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煙の向こうに
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夜の路地裏は、街の裏側そのものだ。明かりは少なく、ゴミ袋が積まれ、壁の落書きがどこか疲れている。悠真はそこで、いつものようにポケットからたばこの箱を取り出した。
火をつけると、白い煙がゆっくりと闇に溶けていく。会社の上司に罵倒された声も、数字に追われる心臓のざわめきも、煙に絡めて吐き出せば少し軽くなる気がした。
二本目に手を伸ばしたときだった。
吐き出した煙の先に、何かが揺らめいた。人影のような、影絵のような形。
「……誰だ?」
思わず呟く。路地裏には誰もいない。だが煙はまるでスクリーンのように揺れ、次第に輪郭を持ち始める。細い肩、長い髪――見覚えのある姿。
「……真由?」
煙の中から、かつての恋人が現れた。笑ったときのえくぼまで、記憶そのままだった。
「元気?」
幻は言った。声は確かに、あの日のまま。
悠真はたばこを握る手を震わせた。
別れたのは二年前。理由は些細なすれ違いだった。だが謝る勇気も、追いかける覚悟も持てなかった。
「ごめん」
思わず口からこぼれた。
真由は煙の向こうで首を振った。
「もういいの。あなたが前を向けるなら、それで」
言葉とともに、たばこの火は短くなっていく。残りはあとわずか。幻もそれに呼応するように薄れていく。
「待ってくれ!」悠真は叫んだ。
だが火が消えた瞬間、煙はただの夜気に溶け、そこには誰もいなかった。
残ったのは湿ったアスファルトと、自分の涙だけ。
悠真はしばらく立ち尽くしたあと、深く息をついた。泣きながらも、なぜか胸の奥が軽かった。
彼は最後の吸い殻を地面に押しつけた。
じゅっ、と音がして、白い煙がかすかに立ちのぼる。
それはもう幻を映すことはなく、ただ夜風に消えていった。
悠真はポケットの中の新しい箱を握りしめ、しかし取り出すことなく、路地裏を出た。
煙の向こうには、もう過去ではなく、これからの道が待っているように思えた。
火をつけると、白い煙がゆっくりと闇に溶けていく。会社の上司に罵倒された声も、数字に追われる心臓のざわめきも、煙に絡めて吐き出せば少し軽くなる気がした。
二本目に手を伸ばしたときだった。
吐き出した煙の先に、何かが揺らめいた。人影のような、影絵のような形。
「……誰だ?」
思わず呟く。路地裏には誰もいない。だが煙はまるでスクリーンのように揺れ、次第に輪郭を持ち始める。細い肩、長い髪――見覚えのある姿。
「……真由?」
煙の中から、かつての恋人が現れた。笑ったときのえくぼまで、記憶そのままだった。
「元気?」
幻は言った。声は確かに、あの日のまま。
悠真はたばこを握る手を震わせた。
別れたのは二年前。理由は些細なすれ違いだった。だが謝る勇気も、追いかける覚悟も持てなかった。
「ごめん」
思わず口からこぼれた。
真由は煙の向こうで首を振った。
「もういいの。あなたが前を向けるなら、それで」
言葉とともに、たばこの火は短くなっていく。残りはあとわずか。幻もそれに呼応するように薄れていく。
「待ってくれ!」悠真は叫んだ。
だが火が消えた瞬間、煙はただの夜気に溶け、そこには誰もいなかった。
残ったのは湿ったアスファルトと、自分の涙だけ。
悠真はしばらく立ち尽くしたあと、深く息をついた。泣きながらも、なぜか胸の奥が軽かった。
彼は最後の吸い殻を地面に押しつけた。
じゅっ、と音がして、白い煙がかすかに立ちのぼる。
それはもう幻を映すことはなく、ただ夜風に消えていった。
悠真はポケットの中の新しい箱を握りしめ、しかし取り出すことなく、路地裏を出た。
煙の向こうには、もう過去ではなく、これからの道が待っているように思えた。
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