ホラー短編集

Chaako

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異質な訪問者

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インターホンが鳴ったのに出ないことはあるだろうか。

知人、配達業者、契約している業者などが相手なら積極的に出ている人が多いことと思う。

私もそうだ。

しかし世の中には理解できない目的で訪問してくる者もいる。

居留守なんてしない。

そんな強者がいたら、苦労話を聞いてみたいものだ。

あれは私が大学に入学し一人暮らしを始めて1年が経った春だった。

当時の私のアパートは小さなローカル駅を挟んで商店街の目の前にあり、遮断機の音と通行人の話し声で喧騒な場所にあった。

交通や買い物で不便しないようにと母が泊まり込みで選んでくれた学生用アパートだったが、次に引越しをするときはもっと静かな場所にしようと思ったくらいだった。

私の部屋は2階の角にあり、アーチ状の入口から階段を上がってすぐの201号室だ。

ベランダから見える線路沿いには桜が咲いていて、商店街の前を淡い紅に染めていた。

木の丈が街灯よりも高かったので、花が咲き乱れる春はいつも、暗い表情の桜が夜から私を見下ろしているかのようだった。

ダイソーで買った時計が21時を指す。

私は部屋でテレビを見ていた。

ピンポン

この時間に鳴ることはあまりない音がこのときは鳴った。

友人なら直前にでも電話をしてくれるはずで、サプライズ訪問をする人はいなかった。

郵便局員さんかもしれない、と思って立ち上がりドアを見る。

しかし郵便局員なら、郵便局でーす!と言ってくれるので、すぐに違うと分かった。

配達業者も同様である。

よって立ち上がった時には既に心臓が強く音を立てていて、かなり警戒もしていた。

玄関の灯りを点けようとしたとき、私は異変に気付く。

いつもなら覗き穴から一筋の青白い光が射しているのだが、その時は何の光も射していなかった。

誰かがこちらを覗こうとしている...

過去に同様の経験があった私はストーカーの可能性を考えた。

ドアと睨み合う。

何かあればただでは済ませないぞ、という強い気持ちで静止していた。

ところがそんな私の気持ちを受け流すかのように覗き穴から光が射し、気配がドアの向こう側から遠ざかっていった。

階段を降りる音がしたら背中姿だけでも見てやる、と思い飛びだすタイミングを待つ。

しかしその期待さえ裏切られた。

気配は隣の部屋(202号室)に移動し、今度は隣の部屋から

ピンポン

と音が鳴った。

あれ?もしかして普通の営業訪問だった?

私は聞き耳を立てたが、隣の人が出なかったため、営業だろうと決めつけて部屋に戻った。

そして1~2時間ほど経っただろうか。

お風呂に入ったり、パソコンで音楽を聴いたりしていた。

また

ピンポン

と鳴った。

えっ、まさか2周目?しつこいなあ、と思わず笑ってしまった。

しかし22時を過ぎており、やはりおかしいとも思った。

玄関に行くとまたこちらを覗き込もうとしているのか覗き穴が暗い。

そんなことしてるから出て貰えないんだよ。

と心の中で嘲った。その時だった。

唐突に向こうが何とも言えない湿った圧迫感のようなものを出した。

いや、向こうが変わったのか、あるいはこちらが勝手に拒否信号を出したのか、もう分からない。

ともかく私の身体が急に嫌な汗を流し始め、鳥肌が立った。

ドアという障害があるのに、何か嫌なものがこちらを凝視している気がしてならなかった。

それでも鍵がかかっているから大丈夫だろう。

私は音を立てないように少しずつ後ろに下がった。

すると向こうが沈黙を破った。

「....よ。」

開かねーよ。男性っぽい小声でそう言ったように聞こえたが、名乗ったようにも聞こえた。

それぐらい抑揚がおかしかった。

私の友人の名前が一瞬浮かぶが、いずれにせよこんなことをする人ではない。

ガチャガチャ。

やりやがったな、許さんぞ。怒気を孕んだ足が私を力強く前に送る。

一線を越えた相手に容赦はできなかった。

「どちら様ですか。」

次の瞬間、ひゃひゃひゃひゃひゃ、と嬉々とした大きな笑い声がアパートに響いた。

なんだサイコ野郎かあ、通報通報っと。

私は携帯電話を握りしめ110番のタイミングを待った。

向こうは満足したのか、階段を降りる音がする。

留まってくれたら警察が来るまで時間を稼いだのに。それなら後ろ姿を撮って通報だ。

あなたもこんなことで警察のお世話になると思わないだろう。私はその男性に同情すらしていた。

私は覗き穴からドアの前に誰もいないことを確認し、ゆっくりと鍵を開け素足でドアから出る。

階段の音が私の位置から十分に離れたとき、私は上から写真を撮ろうとした。

撮ろうとしたが、指が反射的に私の命令を拒否した。

私の期待した後ろ姿がそこにはなかったのである。

シャツのような赤いワンピースを着た少女が手すりに掴まりながら階段を降りていた。

階段の上から付近を見回したが、私が想像していたサイコ野郎はどこにもいなかった。

そうしている間に少女は階段を降り切る。

もうこの少女に声をかけるしかないか...

「すみません!」

勇気を振り絞って声をかけた。

得体の知れないサイコ野郎と対峙しているときより力を使った気がした。

しかし、その少女の背中は入口のアーチに重なった瞬間に消えてなくなった。

私の目が10秒以上閉じたとでも言うのだろうか。

私は階段を降りて近くの影に隠れていないか確かめようか迷ったが、私の理解の範疇を超える相手だと認識し、深追いはやめた。

後日、警察に話すにも私の頭がおかしいと言われるオチが見えたので、親交のある大家さんに報告した。

当時のアパートの大家さんはその地域一帯の地主であり、多くのアパートを経営している老婆だった。

娘さんは私の母よりいくらか若いぐらいだったと思うが、折り目に会いに来てはお土産を持ってきて世間話をされる方だった。

自我の成長に伴って大きな苦しみもあった時期だが、今となってはこの思い出も宝石のようだ。

この少女の話を大家さんにしたところ、孫と同じくらいの子だねえ、と笑っておられた。

暖簾に腕を押すようだった。

話が少し流れた時に、いつも娘さんにお世話になっています、と話した。

すると、今は娘に任せているけど私も四方山話が好きでねえ、と再び笑った。

私の話し方が悪かったのだろうか?結局流されてしまった。

だが大家さんの世間話を聞きながら、私も曖昧に笑ううちになんだかどうでも良くなった。

私はほんのり怖い話として、ときには笑い話として、家族や友人にこの話をしたことがある。

みんな似たような体験をしているようであり、どうやら私が特別というわけではなさそうだった。

母も有り得ない身長の訪問者と会ったことがある。

その話はまた今度することにしよう。

さて、私は後ろ姿を見て少女だと思ったが、本当は少女ではなかったかもしれないと思うことがある。

まず少女の平均的な声からは大きく逸脱しており、というか青年から中年くらいの男性の声だった。

しかしある程度の年齢の女性なら、練習すれば出せるのかもしれない。

後ろ姿は少女のように見えたけれども、果たして正面はどうだったのだろうか。

あるいは他にも誰かが居たということだろうか。

疑念はつきなかったし、何も解消されなかったので、座敷童子が遊びに来たということにした。

その後都合により転居したが、アパート解約時の娘さんの悲しそうな声は今でも心に残っている。
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