My heart in your hand.

津秋

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one.

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帰り着いた寮室で、靴を脱ぎながら我知らずため息が出た。喧嘩の話をしていたらすぐ後にああいうことになるとは。フラグってやつだったね、とは岩見のげん
手を洗って、洗面台の鏡で顔を見る。頬の痣は確かに赤くなってはいるがそれほど目立ちはしない。この間の怪我の方が見苦しかったくらいだ。ちょっと表情を動かしてみても痛まないから放置でいいだろう、 と結論づけた。
ブレザーを脱ぎながら自室に行き、ネクタイを解く。上体が裸になったところで軽く自分の体を検分した。特段、目立つ傷はない。打ち身がいくつかあるくらいだ。捻ったり痛めたりもしていない。そこまで確かめてTシャツに着替える。下も緩い部屋着に変えて、デスクチェアに腰を下ろした。

乱れた髪を手で適当に流しながら、さっきの出来事についてまた考える。不快極まりない強姦未遂と、自分の口から出た風紀に協力するという話。

委員長には、何かあったときに一人で対処するのは危ないからやめるようにと言われた。
俺は、自分が弱いとは思わない。しかし、多数を相手にした場合に簡単に勝てるとも思っていない。漫画やドラマの中の無双的に強い主人公ではない。ちょっと空手という下地があって、喧嘩に慣れているだけの凡庸な子供であると自覚している。
だから委員長が言うことは理解できる。ただ、わかったと頷いておいてその通りにできないのは嫌だったから、頭に入れておくと答えた。否定でこそないが肯定でもない曖昧な返事を、彼は苦笑で許した。

とはいえ、今回のような"何かあったとき"というのは当然だがそうそうないらしいし、俺は人手が要るときに手を貸すくらいだろう。自分から言い出したのだから、頼まれれば断らずにやるつもりだ。
あの委員長がそう何度も部外者の手を借りようとするかは分からないが。


時間が遅くなってしまったから、今日は食堂に行くことにしていた。岩見とは待ち合わせをしているわけでもないので、急くことなく適当な頃合いでまた部屋を出た。今日は別々に食事をすることになると思っていたのに、階段で先を歩く背中を見つけた。同調率の高さにちょっと笑ってしまう。
「岩見」
「あ、エス! グッドタイミングじゃーん」
声をかけて、結局一緒になったねと笑う岩見と並んで食堂に向かう。

「な、火曜日から連休じゃん? なんか予定あんの?」
言われてみればそうだ。もうゴールデンウィークか。
今日は金曜日だから、月曜だけふつうに学校に行くことになる。面倒くさいな。登校に大して時間のかからない寮制でよかった。
「なにも。お前は?」
「俺、母さんに帰ってきてって言われてるから、帰省しよっかなーと思ってる」
「へえ、いいじゃん」
「うん、でもさー俺……」
「なんだよ?」
煮え切らない口調でこちらを見上げてくる様子を訝しんで促すと、「お前の食事が心配だ」と言われた。
お前は俺の保護者か。

「大丈夫だって。食堂行くから。岩見が作るほうが好きだけど、食堂も嫌いじゃないし」
というか、栄養バランス的には中学の時よりよほどマシな食生活だと思う。
答えた後、岩見が何も言わないので隣を見た。ほぼ同時にぶつかるように飛びついてきた体を、またこれかと思いつつ受け止める。
「エスー!」
「どうした」
「嬉しいぜ! 愛してる!」
「はいはい」
そこそこよくあるやりとりなのだが、ちらほらと近くを歩いていた生徒たちはそうは思わなかったらしく強烈な視線をいくつも感じた。
彼らの考える愛してるとこいつが俺に言う愛してるは百八十度違うということに気づいてほしい。
恋愛だけが愛ではないのだから。

「わかったからさっさと歩け。腹減った」
「はーい」
わざわざ彼らの勘違いを正すのも変だ。そのまま岩見を引きはがして歩きだす。
聞かれたら違うと答えればいいことだ。いちいちなんともいえぬ気持ちになるから聞きに来ないでくれるのがベストだけれど。


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