの」
 しばらく、二人とも泣いていた。夕日が沈んで、公園に街灯がともり始める。
 泣き疲れて、ようやく落ち着いてきた時。私にふと賢者タイムが訪れた。
 泣いている自分をやたら冷静に、まるで別の視点から見てるようなアレだ。
「あかりの声って......かわいいね」
 そう言った瞬間、あかりが真っ赤になった。
「なにそれ......」
 恥ずかしそうに俯くあかり。その様子を見て、私も笑ってしまった。
「なんか、想像してたよりずっと可愛い声」
「もう......恥ずかしいよ」
 あかりも笑いながら言う。声に出して笑っている。
 私たちは立ち上がって、一緒に駅に向かった。途中、あかりが小さな声で言った。
「優実ちゃん」
「なに?」
「私......明日からも、声出せるかわからない。でも、頑張ってみる」
「無理しなくていいよ。筆談でも、LINEでも、あかりはあかりだから」
「ありがとう」
 あかりが微笑む。夜道を照らす街灯の下で、彼女の笑顔は本当に綺麗だった。
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