龍の力を持つ冒険者、理想が合わなくなったパーティーを抜けて自由に活動していきます

Corlas

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第十話 噂と迷い

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「お待たせしました、諒さん」
「いえ、こちらこそ急にお呼びして申し訳ありません。戸上さん」

 初依頼から二週間、諒とれんはそれからも順調に依頼をこなしていた。
 しかし、最近れんに異変が現れているように感じていた。れん自身は大丈夫だと言っていたがどうにも様子がおかしいのは間違いない。
 しかし彼女はそれを話そうとはしなかった。それでもこのまま放置するわけにもいかない。どうしたものかと迷った末、そんな時思いついたのが莉彩に相談することだった。今諒はギルドに顔を出しづらい事情があるため、試しに手紙を送ってみると、すぐに返事が来てこの喫茶店に来るよう指示された。
 仕事の合間なのか、いつもの受付嬢姿で現れた莉彩は既に店内で待っていた諒を見つけると笑顔で手を振って彼の正面に座った。

「確か、相談があるとのことでしたよね」
「はい、れんのことです」
「れんちゃんですか?」

 諒自身の悩みが来ると思っていたのだろう。確かに絶賛悩んでいる最中ではあったのだが、自分事ならこんな面倒なことをして莉彩を呼び出したりはしない。
 諒は最近のれんの様子を莉彩に語った。
 この頃れんからは明確に焦りが見えた。しかも、その焦りの原因が諒にはわからないし、彼女もそれを話そうとはしなかった。
 依頼は変わらず順調だし、れんの力が足りていないことはない。それはさすがに諒と同等とは言えないが、彼女の力が役に立った場面は何度もあった。

「・・・確かに最近れんちゃんが何か悩んでいる様子だったのは気づいていました」
「本当ですか?戸上さんは何か心辺りが?」
「あると言えばあります」

 聞いておいてあれだが、諒は莉彩が何か知っているとは思っていなかった。本当にただ相談をするくらいのつもりだった。
 莉彩は顎に手を当てて考えた後、ゆっくり言葉を選ぶように話し始めた。

「諒さんがそれに思い当たらないのも納得できます。諒さんは最近ギルドに顔を出していませんから」
「・・・それとれんの異変に関係が?」
「おそらくは。諒さんもご存知の通り、今ギルドは激震竜をソロ討伐したあなたの話題で持ちきりです。とんでもないブラックホースがいたやら是非ともパーティーに欲しいとかでいろんな冒険者が話しているのを私も耳にしますし、実際に相談しに来た人も少なくありません」

 もちろん諒もそれは把握している。
 前に来た騎士団からの勧誘もその一つだ。街から近い平原でそんなことをしたのがまずかった。猛竜をソロ討伐したというインパクトも重なり、諒は一躍話題の男となっていた。
 もちろんそんな男に引く手は多い。いろんなパーティーが諒を手に入れようと勧誘に来ていた。
 おかげで諒がギルドに行けば中々の騒ぎだ。もう依頼をうけるどころではない。
 そのせいで諒はこの騒ぎが落ち着くまでギルドには行かず、れんに依頼の受注を任せることにしていた。

「・・・まさか」

 そこまで考えてようやく諒も一つの答えに行きついた。莉彩も同じ答えなのかそれに頷き言葉を続ける。

「れんちゃんは不安なんです。諒さんが自分から離れていかないかどうか。弱いままだといつか自分は捨てられちゃうんじゃないかって、だから焦ってるんです。想いだけでは・・・そう簡単に強くなることは出来ませんから」
「・・・そういうことか」

 なぜ見落としていたのだろう。言われてみれば当然だ。おそらくただ話題に上がっているだけでは特にれんは何も感じなかっただろう。
 だが、勧誘の話が一緒に付いていれば全く受け取り方は変わってくる。
 れんにとってそう話す冒険者のほとんどは自分より実力もランクもすべてが上だ。そんな奴らが諒を狙っていると知っていて、平常心でいられるはずはない。

「俺は一体どうすればいいんでしょうか?今のあいつに俺が出来ることは・・・」

 れんの抱えている想いはわかった。だがそれに対して諒に何が出来るのかという答えはまだ出ていなかった。
 諒への話題が落ち着いたとしても、れんが抱えている気持ちに大きな変化は起きないだろう。漠然とした不安を持ったまま残り続ける可能性の方が高い。
 れんのその思いを解消してやるしかないが、一体何と言葉をかけてやればいいのか諒にはわからなかった。

「・・・そうだ。諒さん、これを」

 莉彩もすぐには答えられないようで少しの沈黙が二人を包むが、何かを思いついたように紙を取り出してペンを走らせる。
 何を書いているのかは見えなかったが、それを渡されて尚諒はいまいち何なのかつかめていなかった。見た所地図なのだが、どこなのかは心辺りがない。
 首をかしげる諒に莉彩は少し表情を明るくして説明を始めた。

「私の好きなケーキ屋さんです。ぜひれんちゃんにも食べさせてあげてください」
「ケーキ?それは構いませんけど、なぜいきなり」
「迷った時はもう直接話すしかありませんよ。おいしいケーキを食べながらゆっくり話せば、見つかるものもあるかもしれません」

 今の会話から根拠らしいものは一切なかったが、そう話す莉彩の表情にはどこか自信があふれていた。
 何か言葉を返したかったが、諒は口を閉じて頷いた。確かに彼女の言う通りだ。やり方が分からないなら、正面からぶつからないとわからないこともある。

「諒さん、どうかれんちゃんの事をお願いします。あの子を導けるのは・・・あなたしかいません」
「・・・わかってます。それが俺自身で選んだ決断ですから」

 莉彩の言葉には表面以上の何かが含まれている気がしてならなかったが、結局それを聞く機会は逃してしまった。
 用を終えた莉彩は立ち上がって最後に深く頭を下げる。

「私はもう仕事に戻らなければならないので、後の事はお任せします。成功することを祈っています」
「ええ、こちらこそありがとうございました。後は何とかしますよ」

 諒は莉彩と別れた後、すぐにれんの元に向かうことにした。
 今日は依頼休んでいるし家にいるはずだ。こういうことは早い方がいい。

「・・・その前に、これだな」

 莉彩から紹介されたケーキ屋。莉彩が言うには「とてもおいしくて店員さんも優しい方なんです。きっと力になってくれますよ」とのこと。
 彼女がそこまで言うなら期待できそうだ。
 助言通り、まずはそちらに行ってみることにした。

「・・・ここだよな」

 商店通りから少し歩いたところにある住宅街、その一角に目的のものはあった。
 まさかこんなところにケーキ屋なんてあったとは。冒険者は専用の住居区がありほとんど住宅街に来ることはないので今まで気づかなかった。
 外から見た所豪華というよりはどちらかというと質素という感じがする。
 高級店っぽさは外観からは感じなかった。莉彩の紹介から勝手に思い込んでいたが、案外そういうわけではないようだ。
 少し迷ったが莉彩の言葉を信じてドアに手をかける。

「・・・いらっしゃい」

 店内に入るとまず正面にショーケースが目に入った。中には多くのケーキが並べられている。ここだけ見ると中々立派なものだが、他の内装はそこまで力を入れてはいない印象を受ける。
 右手に飲料用の棚と、近くに食事用のテーブルがいくつかあるだけだ。
 正直第一印象は喫茶店より劣る、といった感想だった。
 しかも問題なのは店員だ。飲料用の棚で何か作業をしていたその男は入って来た諒に気が付くとこちらに視線を向けるが、彼と目が合うと素っ気ない挨拶を一つ残してすぐに視線を棚に戻して作業を再開してしまった。

「・・・」

 優しいときいていたんだが、聞き間違いかと思うほど目の前にいる店員からはそんなもの微塵も感じさせなかった。

「なあ、ケーキを選びたいんだが、手を貸してくれないか?」
「はあ?なんで俺が野郎のためにケーキを選ばなきゃいけないんだ。適当に好きな奴を買って食えばいいだろう」

 俺は怒ってもいいのだろうか。自分の感情が正しいのかどうか疑いたくなるほど当然のように男は言い放つが、何度考えても店員が客に言う言葉ではない。
 だが、なんとなくここで引き下がるのは癪だ。諒は無理やり感情を押し殺し、もう少し粘ってみることにした。

「いや、贈り物として選びたいんだ。14歳の女の子になんだが・・・」
「・・・女の子?」
「ん?・・・ああ。最近元気がなくて・・・」

 それ以上は言葉にならなかった。男は何故か「女の子」という言葉に強く反応したようだった。
 今まで素っ気ない返事に終始し、視線を向けることすらなかったのにそこでようやくこちらに振り向いた。
 そこまでは良かった。諒の返しの言葉に思うところがあったのか男は彼の胸倉をつかんで厳しい視線を向ける。
 何が起こったのか理解が追い付いていなかったが、何か諒が地雷を踏んだことだけは分かった。そして、その理由はこの男が全て語ってくれた。

「元気がないだあ?てめえよくそんなことが言えたもんだな。いいかタコ、よく聞け。男の使命はレディを笑顔にしてやることだ。それが男に与えられた使命であり、男に生まれた幸せだ。それなのにあろうことか笑顔を奪うだなんて、お前それでも男か?」
「・・・」

 返す言葉がなかった。微妙に言っていることは主観が強すぎると思ったが、それでも諒のせいで今れんが苦しんでいるのはまぎれもない事実だ。
 男は何も言い返さない諒を大きなため息と一緒に放し、代わりにお盆とトングを取る。

「だが安心しろ。情けないでくの坊に変わって俺がその子の笑顔を取り戻してやる」
「・・・よろしくたのむ」

 そういうと男はトングを得意げに鳴らしてケーキを選び始めた。
 こんなに言いたい放題言われたのはかなり久しぶりだ。下手すれば初めての経験かもしれない。それがこんな初対面の店員だとは。
 そんなことを思いながら男がケーキを選ぶ様子を見ていたが、彼が五つ目のケーキを取ったところで思わず待ったをかける。

「待ってくれ。それは多すぎるだろう」
「何言ってんだ。片付けはお前がやればいいだろう。折角の至福の時だ。いろんな味を堪能しないと申し訳ないだろう」
「・・・だが、そんなに買う予定はないぞ」
「だったらちょっとまけといてやるから買え。出せないわけじゃないだろ?」

 こんなんで商売をやっていけるんだろうか。向こうから値引き交渉してくるなんて聞いたことない。
 最終的に買ったケーキは六種六個、諒の分はないらしい。「余ったら食え」とのことだ。
 値段的には本来の金額の半分くらい。値下げしすぎだろうと思うが本人は大して気にはしていない様子なので諒もこれ以上口出しはしなかった。
 ケーキを箱に詰め終え、男は諒にそれを渡した。

「いいか、これだけは心に刻んどけ。レディの笑顔てのは、一度失わせちまったら取り戻すのは難しいんだ。次はないくらいの覚悟を持ってその子と向き合うことだ。わかったな」
「ああ、勉強になったよ」

 最後まで言いたい放題言われたが、この男は諒よりはるかに女性の心をわかっているのはよく伝わった。そう思えれば不思議と苛立ちも消えた。
 諒も礼を返して店を後にした。
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